第7話 再会〜陽菜視点〜



コンコン――。



柔らかなノック音が響いた。


返事をする暇もなく、扉はゆっくりと開け放たれる。



「ごめんね。ちょっとお話があって…」



ふわりとした桃色のドレスが揺れる。


微笑みをたたえた女性――


陽菜が、迷いなく紬の部屋に入ってきた。




「ほんの少しだけ、話せるかしら?」


紬は小さく頷くことしかできない。

声は出ないままだ。



陽菜はすぐにその様子に気づいたようで、

軽く目を細めると、振り返って侍女に目配せをする。



「ごめんなさい、少しふたりきりでお話がしたくて。


外で待っていてもらえる?」



躊躇いがちにリサが頭を下げて、部屋の外へ出て行く。


扉が閉まる音が、やけに重く感じられた。



(…あの侍女、少しでも懐かせておくと厄介だわ…。今のうちに引き離しておかないと)



陽菜は、優雅な微笑みのままベッドに座る紬に歩み寄った。



「ようやく、ふたりきりね。」



まじまじと紬の顔を見つめ

やがて…わざとらしく眉を下げる。



「……あれ?


そういえば、まだ話せないんだっけ。」



「まぁ、最初はみんなそうなのよ。

空気も魔力も違うし、戸惑って当然。



……ね?」



紬は目を見開く。が、何も言えない。



「そうだ、大事なこと言っておかなくちゃ。」


「この国ではね、王族に会ったらまず頭を下げるの。


さっき、ちょっと無礼だったわよ?


でもわたしは優しいから見逃してあげる。



…安心して?」



陽菜はそう言って、紬の耳元に顔を寄せる。



「無礼な態度は、



……処罰されることもあるのよ?」



微笑みながらも


その声には冷たい棘が含まれていた。



紬は息を飲み、自然と身体を固くする。



「それに──


レニオスは、あなたみたいな人…


きっとすぐ飽きちゃうと思うわ。」


(あの人が……レニオスが、こんな女を気にいるなんて。冗談じゃない。)



陽菜は内心で唇を噛みしめながら

表情だけは優しいままでいる。



「困ったことがあれば、


わたしに言ってちょうだい?



ふっ……まあ、声が出ないから難しいかもしれないけれど。」


立ち上がると、ひらりとドレスを翻して扉の方へ向かう。



「それじゃ、また来るわね。」



ちらりとだけ振り返ったその瞳には、

憐れみとも、侮蔑ともつかない感情が浮かんでいた。


(その声で、いったい何ができるのかしらね――)


静かに扉が閉じられる。



残された紬の胸には、言いようのない不安と恐怖だけが、じんわりと広がっていた。


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