【決闘ババ抜き】をしよう③

決闘デュエルババ抜き】総則ルール

 ①1vs1で行う。

 ②♠︎の1A 13K、♡の1A 13K、ジョーカーを使用する。

 ③A、J、Q、Kのカードには各々効果が付与されている。

 ④カードの効果は、同数字のカードが手札に2枚揃った状態で確認することができる。

 ⑤効果はカードを捨てるときに、発動され、最優先で処理される。

 ⑥同数字のカードが手札に二枚揃った状態になれば、上記二枚のカードを捨てることができる。

 ⑦上記⑥の方法以外で、カードを捨てることはできない。

 ⑧相手の手札からカードを一枚引き、「終了」を宣言するまでが自分のターンとなる。


 K→【???】

 Q→【???】

 J →【???】

 A→【???】

 __________________________________


外良:♠︎A、♠︎2、♠︎3、♠︎4、♠︎5、♠︎6、♠︎7、♠︎8、♠︎9、♠︎10、♠︎J、♠︎Q、♠︎K、ジョーカー

財前: ♡A、♡2、♡3、♡4、♡5、♡6、♡7、♡8、♡9、♡10、♡J、♡Q、♡K

捨札:無し


 🃏

 外良ういろの手に♠︎のAからKが、財前ざいぜんの手に♡のAからKが、各々握られる。


「表」


「裏や」


 法宮院ほうぐいんの親指から弾かれたコインは素早い回転とともに高度を上げ、やがて弧を描くと、重力に導かれて落下していく。

 最初のジョーカー所有者を決めるコイントスの行方を、運命の行方を、鈴木は瞬き一つせずに見守った。

 外良の背中越しのコインは、月明かりに照らされ、吉凶を占うように、光と影を入れ替え続ける。


 「鈴木くんには財前先輩の後ろに居てもらおうかな?あ、それだとカード見られるから先輩が嫌か。でも、法宮院さんの正面や隣で邪魔になっても良くないしなあ。じゃあ、僕の後ろってことで」


 鈴木の立ち位置については、外良が提案した。その提案を法宮院が承認する。

 鈴木の前方では、円卓を囲む両雄が開戦の火花を散らし、後方の壁には西洋甲冑が戦列を整える。まるで、一挙手一投足を監視されているような威圧感を覚えていた。

 法宮院の巌のような拳にコインが着弾する。

 示していたのは、だった。


「残念やったなァ」


「大丈夫ですよ。運が悪いのは慣れてるんで」


 平静を装う外良の手札に、口角を吊り上げた道化師ジョーカーが踊って侵入していく。それを鈴木はただ眺めていた。


🃏

「それでは。ジョーカーを所持している外良様からカードを御引き下さい」


 法宮院に促され、外良の指が跳ねた。右端のカードを素早く攫う。

 財前の手にジョーカーが無い以上、何を引いても同じこと。そう割り切っていた。


「♡8」。最初に揃ったのは、8だった。二枚、捨てられる。


「終了で」


 手番が財前に回る。先程とは打って変わり、外良が仕掛ける。ジョーカーを指し、作った笑顔を浮かべる。


「この子なんかどうですか?オススメですよ」


「なんや、俺と駆け引きする気ィか?

 人間の心理いうんはある程度決まったるんや。自分が見たないものはやな、端っこォに、端っこォにて、避けていくんやて。ほんでや──」


 財前は外良側の最も手前にあるカードを掴む。外良が勧めたカードには見向きもしない。


「臭いものには蓋しよかァ。いやいやあかん、蓋あらへんわ、ほな、どないしよ。

 お、こんなところにカードがあるわ。これで隠してまおかいな。シメシメいうてな。

 見えへんように、ジョーカーの上に他のカード重ねて隠すわけや」


 財前の手から10が二枚はらりと落ちる。


「なんや図星か?つまらんやっちゃなァ」


 🃏

 手順が入れ替わる。外良が6を捨て、財前が9を捨て、外良が5を捨てた。カードを引き、完成したペアを捨てる。

 作業のように、淡々と、繰り返す。


 が起きたのは、財前の三巡目だった。

 財前が引いたのは、Q

 この仕合で初めて絵札、すなわち

 法宮院から白紙を示され、効果を確認した財前の口が僅かに歪む。それは一瞬にも満たない時間だった。表情を戻した財前が、宣言する。


「終了や」


 ◇

 何処か違和感があった。暫し逡巡したのち、鈴木がその理由に気づく。

 この【決闘デュエルババ抜き】は二人で行われている。同じ種類のカードを1枚ずつ手札に持つ二人が交互に引き合う以上、

 それにも関わらず、財前はQ

 再度、ルールを確認する。


『⑥同数字のカードが手札に2枚揃った状態になれば、上記2枚のカードを捨てることができる。』


 

 それは、逆にいえば──。


 鈴木が心中で呟く。ってわけか。


 ◇

 捨てない選択には、最初から気づいていた。其れはどうでもいい。外良の思考は、更に深く潜る。


 Q

 財前が効果を理解するまでの時間は僅かだった。恐らくは、財前自らが付与した、既に把握済みの効果だったのだろう。


 何故Qを捨てなかった?再度、自問する。

 今が使いどきのカードでなかったから?

 例えば──。


 【手札の総入れ替え】。大逆転が可能な効果だが、序盤で使用するメリットは薄い。

 或いは──。


 【妨害】。発動者を自動的に妨害する効果。

 財前の反応を脳内で巻き戻す。

 「終了」を宣言するまでの判断が速すぎた。まるで、ように。


 八対二って具合かな。

 【妨害】。此方の確率が高いと考え、外良が戦略に修正を加えた。脳に新たな一文を刻む。


 Q


 ◇

「Qが揃ったよね?カードを捨てないといけない筈だ。ルール違反だよ」


 外良の指摘に、財前の眉間に皺が寄る。そのことを財前は零コンマ数秒遅れて自覚する。今の反応で何かを勘付かれたかもしれへんな。

 指摘自体は、想定済みのものだった。財前は用意していた回答で切り捨てる。


「ルール⑥を音読してみィや?

『捨てることができる』てだけや。

 揃ったからて、絶対に捨てなアカンわけとちゃう。俺のターンやったら、いつ捨ててもええ筈や」


「いや、いつ捨ててもいいとまでは明記されてないでしょ」


 外良は更に追及する。外良には珍しく、執拗な追及だった。

 だが、その執拗さが仇となった。逆に財前に冷静さを取り戻させる。外良がことに、財前が気づく余地を与えていた。

 財前が二枚のQへと視線を向ける。【決闘ババ抜き】は、1vs1の"ババ抜き"だ。財前の手に、Qが、効果を付与されたカードが揃ったことは、外良も認識している筈だ。

 そうであるにも関わらず、外良は財前に、Qを捨てることを、効果の発動を迫っている。


 財前が髪をかき上げた。成程。外良の狙いが読めた。外良はQが【妨害】と気づいたのだろう。そして、財前にそれを発動させようとしている。

 面白いやんけ。

 財前が深く呼吸をする。右方で事態を静観する判事官・法宮院公正を仰ぎ見た。


「ルール⑥の解釈について質問や。

 揃ったら強制的に捨てることまでは明記されてへん。二枚揃った状態であればや、捨てるタイミングは自由と読んでええか?」


 ◇

 法宮院が両者を見渡す。その表情に、無自覚な愉悦が浮かぶ。

 財前と外良、両者がともに勝負に出たことを肌で感じていた。法宮院の解釈次第で、両者の戦術が、運命が大きく変わる。

 右掌に財前の心臓が、左掌に外良の心臓が載った感覚に陥る。容易に潰せる臓器が、掌中で、祈りを乞うように鼓動を加速させる。

 何方を握り潰そうか?

 破裂した心臓から溢れた血が、法宮院の肘までを赤く濡らしていく。萎んだ心臓を指で弄び、ぴちゃぴちゃと水音を立てる。その想像だけで、法宮院の下半身に快感が走り、小刻みに震えた。


 ◇

「仰るとおり。。いつ捨てて頂いても結構です」


 法宮院の回答を聴き、財前が満足げに白い歯を見せた。

 ひとつ、大きな賭けに勝利した。


「そういうわけや。お前の番やで。ほれ、早よ引けや」


「まあ、この可能性も考えてはいましたから」


 負け惜しみじみた台詞を吐く外良を目にして、財前は内心で笑いを噛み殺す。

 Qが【妨害】と気づいたことで調子に乗っとるな。それがなんやねんな。


「終了ってことで」


 外良の手から3が二枚捨てられた。


 🃏

 四巡目以降、両者の手が同時に停滞する。

 先ず財前がジョーカーを引き、今度は外良が♠︎Qを引いた。

 Qを引いてはならない。脳に刻んだ一文が不吉な予言のように、外良に作用する。


「なんや、欲しないもんでも引いたか?」


「さあ、先輩こそジョーカーを引いてくれるなんて。見かけによらず、お優しいんですね」


「お前こそ、案外と普通やなァと思ってるで」


 財前が鼻を鳴らし、外良の手札に手を伸ばす。

 引いたカードを見た財前が、安堵の息を吐く。7のカード。先に膠着から抜け出したのは財前だった。

「終了や」。外良に見せつけるように、7を二枚捨てる。


 外良の心臓が脈を打つ。細い血管内を赤血球が駆け回り、酸素の運搬を急く。

 Qを引いてはならない。脳細胞から電気信号の形で発された指示を、右手が受信する。

 宙を彷徨っていた右示指が、財前の手から一枚を選び取った。

 外良が引いたのは──。


『特に、僕は運が悪いからね』


『運が悪いのは慣れてるんで』


 外良が引いたのは、♡Qだった。外良の手に、Qが二枚揃う。

 その効果は──。


 ◇

 財前牛政ざいぜんうしまさは、ルールを"火"と捉えていた。

 設定を詰め、予期せぬ方向から火を放つ。上手くルールの罠に嵌めれば、邪魔者を焼き尽くし、灰燼と帰することすらできる。足元についた"火"に慌てふためき、対処が遅れるままに、全身を火炙りにされる愚者の姿は、財前にとり、これ以上ない娯楽となっていた。

 かつて、原始人類は、"火"を活用するすべを得たことで、猿と隔絶した。

 それと同様だ。ルールという"火"を操る才覚センスに関し、財前は他の凡人と一線を画す自負があった。

 財前が尊大な野心を火種として付与した、その効果は──。


 ◇

 法宮院が示した文字列に、鈴木は目を丸くする。


カードを一枚引いて手札に加える】

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