【決闘ババ抜き】をしよう②
🃏
「使用するのは、此方。何処でも購入可能な既製品のトランプになります」
法宮院が未開封のトランプを指し示した。そして、細工の余地がないことを証するように、ゆっくりと鋏を入れ、開封してみせる。
「【
♠︎の
♠︎の
「基本的なルールは"ババ抜き"と同様です。
交代で一枚ずつ相手からカードを抜き取り、同じ札があれば捨て、先に全てのカードを捨てた者が勝者。ただ一点異なるのは──」
法宮院が、白紙を指で弾く。
「カードに効果を付与して頂きます」
効果を付与──。
カードゲームじみた単語が飛び出す。理解の追いつかない
「効果を付与して頂くカードは4種類。
A。J。Q。K。
各々に付与された効果は、カードを捨てる際に自動で発動され、最優先で処理されます」
「効果を付与するのは?僕と財前先輩が二種類ずつ考案するって認識で合ってます?」
「左様です。効果の確認は、効果を付与したカードのペアが手札で完成して初めて可能となります。
A、J、Q、K ──。各々に、如何なる効果が付与されたかは、確認するまで双方とも不明のまま進行します」
「効果の範囲は?
【棄権させる】、【相手にコウメ太夫のモノマネをさせる】なんかも可能なの?」
「効果の範囲は、あくまで"ババ抜き"のルールの範疇に限定されます。一例として、【カードをもう1枚引く】等が有り得ますね。
"ババ抜き"のルールの範疇かの確認及び訂正指示は、効果付与時に私が務めさせて頂きます」
今度は財前が口を開く。
「【カードを全て捨てる】って効果は?」
「カードを捨てるのは、手札に同数字のカードが二枚揃った状態のみ可能です。
カードの効果であろうと此処に例外はありません」
法宮院が小声で付け加える。なお、捨てるというのは捨て札の山にカードを置くことであり、故意に破り捨てる等した場合にはその時点で失格も有り得ます、と。明らかに外良を牽制していた。
「相手の手札からカードを一枚引き、『終了』を宣言する。此処までが自分のターンとなります。これを互いに繰り返して頂きます」
鈴木は目を閉じ、ルールを反芻する。対戦時の情景を浮かべる。
例えば──。外良が財前からカードを引き、同数字のカードが二枚揃えば捨て、更にそれに効果が付与されていれば効果が発動される。効果発動ののち、外良は「終了」を宣言し、今度は財前が外良からカードを引く。
法宮院の剛指に掴まれ、両者の運命を左右する四枚の白紙が、ゆらゆらと揺れた。
「それでは御両人。此方の紙に効果を御記入ください」
🃏
廊下に出た外良と入れ替わるようにして、財前が入室する。見送る鈴木の視界で、紅の学生服が焔のように熱く靡いた。
外良が先、財前が後。
効果付与の順序が定められた経緯は、財前にあった。
◇◇
手渡された白紙が発火せんほどの勢いで、財前が捲し立てた。
「ちょい待ち。このゲーム、互いが付与した効果が開始時点では不明ってとこが肝やろ?
仲良う横並んでせーの!で書いてやで?覗き見ィでもされたら堪らんわ。鈴木くん?も目ェついてんやから、盗み見位出来るやろしなァ」
「じゃあ、鈴木くんは廊下で立っといてよ。僕も一緒に廊下で待つからさ、先輩がお先にどうぞ」
意外にも外良はあっさりと財前の案に乗る。だが、財前は逃さなかった。
「それもアカンに決まってるやろ。脳味噌まで天パなっとんか?
俺が書いとる間に、お前ら二人で効果を相談できるやんけ?公平とちゃいますわ」
法宮院が歯をぎらつかせて笑う。黒々とした髭が怪鳥のように揺れた。
「財前様の指摘も尤もですね。
鈴木様と財前様には退出頂き、先ずは外良様が室内で効果を記入。交代で財前様が入室して記入。
双方が効果の記入を済ませ、互いに自席を決定する。それを仕合開始の合図と致しましょう」
◇
「気づいちゃったんだけどさ」
鈴木は密かに思いついた必勝法を外良にぶつける。悔しがる幼馴染の姿が容易に想像できていた。
「【自分の手札を全て相手に引かせる】って効果はどうかな?絶対勝てるだろ?」
案に相違して、外良は眠たげな目を崩すことはなかった。そして小さく呟く。鈴木くんとの密談を警戒するなんて、先輩は随分と鈴木くんを買い被っているんだな、と。
「え?」
「これは"ババ抜き"なんだよ。
"ババ抜き"をする友達が居なかった鈴木くんは知らないかもしれないけどさ、互いにカードを引く遊びなんだ。
自分だけが効果を発動できるとは限らない。
相手が使用する可能性を考慮した効果にする必要があるんだ。特に、承知だろうが、僕は運が悪いからね」
「五月蝿いなあ。でも、財前先輩が狙う可能性はあるだろ?」
「無いよ。運ゲーすぎる。そもそも、普通の"ババ抜き"に運ゲーと文句をつけたのが先輩だ。先輩の性格的にあり得ないよ」
いわれて、鈴木は財前の言葉を思い出す。
『運の要素が強すぎますわ。
これやと駆け引きもクソもあらへん』
「成程ね。そこまでいうならさ、"ババ抜き"博士の外良さんは一体どんな凄い効果にしたんだよ?」
「凄いな、鈴木くん。声量が少年漫画過ぎるよ。室内の財前先輩に聴こえるとか考えないんだ。覗き見できるかも怪しいんじゃない?」
外良が目を丸くしていた。驚愕している。狙ったわけではないが、鈴木は外良の意表を突くことに成功したらしい。外良は軽く屈むと、鈴木の耳に片手を添えた。そして、小さく告げる。
"ババ抜き"の基本に忠実にいくよ、と。
🃏
特設室内部から扉を二度叩く音がした。財前が効果の記入を終えた合図だった。
緊張が高まり、鈴木は無意識にポケットの中でコインを擦る。
漸く、仕合が開始する。
否、仕合は既に始まっていた──。
踏み出した右足が何かに当たり、外良はバランスを崩す。反射的に、脳ではなく脊髄が動作を選択した。前傾していく体で、慌ててその何かを掴み、転倒を防ぐ。
迂闊だった──。次からは鈴木くんに毒見させることにしよう。次があればの話だが。
財前が仕掛けた罠を漸く理解した外良の耳に、呑気に心配する鈴木の声が届く。財前が嗤っていた。
「お、外良はそっちの椅子を選択したんかァ。ほな俺は窓側の椅子を選ばしてもらうで。これで仕合開始やね」
外良が咄嗟に掴んだ何かは、壁側の椅子だった。
『双方が効果の記入を済ませ、互いに自席を決定する。それを仕合開始の合図と致しましょう』
財前と外良。見下ろす者と見上げる者。相反する両者の視線が交錯する。その一瞬だけで、両者が同じ思考にあることを悟った。
後悔しても遅い──。
◇
財前が右手を広げ、着席を促す。外良が頭を掻いた。
「先輩が鈴木くんとの相談を警戒した時点で疑うべきだったなあ」
「いや、俺を警戒するのは妥当だろ」
鈴木の反論を聞き、財前が高く笑った。白い歯と、対照的な黒のサングラスが目立つ。
外良は椅子を引き、左方へと目を向ける。腕を組んで佇む法宮院に問いかけた。
「たしか、この仕合って録画してるんですよね」
「左様です。対戦者は三日の期間内で不服を申し立てることが可能です。不正の有無を確認するため、録画は義務付けられています」
「ふーん」。外良は顎に手を当てる。
「先輩特注の8.6秒バズーカリスペクトサングラス。怪しいんですよね。録画映像を受信して、僕の手札を覗く気がするんですよ」
「何をアホな。落寸号令雷並の陰謀論やで、それ。そんなん通ったら、松本人志はロシアのスパイなってまうわ」
「愚問ですね。私が一方に肩入れすることは御座いません。ルールと、双方の合意にのみ従います」
「本当かなあ」。外良が挑発するように笑う。
根負けした財前がハァと呆れた息を出した。サングラスを外す。
「アホらし。これで満足かいな」
財前の眼窩で、赤みがかった瞳が激しく燃えていた。
◇
椅子に腰を下ろしながら、外良は脳内で算盤を弾く。先手こそ財前に取られたが、得たものはあった。
サングラスの排除は悪くない。単純な駆け引きだけの競技である"ババ抜き"において、表情の変化を悟らせないサングラスは有利すぎる。
それだけでなく──。
勝負の終盤で大きな役目を果たす筈だ、必ず。
法宮院が声を張り上げる。
「それでは、令和七年賭前管理第〇〇八号、代表決定仕合を開始します」
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