第20話 限界



朝日が差し込んでいるはずの部屋。


けれどその光さえも、まぶしいとは感じなかった。


紬はベッドの中で目を開けていた。



けれど、体はまるで鉛のように重く、指一本動かすことも億劫だった。


眠ったような、眠れなかったような曖昧な夜。



いつも通り、部屋を揺らす不気味な音と、耳鳴りのような雑音に脅かされ、


何度も目を覚ましたせいで、まともに休息が取れなかった。



──だめだ、起きなきゃ……。



そう思っても、腕に力が入らない。

視界はぼんやりとして、意識もふわふわと宙に浮いているようだった。


カーテン越しの光が少しずつ濃くなり、朝の時間が過ぎていく。


だけど紬の体は、まるでそれを拒むかのように布団の中に沈み続けていた。


ドアの向こうから、控えめなノック音が聞こえる。



「聖女さま、おはようございます。

入っても……よろしいですか?」


リサの声。


けれど、返事もできない。


声を出せないだけではない。

ベルに手を伸ばす力さえ、今はもうなかった。


数秒の沈黙のあと、リサが心配そうに扉を開ける音がした。



「聖女さま……?」



中に入ってきた彼女は、ベッドにぐったりと横たわる紬の姿を見て、目を見開いた。



「……っ!」


走り寄る気配。


ひやりとした手が額に触れ、やがて慌ただしい足音が部屋の外へと消えていく。


紬は、ただ静かにまぶたを閉じた。


どこか遠く、現実の外にいるような感覚に、心も身体も沈んでいく──。


──────────


リサが慌てて部屋を飛び出すと、彼女の足音が石造りの廊下に高く響いた。



「レニオス様、すぐにお越しください!


聖女さまが……!」



息を切らしながら、レニオスの部屋の前で立ち止まる。


その顔には、恐怖と動揺がにじんでいた。


「どうした、リサ?」


すぐに扉が開き、レニオスが現れる。彼の声にはいいようのない不安が混じっていた。


「聖女さまが……目を覚まされません。お体も、まるで動かないようで……!」


その言葉に、レニオスの表情が一瞬で強張る。


「すぐに行こう!」


リサを先頭に、二人は早足に紬の部屋へと向かう。


扉が開け放たれると、そこには蒼白な顔で眠る紬の姿があった。


ベッドに横たわる彼女は、まるで人形のように動かず、呼吸すらも微かだった。



「……っ、大丈夫…か?…」


レニオスがそっと呼びかけながら額に手を当てると、冷たさが掌に伝わる。



「このままだと……まずいことになる」



彼の声には焦りと、深い後悔が滲んでいた。


「すぐに医療班を呼んでくれ!」


リサが頷きかけたその時、部屋の扉が再び開かれる。


「レニオス、リサさん……どうかされましたか?」


現れたのは、心配そうな顔をした陽菜だった。


「……聖女が目を覚まさない。身体も動かない状態なんだ。」


レニオスの言葉に、陽菜は目を見開いて、ベッドに近づく。


「どうして……こんなことに……。」


小さく震える声。けれど、その唇の端にはほんの一瞬、かすかな笑みが浮かぶ。


すぐに表情を作り直すと、陽菜はまっすぐレニオスを見つめた。


「お力になれることがあれば、なんでもお申しつけください。」


「……ありがとう、ヒナリア。君がいてくれてよかった。」


そう言ったレニオスの目には、安心の色が浮かんでいた。


(ヒナリアなら、きっと紬を救ってくれる……)


その純粋な信頼を裏切るように、陽菜の視線だけが、冷たい色を帯びていた。

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