第14話 第三王子ノア


頬に当たる風がやさしくなってきたころ、

紬はふわりと瞼を持ち上げた。


光がまだ眩しくて、目を細める。


頭の中がぼんやりしていて、ここがどこか一瞬わからなかった。



――ああ、そうだ。城の庭。



リサと一緒にお散歩していて、少しだけ休憩のつもりが……


知らぬ間に眠ってしまっていたらしい。


身体を起こそうとしたそのときだった。



「あ!起きた?

はじめまして、君が聖女さん…だよね?」



少年は嬉しそうに顔を覗き込むようにして話しかけてくる。


「この子は、ノア。クラウスとレニオスの弟で、第三王子よ。」



陽菜がそっと紬に視線を向けながら微笑む。



「あなたがどんな人なのか、ノアも気になってたみたいで。ね?」


「うん!レニオス兄さんもすごく気にしてたよー。昨日のお茶会なんか、すごく静かだったし!」



その一言に、紬のまつげがわずかに揺れた。



――お茶会?



昨日、自分はずっと待っていた。


でも、来なかった。


体調を気遣ってくれていると思っていたのに――それは違っていた。


何かが、胸の奥で小さく崩れる音がした気がした。


ノアの無邪気な笑顔に笑うこともできず、紬はほんの少しだけ目を伏せた。


「どうしたの?」


陽菜の声が優しく響く。


けれどその声も、どこか遠くに感じられた。




「ねえ?」


陽菜の声に、紬ははっとして顔を上げる。


心に波紋が広がっているのを隠すように、ゆっくりと――けれどどこかぎこちなく、笑みを浮かべた。


声は出せない。


だけど「大丈夫です」と言っているように、微笑んで頷く。


その表情を見て、陽菜はふわりと笑みを返す。


「よかった。少し、元気なさそうに見えたから。」


そう言いながら、心の奥底ではほくそ笑んでいた。



――やっぱり気づいたのね。昨日のこと。



見せかけの優しさで微笑みながら、陽菜は何も知らないフリを続けた。


その笑みが、ほんの少しだけ深まる。

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