【決闘ババ抜き】
真狩海斗
【決闘ババ抜き】をしよう①
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"賭博"の起源は、自然との──、"神"との戦いに端を発する。
創造と破壊。相反する目を持った賽を振り、丁と半を唱え、指先ひとつで生命の営みを弄ぶ。時として豊潤な実りを与え、時として荒れ狂う暴威となって現れる圧倒的な存在・"神"。
"神"への対抗手段として、人間は知識を求めた。破壊の到来を予測し、未来を賭けるため。"祈り"と"予言"が、ここに発生する。
予測の対象たる"神"は、人間に対して絶対的な優越性をもち、人間を片手間に蹂躙する。しかし、人間はあらゆる結果を受容し、"神"へと立ち向かう。運否天賦をもって、賭けを挑み続けた。
その対決の過程で、人間は"
神明裁判が決闘裁判へと移ろったように、賭博もまた、人間同士の対決の場へと変貌していく。運勢を占い、矜持と財産を賭け、知謀を競う。
アメリカのコロラド峡谷や、アリゾナの原始遺跡には、古代人が賭博を行なっている図が見られ、ニューメキシコやユタからも骨製のサイコロが発見されている。
日本でも、明治の初年まで、農村の祭祀に付随した呪術的・占術的な賭博が広く全国的に行われていた。
原始より、人間の本能と結びつき、連綿と受け継がれてきた賭博は、不規則に吉兆を示す賽の如く転がり続け、此の場へと辿り着いた。
現代、令和。
日本の学生賭博へと──
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「財前様。外良様。今から貴方がたに、ババ抜き対決をして頂きます」
蟬が盛んに鳴いていた日中とは様変わりし、寒気すら感じるほどの緊張が室内を支配していた。ぼうと蒼く差し込んだ月明かりが、密室の全容を浮き上がらせる。
大窓と相対する壁には、西洋甲冑が戦列を組み、その鉄面皮に蒼月を反射している。学園理事が趣味で収集したものだろう。よく手入れがされている。その傍では、年代ものの調度品が不規則に積まれていた。まるで、互いの歴史を喰い合うように入り乱れている。
しかし、一際異彩を放つのは、部屋の中心で静かに佇む円卓だろう。邪眼を想起させる木目の群れの中に、一対の弾痕と血痕が遺されている。幾つもの元号を経たであろう、その痕は決して覆い隠すことのできない凄惨な過去を物語っていた。
異様な空間に呑まれ、茫洋と立ち尽くす
鏡面の如く磨き上げられた床に、亡霊のような顔をした鈴木が映り込んでいた。
「大丈夫かい、鈴木くん?」
眠たげな声が鈴木の耳にゆるりと入り込んだ。鈴木が顔を上げる。
前方で、
「気分悪いんやったら早よお家に帰ってねんねしィな。そもそも何でお前が此処おんねん?木の上で飛ぶ練習するペンギンでも、もうちょい身の程弁えとるで」
横から殴り込んできた暴言が、鈴木の感慨を吹き飛ばした。機関銃の如く熾烈な罵声を浴びたために、鈴木は狼狽する。外良の左隣で、
「何でといわれましても」
罵られる鈴木がツボだったのだろう。くっくっと笑ったのち、外良が答えた。
「僕が呼んだんですよ。『一人で来い』とは書かれていませんでしたからね。
財前先輩の敗北号泣ダブルピースを僕だけで鑑賞するなんて。世界の損失極まりない。先輩への敬意ですよ」
屁理屈を捏ねる外良に、財前がふんと鼻を鳴らす。特注の真紅の学生服が不満げに揺れた。
同時に、第四の男が溜息を吐く。先刻、"ババ抜き対決"を宣言した男だ。がっしりとした大柄の体躯を、漆黒のスーツで包んでいる。
男から受け取った名刺をちらと見る。名刺には、"文部科学省高等教育局賭博統括部判事官、
静寂の中に、壁掛け時計が時を刻む音だけが響く。時計の針が何度目かの頂点を指した。
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「ところで、"ババ抜き対決"って何なんですか?」
招かれざる客たる鈴木の問いには一瞥もくれず、法宮院は銀縁の眼鏡をくいと上げた。外良と財前へ向け、状況を説明する。
曰く、戦後、柔軟な思考と胆力をもつ次代の指導者の見定めを急務とした政府は、秘密裡に学生賭博を励行していた、と。
曰く、現代においても学生賭博は受け継がれ、諸校の威信をかけた勝負の場となっている、と。
曰く、私立八咫烏学園の先代代表者が突如として失踪を遂げたため、新たな代表者を立てる必要に迫られている、と。
「そして此の度、貴方がた二名が代表者候補と成ったわけです」
法宮院の太い指が、財前と外良を指す。
理事長が強く推すのは、財前グループの令息にして、学園に君臨する皇帝・財前。
先代が後任として書き残したのは、学園きっての異端児・外良。
「理事長殿の申立により、此度の令和七年賭前管理第〇〇八号、代表決定仕合の審判は、私、法宮院が務めさせて頂きます。
なお、本件の勝者には代表権に加え、理事長殿より供託済みの軍資金五百万円を此の場にて御支払いたします。
当然、お気づきでしょうが──」
法宮院が区切った。何かを思い出し、下卑た笑いを浮かべる。
「本番の賭博が始まれば、この程度の端金ではありません。常人では狂うほどの大金が動きます。
欲した人間を手篭めにすることも、憎んだ人間を破滅させること出来るような。そんな大金がね」
外良の顔が綻ぶ。財前が割り込んだ。
「俺としては、舐めた口きく後輩を叩き潰す機会貰えただけで願ったり叶ったりやけどや。
"ババ抜き"ってのは承服しかねますなァ?」
"ババ抜き"──。
一枚ずつ他者からカードを抜き取り、同じ札があれば捨て、最後にジョーカーを所持していた者が敗者となる。トランプの中でも特に
「運の要素が強すぎますわ。
これやと駆け引きもクソもあらへん。俺が勝ったところで、『運が悪かった』て言い訳されるんが関の山や。
そんなんちゃうねん。完膚なきまでに格の違いを見せつけて、漸く満足できるんですわ」
財前が長い金髪を揺らし、唾を飛ばす。
唯一人、法宮院だけがぐぐぐと笑い続けていた。狂獣じみた眼をぎょろりと剥く。
「ただの"ババ抜き"と、誰が言った?」
法宮院の太腕が、革製の鞄へと沈み込む。取り出したのは真新しいトランプと、四枚の白紙だった。
「逸脱した貴方がたにやって頂くのは、勿論、逸脱した"ババ抜き"になります。名は──。
【
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