第6話 陽菜との再会
扉が控えめにノックされ
リサが出ようとした瞬間
扉の向こうから聞き慣れない声が届いた。
「ごめんね。ちょっとお話があって……」
陽菜が、迷いなく紬の部屋に入ってきた。
紬は、小さく頷くしかできなかった。
「ごめんなさい、少しふたりきりでお話がしたくて。外で待っていてもらえる?」
「かしこまりました。聖女様、何かあればすぐ呼んでくださいね。」
部屋を出る前、リサはもう一度紬の目を見て、そっと扉を閉めた。
その瞬間。
空気が、すっと変わった。
「ようやく、ふたりきりね。」
陽菜は微笑んでいた。
けれどその笑みは、どこか作り物のように感じられた。
「こっちの世界、びっくりしたよね? でも安心して。わたしがいるから。」
「わたし、先にこっちに来て、もう“信仰の聖女”って呼ばれてるの。すぐ慣れるから。」
紬は、小さく頷いた。声は出ない。
「……あれ? そういえば、まだ話せないんだっけ。」
「まぁ、最初はみんなそうなのよ。
空気も魔力も違うし、戸惑って当然。
……ね?」
陽菜はにこりと笑いながら、ベッド脇の椅子に腰を下ろす。
「そうだ、大事なこと言っておかなくちゃ。」
「この国ではね……
王族に会ったらまず頭を下げるの。
さっき、ちょっと無礼だったよ?
でもわたしは優しいから見逃してあげる。
安心して?」
目の前の少女は、あくまで優しげに微笑んでいる。
けれど、吐き出される言葉はどこか冷たかった。
「この世界じゃ、“あなた”がどれだけ努力してきたかなんて、関係ない。
与えられた立場をちゃんと受け入れないと……“生きづらく”なるだけ。」
机の上に置かれていたグラスの水に視線を落としながら、陽菜はぽつりと呟いた。
「それに──
レニオスは、あなたみたいな人……
きっとすぐ飽きちゃうよ。」
────────
扉が静かに開いた。
「ただいま戻りました、聖女さま――」
リサの声がぴたりと止まる。
紬はベッドの縁に腰を下ろし、うつむいたままだった。
肩が小さく震えているのが分かる。
手のひらはきつく握られ、爪が食い込むほど力が入っていた。
「……っ、どうかされましたか?」
慌てて駆け寄ると、紬はかぶりを振った。
けれどその仕草は、あまりにも弱々しい。
リサはそっとその手を取って、自分の手の中で包み込んだ。
「聖女さま、言葉にできないなら、頷くだけでもかまいません。
誰かに、何か言われましたか?」
少しの間ののち、紬は再び否定をした。
「……かしこまりました。」
リサは再び、ベッドの傍らに腰を下ろすと、優しく微笑んだ。
「では、少しだけ、お話でもしましょう。
この国のこと
わたしの知っていることを
少しずつ……聖女さまのために。」
まだ不安は消えない。
けれど――
小さな、あたたかな光が、紬の胸に灯る。
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