第4話 陽菜と第一王子


「……これは、空気の違いによる一時的な不調かと。」



静けさを破るように

柔らかくも透き通った声が響いた。




振り返ると

ゆっくりと歩いてくる二人の姿──


白銀の刺繍が施されたローブを身にまとい、

聖女としての威厳を纏った一人の女性と


その隣に立つ、整った顔の金髪の青年。




「聖女ヒナリア様……!」



周囲の貴族がすぐさま頭を下げる。




ヒナリア──

かつて“陽菜”と呼ばれていた少女は、

優雅に微笑んだ。



「わたくしも…

異世界から来た身ですから……

少しわかるのです。


空気の重さ、魔力の違い。


最初は皆、混乱するものです。」




彼女は紬に近づき

その肩にそっと手を置いた。



表情はあくまで優しい。




だがその瞳は、どこか、冷たい。




「大丈夫。すぐに、慣れますから


──ね?」




紬の心臓が小さく跳ねた。



言いようのない寒気。


それは……

目の前の“笑顔”から来ていた。



──────────



「──さすがは、我が婚約者。


聖女としての気品も


異世界の常識への理解も


他の追随を許さぬな。」



低く響く声が、玉座の間に重く落ちた。


声の主は、第一王子・クラウス。




ヒナリアの隣に立ち

堂々たる足取りで玉座へ進み出ると


紬を一瞥し、口元だけで笑った。



「……で? 


この者が“新たな聖女候補”か?」



興味というより

あからさまな懐疑が込められた声。



「声も出せぬようでは…

聖女どころではないな。」



周囲の空気が凍りつく。



だが彼の表情は微塵も崩れない。





「まあ、ヒナリアの補佐にでもなれば、

それなりの意味はあるかもしれぬ。



なあ、ヒナリア?」



ヒナリアは微笑んだまま頷いた。



「ええ。力になってくれるのなら、わたくしは喜んで導きます。」



まるで“上から手を差し伸べている”ような

完璧な笑みで。




その瞬間



紬の中に、言葉では言い表せない違和感が生まれた。





──この人たちは、わたしをよく思っていない。





だが、声にする術はなく




──ただ、息苦しさだけが胸を締めつけた。




────────────



「……そうか。

確かに、そうかもしれないな。」



レニオスはヒナリア──陽菜の言葉に頷いた。




ヒナリアは、この世界に現れた


“最初の異世界人”。




神託によって“聖女”と認められ

王国を支えてきた存在。



その判断に異を唱える者など

ほとんどいない。



レニオス自身も、彼女の聡明さと冷静な言動には幾度となく助けられてきた。




「ヒナリアの言う通りだ。

今は混乱しているだけだろう。」



紬に向き直ると、柔らかな声で続けた。


「しばらくすれば落ち着く。

……焦らなくていい。」


そう言っても、紬の瞳は揺れていた。




だがレニオスは

それを“異世界への不安”と受け取った。



まさかその沈黙が、



“誰かに仕掛けられた呪い”によるものだとは、


この時まだ






──誰も知らなかった。




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