第13話 レニオスの優しさ
案内は、長い回廊や図書室、礼拝堂などを巡りながら続いた。
途中、侍女や兵士たちとすれ違うたび、彼らはどこか距離を取っていたが、リサは気に留める様子もなく、楽しげに話しかけてくれる。
「この庭園は、レニオス様がお気に入りの場所なんです。」
案内の終盤、リサが導いたのは、城の西側に広がる小さな庭だった。
白いアーチの先に、静かに広がる芝生と木立。
陽射しを遮る木陰に、石造りのベンチがひっそりと佇んでいる。
「……ここで少し、お休みしましょう。お茶、お持ちしますね!」
リサは一礼して下がり、紬はそっと腰を下ろす。
静かな風が頬を撫で、木漏れ日が葉の間から優しく揺れる。
目を閉じれば、ほんの少し、心の緊張が解けていく気がした――。
――――――――――
中庭の一角、花々に囲まれた木陰のベンチ。
涼やかな風が頬を撫で、葉擦れの音が心地よく響いていた。
そこで、紬はそっと目を閉じていた。
背筋を伸ばして座ったまま、けれどその呼吸は深く、眠りの中にいると分かる。
通りがかったレニオスは、ふとその姿に足を止めた。
風に揺れる淡い髪、指先がそっと握るスカートの裾。
無防備な寝顔に、ふと胸がざわつく。
「……眠っているのか?」
呟いた声は風に紛れて消えていく。
近づくべきか、それとも立ち去るべきか。
その間で揺れながら、彼はただ静かに見つめていた。
どれだけの不安と混乱にさらされているのか。
その表情がほんの少し安らいでいることに、レニオスは胸を撫で下ろした。
――守らねばならない。
そう思う一方で、何もしてやれていない現実が、心に重くのしかかる。
そこへ、庭の奥からリサの姿が現れた。
「あっ……レニオス様…。」
レニオスは静かに手を上げて、リサを制した。
「……声をかけないでやってくれ。少しの間だけでも、安らげるなら。」
リサは頷き、足を止める。
その優しさが、ほんの少しだけ、紬の周囲の空気を和らげたように思えた。
そしてレニオスは一歩だけ、近づいた。
手を伸ばせば届く距離。
けれど、その手は伸ばさず、ただそっと――彼女の横顔を胸に刻むように、見守っていた。
――――――――――
レニオスが視線を紬から外さぬまま、静かに言った。
「……彼女は、少し疲れているようだな。」
「はい。昨夜も、よく眠れなかったみたいで……。」
リサの声音には、心からの心配がにじんでいた。
「少しずつ慣れてきたようには見えるんですが…。」
レニオスは視線を紬の寝顔に戻し、そっと眉をひそめた。
「原因に心当たりは?」
「……いえ、まだ。ただ、急な環境の変化が大きいのだと思います。わたしもできる限り、そばにいるようにはしているのですが……。」
「無理をさせないようにしてくれ。しばらくは、外の行事や式典などには出さずに済むよう、兄に話してみる。」
リサは少し驚いたように目を見開いた。
「……ありがとうございます。レニオス様が、そこまで……」
「彼女は“召喚者”だが、同時に“ひとりの女性”でもある。何より――」
そこまで言って、レニオスは言葉を切る。
言葉にならない思いが、喉の奥でつかえていた。
リサは静かに微笑み、小さく頭を下げた。
「……レニオス様のそのお気持ち、きっと聖女さまにも届きます。」
レニオスはほんのわずかに頷いたあと、名残惜しそうにもう一度、紬を見つめた。
「……起こさぬよう、見守ってやってくれ。」
「はい、もちろんです!」
そして、レニオスはそっと背を向けた。
木漏れ日の中、ふたたび歩き出すその背中は、どこか切なげで、けれど優しい光をまとっていた。
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