第8話 レニオスの心情



執務室には静かな空気が流れていた。



羽ペンを走らせるレニオスの手が


ふと止まる。



「……また、止まりましたね。」



隣で控えていたヴァルトが、淡々と指摘する。



彼はもう慣れた様子で、書類の束を手にしている。




「……あの子のことが気になって仕方ないんだ。」


レニオスは小さくため息をついた。




「声が出ないのは、転移によるものだとヒナリアは言っていたが……


…どうにも、引っかかる。」



「とはいえ、レニオス様が医術や呪術に通じているわけでもありません。診断は、ヒナリア様にお任せするのが妥当かと。」




「……それは、わかっている。


だが――」



彼女が初めて目を開けた瞬間


あの瞳に宿っていたものは…


ただの混乱だけではなかった。




言葉にならない違和感が、胸の奥に澱のように沈んでいる。



「……あの瞳が、気になる。」



ヴァルトは一瞬黙ったあと、別の話題を口にした。


「……今夜には、召喚記録の整理が完了します。正式な報告書が上がり次第、そちらにも目を通されますか?」



「ああ。そうしてくれ。」



仕事の話をしていれば、少しは気が紛れる


――そう思っていた。




だが、ページをめくる手の隙間から、彼女の面影が何度も差し込んでくる。



(俺は……なぜ、こんなにも彼女のことが気になるのだろう。)



心の奥で芽生えた問いに、まだ彼は答えを持たなかった。


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