幕間、探偵

 無機質な扉を前に、ワタシは立ち尽くしていました。


 …話し声がする。


 それも、一方的な。

 その会話のキャッチボールがありません。


 でも、もしかしたら相手がいて、めちゃくちゃ小さい声で喋っているかも、と考えると…

 ……すごくタイミングが悪い。

 一旦引き返して、面会時間が終わったら行くことにするべきでしょうか?


「…ん?悟利さとり、どうしたの?つっ立って」

「なんか、会話してるみたいでぇー…って」


 後ろからの声にびっくりして振り返ると


「え?あれぇ!?なんでこんなとこにいるんすか?上司!!??」


 そこには、冷めた表情をした上司がいました。

 ワタシの推しの一人、二次元のキャラクターのような美形か、こちらを見ていました。


「…そっちこそ、仕事じゃないの?」

「あー、いま、仕事の最中というか…」

「知りもしない他人の病室の前でつっ立ってるのが仕事?」


 イヤミったらしくそんな事を言ってきたので、少し違和感を覚えました。

 いつもは無表情でも声には優しさが乗っています。でも今は、表情と同じように冷めきっていました。


「今、入るタイミングを見計らってまして…上司、今不機嫌っすか?」

「……まぁ、パシられてるんだよ、せっかくの休日なのに」


 あー、あの人。

 上司の事は本当に雑に扱うからなぁ。

 上司の事を操り人形だと思っているちょっとおかしなあの人は、上司の恋愛の進展をへし折るのが趣味なのです。

 …可哀想に


「しかも、今日はデートだったのに?」

「本当に…って、は?な、なんで知って」


 いつも色んな人に振り回されている上司が、よく見せる表情をしました。


「だから不機嫌なんすね、だからって部下にあたるのはどうかと?」


 からかうようにそう笑うと、上司ははっとした顔をしました。


「…ごめん、ちょっと、取り乱してて」

「いいっすよ、心中お察しするっす」


 申し訳なさそうな、ちょっと哀しそうな声で、上司はそう言いました。


「というか、なんで分かったの?僕が、その…デ、デートしてた…って」


 恋愛初心者の高校生みたいな言葉の詰まり方にちょっと面白いな、と思いながら、ワタシは答えます。


「あの人がいつもする事と上司の不機嫌度から見て推理した結果っすけど、今のは誰でも分かるかと」

「……はあ、さすが、探偵」

「生ぬるすぎる推理っすけど…」


 上司はがっかりした顔のまま、ワタシの質問に「ここに来たのはあの事件の担当医に話を聞くため」と、答えました。


「奇遇っすね、ワタシも今、その事件の当人に話を聞くためにいるんすよ。ほら、見て下さい」


 ワタシが指を差したそこには、漢字で『晩夏 誠人』と書いてあります。

 事件を起こした2人のうちの1人、生き残った方の少年のことです。

 あの事件、とは、晩夏少年ともう1人の心中事件のことです。計画的なものであった可能性が高く、遺書が見つかっています。

 晩夏少年と一緒に心中をした1人は、少年の下敷きになって死にました。

 名前は柊 蒼空さん。

 素性を調べれば調べるほど、複雑な心境になってきます。


「ばんか、…まこと、か。最近の子は名前を読むの難しいんだよね」

「そうっすかね、晩夏少年は読みやすい方だと思いますけど」

「うーん、そうかな」

「…上司、なんだか今日は調子が悪いみたいですね。まぁ、しょうがないっすけど」

「しょうがなくない…絶対あいつ…殺す」


 殺意のこもった瞳で、上司は明後日の方向を眺めていました。このままだとあの人をガチで殺しそうっす。


「………うわぁ」

「引くなよ、こっちだって必死なんだから」

「まあ、上司らしいと言えば、そうっすね」


 上司が必死になる人。デートの相手

 …たしか、同性だった気がします。

 見た目はも声も何もかも、女性に近い方ですし、今、多様性の時代ですから、一人称が「僕」だとしても、女性に思われるかもしれません。

 正真正銘の男性ですけど…本人も間違えられることには慣れてるそうですが。

 上司とその方の関係は、両片思い的なあれです。

 初心うぶな恋愛話が始まりそうなのでここでやめときます。


 でも、この心中事件だって…噂だと同性間の恋愛から始まったことらしいですし。

 探偵が噂を信じるのは、まぁ、警察ではないですしいいでしょう。

 それを思い出して、上司に問います


「…あの、無緒なおさん」

「何?なんか、悟利がそう呼ぶのは珍しいね、なんか、ちょっと変だね」

「一個人として、質問させてください」


 学校の先生のような声色に懐かしさを覚えながら、ワタシは少し、無配慮な事を聞きます。


「同性間の恋愛って、どう思いますか?ワタシは異性にしか恋をしませんし…幸せならいいと思うんすけど」

「……それ、僕に聞く?」


 無緒さんは苦笑いをして、少し考え込んだ後、真っ直ぐこちらを見ました。

 地雷を思いっきり踏み抜いたような気がして、ちょっと怖気づきました。

 上司の黒い目が、少し病んでいるように見えたのは、多分、彼の想い人への想いが、少し歪んだものだから、でしょう。


「異常…なのかな。拒絶されるだろうし、否定だってされる。自分が相手を好きだったとしても、相手が自分を受け入れる可能性だって低い。…相手も自身を好きになってくれる、だなんて考えは盲目的だよ。僕だったら諦めると思う」

「そう考えたとして…もしも、諦らめきれなければ、どうしますか?」

「それでも諦めきれないなら、墓場まで持っていくか、過激なやつなら、いっそのこと、無理心中でもしてしまうんじゃない。…まあ、僕は『彼』にそんなこと出来ないけどね、絶対に」


 デートをボツにされた怒りが少しにじみ出ている気がしますが…

 ものすごい参考になった気がします。


 無理心中、か。


 その言葉がひっかかりました。

 この事件、取り調べでは…というか、表向きでは、「イジメが原因の自殺」を止めようとした誠人くんが、蒼空さんをかばうために落ちた、という事件ですが


 あの噂、信憑性がましてきましたね。


 疑わしい証拠はいくつかあります。

 蒼空さんと誠人くんが手を繋いでいたこと。

 …恋人繋ぎだったそうです。

 蒼空さんの行動もありますし、事件の取り調べをうけた誠人の様子も色々聞きました。


 疑わしい。

 だからこそ、ワタシはここに来たんです。


 ここなら、蒼空さんがいるんじゃないか。

 ワタシは、人が死ぬ事件や殺人事件専門の探偵ですから。

 ここでなら、蒼空さんの話を聞けるかもしれない。

 誠人さんのそばにいるかも知れない。


 可能性は、はるかに高い。


「…で、この質問は何だったの?」


 言い切ったくせに少し恥ずかしそうに、上司は聞きました。


「あー、ちょっと参考に…?」

「参考ってなに、…?この事件のこと?」

「はい、噂っすけど」


 上司にのことを話すと、苦い顔をされました。


「俺への、当てつけかよ、クソ…あいつ…殺す」


 …あの人が、その噂を把握していない訳がないですから、上司の殺意に、ワタシも少し、共感してしまいました。


「あぁ、ぶん殴ってはいいと思うっす」


 普段はポーカーフェイスな上司ですが、不機嫌だったおかけでコロコロと表情が変わって、今は殺意に満ちた顔をしていました。

 あの人は、…ご愁傷さまです。

 上司の「俺」を聞いたのは久しぶりですし、ワタシはとてもいい気分でした。


「なんでそんな笑顔なの」

「あ、すいません、つい」


 顔に出ちゃってました。

 失敬〜!


「こっちは……もう…。クソ、はぁ、僕は僕で行ってくるから!悟利もちゃんと仕事するんだよ」


 ふくまれた言葉の後が気になりましたが、上司は何も言わず手を振って担当医のところへ向かいました。


 さて、ワタシも仕事をしなければ。

 ナイスタイミングなことに、話し声が途切れましたから。


 誰も居ないのか、人が居るのか。

 扉を開けばわかることです。


 コンコンコン、と、3回ノックをします。


「…平樹ひらき 悟利さとりと申します。お話を伺いに参りました。入ってもよろしいですか?」


 …できるだけ丁寧な言葉を繕ったつもりですが、敬語はあまり得意ではないので心配です。


「…どうぞ」


 と、力無い弱々しい声が聞こえて、ワタシは優しく扉を開けました。


「失礼します」


 扉の向こうには、無機質な病室には似合わない色鮮やかで場違いな花と、対照的な白い肌と黒い髪の、細身の青年が、こちらを見ていました。


 彼が、晩夏 誠人。


 色々と話を聞かなくてはならない相手。

 ですね。


「初めまして、ワタシ、探偵をやっておりまして、少々、お時間いただいても?」

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永眠 中田絵夢 @Lunaticm

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