【決闘ババ抜き】をしよう②

 🃏

「使用するのは、此方。何処でも購入可能な既製品のトランプになります」


 法宮院が未開封のトランプを指し示した。そして、細工の余地がないことを証するように、ゆっくりと鋏を入れ、開封してみせる。


「【決闘デュエルババ抜き】は1vs1で対戦する競技です。従って、使用カードは一部のみとなります。

 ♠︎の1A 13K、♡の1A 13K、そして、ジョーカー」


 ♠︎の1A 13K、♡の1A 13K、ジョーカー一枚の計二十七枚が整然と並べられていく。


「基本的なルールは"ババ抜き"と同様です。

 交代で一枚ずつ相手からカードを抜き取り、同じ札があれば捨て、先に全てのカードを捨てた者が勝者。ただ一点異なるのは──」


 法宮院が、を指で弾く。


「カードにして頂きます」


 効果を付与──。

 カードゲームじみた単語が飛び出す。理解の追いつかない鈴木すずき他所よそに、対戦する両雄は各々の反応を見せる。

 財前ざいぜんは金髪をかき上げたまま足を忙しく揺すり、外良ういろは髪に絡ませた指を時計周りにくるりと回す。


「効果を付与して頂くカードは4種類。

 AJQK

 各々に付与された効果は、カードを捨てる際に発動され、最優先で処理されます」


「効果を付与するのは?僕と財前先輩が二種類ずつ考案するって認識で合ってます?」


「左様です。効果の確認は、効果を付与したカードのペアが手札で完成して初めて可能となります。

 A、J、Q、K ──。各々に、如何なる効果が付与されたかは、確認するまで双方とも不明のまま進行します」


「効果の範囲は?

【棄権させる】、【相手にコウメ太夫のモノマネをさせる】なんかも可能なの?」


「効果の範囲は、あくまで"ババ抜き"のルールの範疇に限定されます。一例として、【カードをもう1枚引く】等が有り得ますね。

 "ババ抜き"のルールの範疇かの確認及び訂正指示は、効果付与時に私が務めさせて頂きます」


 今度は財前が口を開く。


「【カードを全て捨てる】って効果は?」


「カードを捨てるのは、可能です。

 カードの効果であろうと此処に例外はありません」


 法宮院が小声で付け加える。なお、捨てるというのは捨て札の山にカードを置くことであり、も有り得ます、と。明らかに外良を牽制していた。


「相手の手札からカードを一枚引き、『終了』を宣言する。此処までが自分のターンとなります。これを互いに繰り返して頂きます」


 鈴木は目を閉じ、ルールを反芻する。対戦時の情景を浮かべる。


 例えば──。外良が財前からカードを引き、同数字のカードが二枚揃えば捨て、更にそれに効果が付与されていれば効果が発動される。効果発動ののち、外良は「終了」を宣言し、今度は財前が外良からカードを引く。


 法宮院の剛指に掴まれ、両者の運命を左右する四枚の白紙が、ゆらゆらと揺れた。


「それでは御両人。此方の紙に効果を御記入ください」


 🃏

 廊下に出た外良と入れ替わるようにして、財前が入室する。見送る鈴木の視界で、紅の学生服が焔のように熱く靡いた。

 外良が先、財前が後。

 効果付与の順序が定められた経緯は、財前にあった。

 

 ◇◇

 手渡された白紙が発火せんほどの勢いで、財前が捲し立てた。


「ちょい待ち。このゲーム、互いが付与した効果が開始時点では不明ってとこが肝やろ?

 仲良う横並んでせーの!で書いてやで?覗き見ィでもされたら堪らんわ。鈴木くん?も目ェついてんやから、盗み見位出来るやろしなァ」


「じゃあ、鈴木くんは廊下で立っといてよ。僕も一緒に廊下で待つからさ、先輩がお先にどうぞ」


 意外にも外良はあっさりと財前の案に乗る。だが、財前は逃さなかった。


「それもアカンに決まってるやろ。脳味噌まで天パなっとんか?

 俺が書いとる間に、お前ら二人で効果を相談できるやんけ?公平とちゃいますわ」


 法宮院が歯をぎらつかせて笑う。黒々とした髭が怪鳥のように揺れた。


「財前様の指摘も尤もですね。

 鈴木様と財前様には退出頂き、先ずは外良様が室内で効果を記入。交代で財前様が入室して記入。

 双方が効果の記入を済ませ、互いに自席を決定する。それを仕合開始の合図と致しましょう」


 ◇

「気づいちゃったんだけどさ」


 鈴木は密かに思いついた必勝法を外良にぶつける。悔しがる幼馴染の姿が容易に想像できていた。


「【】って効果はどうかな?絶対勝てるだろ?」


 案に相違して、外良は眠たげな目を崩すことはなかった。そして小さく呟く。鈴木くんとの密談を警戒するなんて、先輩は随分と鈴木くんを買い被っているんだな、と。


「え?」


「これは""なんだよ。

 "ババ抜き"をする友達が居なかった鈴木くんは知らないかもしれないけどさ、互いにカードを引く遊びなんだ。

 自分だけが効果を発動できるとは限らない。

 相手が使用する可能性を考慮した効果にする必要があるんだ。特に、承知だろうが、僕は運が悪いからね」


「五月蝿いなあ。でも、財前先輩が狙う可能性はあるだろ?」


「無いよ。運ゲーすぎる。そもそも、普通の"ババ抜き"に運ゲーと文句をつけたのが先輩だ。先輩の性格的にあり得ないよ」


 いわれて、鈴木は財前の言葉を思い出す。


『運の要素が強すぎますわ。

 これやと駆け引きもクソもあらへん』


「成程ね。そこまでいうならさ、"ババ抜き"博士の外良さんは一体どんな凄い効果にしたんだよ?」


「凄いな、鈴木くん。声量が少年漫画過ぎるよ。室内の財前先輩に聴こえるとか考えないんだ。覗き見できるかも怪しいんじゃない?」


 外良が目を丸くしていた。驚愕している。狙ったわけではないが、鈴木は外良の意表を突くことに成功したらしい。外良は軽く屈むと、鈴木の耳に片手を添えた。そして、小さく告げる。


 ""、と。


 🃏

 特設室内部から扉を二度叩く音がした。財前が効果の記入を終えた合図だった。

 緊張が高まり、鈴木は無意識にポケットの中でコインを擦る。

 真鍮しんちゅう製の取手を引き、外良が扉を開く。

 漸く、仕合が開始する。

 

 否、仕合は既に始まっていた──。

 踏み出した右足がに当たり、外良はバランスを崩す。反射的に、脳ではなく脊髄が動作を選択した。前傾していく体で、慌ててそのを掴み、転倒を防ぐ。

 迂闊だった──。次からは鈴木くんに毒見させることにしよう。次があればの話だが。

 財前が仕掛けた罠を漸く理解した外良の耳に、呑気に心配する鈴木の声が届く。財前が嗤っていた。


「お、外良はそっちの椅子を選択したんかァ。ほな俺は窓側の椅子を選ばしてもらうで。これで仕合開始やね」


 外良が咄嗟に掴んだは、壁側のだった。

 

『双方が効果の記入を済ませ、互いに自席を決定する。それを仕合開始の合図と致しましょう』


 財前と外良。見下ろす者と見上げる者。相反する両者の視線が交錯する。その一瞬だけで、両者が同じ思考にあることを悟った。

 後悔しても遅い──。


 ◇

 財前が右手を広げ、着席を促す。外良が頭を掻いた。


「先輩が鈴木くんとの相談を警戒した時点で疑うべきだったなあ」


「いや、俺を警戒するのは妥当だろ」


 鈴木の反論を聞き、財前が高く笑った。白い歯と、対照的な黒のサングラスが目立つ。

 外良は椅子を引き、左方へと目を向ける。腕を組んで佇む法宮院に問いかけた。


「たしか、この仕合って録画してるんですよね」


「左様です。対戦者は三日の期間内で不服を申し立てることが可能です。不正の有無を確認するため、録画は義務付けられています」


「ふーん」。外良は顎に手を当てる。

「先輩特注の8.6秒バズーカリスペクトサングラス。怪しいんですよね。録画映像を受信して、僕の手札を覗く気がするんですよ」


「何をアホな。落寸号令雷並の陰謀論やで、それ。そんなん通ったら、松本人志はロシアのスパイなってまうわ」


「愚問ですね。私が一方に肩入れすることは御座いません。ルールと、双方の合意にのみ従います」


「本当かなあ」。外良が挑発するように笑う。

 根負けした財前がハァと呆れた息を出した。サングラスを外す。


「アホらし。これで満足かいな」


 財前の眼窩で、赤みがかった瞳が激しく燃えていた。


 ◇

 椅子に腰を下ろしながら、外良は脳内で算盤を弾く。先手こそ財前に取られたが、得たものはあった。

 サングラスの排除は悪くない。単純な駆け引きだけの競技である"ババ抜き"において、表情の変化を悟らせないサングラスは有利すぎる。

 それだけでなく──。

 勝負の終盤で大きな役目を果たす筈だ、必ず。


 法宮院が声を張り上げる。


「それでは、令和七年賭前管理第〇〇八号、代表決定仕合を開始します」

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