つばき
目を覚ました。
時刻は午後の五時。
久しぶりに時計を見た気がする。
今日は、蒼空が生きてる夢を見た。
蒼空は大怪我をしていた。それを俺が心配する夢だ。
「ずーっと、一生、僕のことを考えて生きて」
って、言われた夢だ。
ああ、なんて幸せなんだろう。
そうやって思った矢先、目を覚ました。
起きてしまった。
ああ、俺はまだ死んでない。
なんでなんでなんで?
毎日、右側に蒼空はいる。
突拍子のないことばっか話す。
支離滅裂なことばかり話す。
思いだせ、なんで忘れるの?
と、俺を責め立てる。
今も繰り返している。
起きている間は、ずっとそうだった。
『思い出して』
何を?
『何を忘れているかを思い出して』
だから、俺は何を忘れている?
『君自身を思い出して』
俺は俺だ。
晩夏 誠人、高校生で…
わかる、おぼえてるよ、俺は、俺のこと。
『また、忘れたの?大丈夫だよ。君なら』
だから、忘れてない、覚えてるよ。
わすれるのは、しょうがないんだ。
『ほら、思い出してよ』
なんていう、言葉を繰り返す。
俺が知ってる蒼空じゃなくって、怖い。
でも、いないよりかはマシだ。
俺は、蒼空がいなきゃいきてけない。
そら、助けて。
…そら
虚無感に襲われて、自分に絶望する日々を送っていくのは、嫌だ。
もう、やめにしたい。
お前はいるだけで邪魔だ。
昔、そんなことを言われた。
…気が、する。
『思い出して。忘れてること全部』
蒼空はまた、続ける。
大好きな声でも、大好きな見た目でも、同じ言葉を、淡々と続けられて、嫌気がさす。うるさい。うるさいよ、やめて。俺は、
「忘れたくて、忘れてるわけじゃない!」
そう怒鳴った。
パサ、
と、何かが落ちた音がした。
音の方を見ると、怯えた顔をした人が立っていた。
足元に、花束が落ちていた。
無駄に色彩がごちゃごちゃして、一体感がない。
無機質な白い病室には合わない、子供が適当に咲いている花を摘んで束ねたみたいな花束だった。
「ま、誠人…くん?」
涙目になりながら、少年…?は俺の名前を呼んだ。
声変わり前の、少年の声。中学生くらい?
「ぇ、あ、どうしたの?そんな、ぼ、ぼく、なんかしちゃったかな」
怯えた声のまま、少年は続ける。
…誰だっけ、この人。
多分、どこかで会ったことがある人。
誰だっけ。あぁ、また、忘れてる。
『思い出して』
そうだ、思い出してくれ、俺。
……
『…雪柳』
ゆきやなぎ?
『わかんない?』
わかんないよ。
それに、なんで怯えてるの?この人は。
今にも泣きそうだけど。
『………君が怒鳴ったからだよ』
それは、蒼空にしただけで、彼にしたわけじゃ
『言い訳はいいから、早く思い出して、ほら。雪柳、はる…』
はる。春…
ゆきやなぎ、はる…
雪柳、春、春也
そうだ、春也、春也くん。
「…春也くん、だ」
「ぇ?ぅ、うん、そうだけど」
「……久しぶり?」
「う、うん、久しぶり、だね」
春也くん、同級生でクラスメイト。
一人が好きな子で、誰が…多分、女の子と仲が良かった。
童顔で華奢で子供っぽい。かっこいい、というよりはかわいらしい子。
…仲、よかったっけ?
多分、良かったんだろう。
そんな…ただのクラスメイトにお見舞いなんてしてこないよね。蒼空?
蒼空の方を見ると、嘲笑みたいな笑みを浮かべて
『さぁ?』
と言うだけだった。
…やっぱりおかしい。
蒼空は、そんな顔する人じゃ無かったはずなのに。
「どうしちゃったの?誠人くん、もしかして、記憶喪失、とか…?」
小さい頭を傾けて、変なことを。
…言われた。
「記憶喪失、ではない、けど?」
「……じゃあ、ぼくのこと覚えてるんだ」
「はぁ、まあ…」
そう言うと春也くんはとたんに笑顔になった。
「へへへ!よかったー!入ったら怒鳴られるし、ぱっとしない顔で見るんだもん!びっくりしたよ!」
花束をそのままに、俺に駆け寄り、左手を握った。
蒼空と、最後に、触れた、…手。
隣にいる蒼空がいるから、蒼空へ顔を向けた。
蒼空は何も気にしない様子で微笑んでいた。
俺じゃなくて、春也くんをみていた。
なんで、そんな笑顔向けるの。
そんな穏やかな笑みを。
最近、俺に見せた笑みは嘲笑くらいしか無いじゃない。
なのに、このぽっと出の男になんでそんな優しい微笑を向けるの?
ぱしっと、手を振り払った。
「ぇ?ぁ、誠人くん?」
また、怯えた声。
繊細だなぁ。めんどくさい。
彼の片手は、宙に行き所を無くしていた。
握られていた俺の手は、震えていた。
…あぁ、この人は、友人だったな。多分だけど。
言い訳、なにか。
「ごめん、腕、痛くて。…あんまり触らないでほしい」
「そ、そっか。ごめん」
「今日は何しに来たの?お見舞い?」
話を逸らしたくて、笑顔でそう聞いた。
「ぅん。元気かなって。心配してるよ。みんな。…つ、椿くんとか」
「…椿」
つばき。
確か、花の名前。
赤い花。花ごと落ちる、綺麗な花。
俺が知ってるのは、人の名前。
椿。、夜に見る、夜見、椿。
煌々した瞳の、綺麗な笑顔の。
いつもどこか怪我をしてる。
俺の、友人。
はっきり、はっきりと覚えていた
「椿か、…椿が?」
「うん」
にこっと、春也くんは俺笑いかけた。
嬉しそうな笑みだった。
俺を警戒していたようで、なんで?と聞くと、久しぶりで身構えてしまっていたようだった。多分、俺のしたことに物申したいこともあるんだろうけど、それをぐっとこ
少し談笑して、春也くんという人間がどんな人かわかって、安心して話していると、急に彼は切り出した。
「えっと、その、さ、誠人くんは、椿くんのことどう思ってるの?」
「…どういうこと」
「だって、椿くんが蒼空さんのこと殺したようなものでしょ?」
衝撃の言葉。なんで忘れていたんだろう。蒼空はいじめられていたんだ。椿に。
思い出した衝撃が、俺の口元を歪ませた。
春也くん怖気付くような声とは裏腹に、口元には少し、微笑みが含まれていた。
何考えてるんだろ。俺に、何を伝えたい?
「なのにさ、椿くんの話をすると、嬉しそうだよね。なんで?」
「それは、椿は俺の友達で…」
思い出せない君よりも、確実に大事な人だろうから。…とは、言えないけど。言ったらなんか、殴られそう。わからないけど。
「ふーん…」
含みがあるように、春也くんはそう言って黙った。
気まずい。
こういうとき、なんて言えばいいかな。
蒼空。
『…もう、話す必要はないんじゃない?』
どうして、せっかく来てくれたのに、さ。
まあ、なんか、変なこと考えてそう?だけど。
『君は君のことを考えてればいいの。全部思い出せばいいの』
また、そんなこと言うの。
「そんなふうにするなら、どっかいってよ」
「はぁ、急に、何?」
春也くんがそういった。
…あれ、俺は蒼空に言おうとして。
思いっきり声に出てた。
「…ぼく、せっかく来たのにさ。も、もう、帰る、ばいばい」
そういって、ガタッと不器用な音を立てて春也くんは立ち上がる。
そして、扉をぶっきらぼうに開けて出ていった。
蒼空はそれを嬉しそうに眺めていた。
『よかったんじゃない、僕ら二人きりになったわけだしさ』
蒼空はそう言って笑ったけど。
俺からしたら良くないよ。
何度も何度も『思い出せ』って言われて。
何なんだ。
思い出せ?なにを?思い出せ、思い出せば?
わからないよ。
考えすぎで頭が痛い。
なんで、蒼空は俺を追い詰めるんだ、こんなにも。
…蒼空は、俺のことが嫌いなの?
俺は、蒼空に何をしたっけ?
椿と一緒に、いじめていたっけ?
いや、そんな記憶はない。
そもそも、椿は蒼空のこと、いじめてたっけ?
あれ、あれ…あれ、わからない。
わからなくなってきた。
なにを、俺は俺の記憶のなにを信じれば……
…いや、ちがう。大丈夫だ。
蒼空は俺を惑わせてるだけだ。
どうして?
………それがわかったら苦労なんてしてないのに。
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