第3話 本気の剣と信頼

 カイとマヤとルルエルと騎士団達は息を潜めていた。

 さっきの場所からはだいぶ離れたと思う。それでも、五人は緊張を解いていなかった。

 いや、緊張を解けずにいた。


「ここもすぐに見つかるか……」

「そうね。盗賊とはいえ一応は殺しのプロです。簡単には逃がしはてくれないでしょうね」

 次々と声が聞こえた。

「確かここらへんに逃げ込んだぞ、追え!」

「俺たちがアイツらを逃したら、俺らが親分に殺されちまう!」

 物陰に潜んでいた五人の緊張がさらに高まった。彼らはそれぞれの心の中で逃げるべきか、戦うべきか、思案していた。

ルルエルは周囲を警戒しつつ、小さな声で囁いた。

「どうする?このままここに隠れていても、いずれ見つかるわよ?……」

 マヤが冷静に答える。

「戦うしかないでしょ?ここで捕まれば、全員ただでは済まないわよ」

 カイは二人の会話を聞きながら、ゆっくりと剣の柄に手をかけた。

(……やるしかねぇな)

「俺が時間を稼ぐから、他の奴らは逃げろ」

 カイの申し出に、一瞬全員が黙り込んだ。

 カイの覚悟が伝わってきたが、それでも他の者たちはそれを容易には受け入れられなかった。

ルルエルが小さな声で呟く。


「でも……そんな、一人で?」

 マヤは鋭い目でカイを見つめる。

「あなた、本当に大丈夫なの?」

 カイは肩をすくめ、淡々と答えた。

「大丈夫だ。俺がやるって言ったんだ。余計な心配はするな」

 若手騎士たちはまだ戸惑いを隠せずにいる。

 だが、カイの瞳には揺るがぬ決意が宿っていた。

「……わかった。信じるしかないか」

 マヤもうなずき、ルルエルも小さく息を吐く。

「……じゃあ、私たちは先に森を抜けるわね」

(……よし、やるか)

 カイは静かに剣を握りしめ、森の奥から迫る盗賊たちに向き直る。


「俺ももう追いかけっこは飽きてたんだよ!全員まとめて相手にしてやらぁ!」

 カイがそう言ったところで盗賊が、

「見つけたぞ!」

「殺せ!殺せ!」

 盗賊達が一斉にカイに襲いかかって来た。

 カイは冷静に盗賊たちの動きを見極めながら、素早く身構えた。

 カイの剣先が風を切る。

 木々の間を縫うように動き、盗賊たちの無謀な突進を次々に受け流す。

「一応手加減はしたつもりだったんだがな……」

「ひぃ!?この化け物!」

 効果はてきめんだった。

 盗賊達は蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。

 そして、カイとルルエルとマヤと騎士団達が森を出ようとした時……

 一人の男から声がかかった。


 顔を上げると、いつの間にかまた一人、盗賊が立っていた。

 ただの盗賊とは違う、同じ黒い服を着ているが……黒いマントを羽織り、ひどく落ち着いている……

 盗賊はカイとルルエルとマヤと騎士団達の後ろに転がっている、盗賊達を見て、

「つかえない奴らめ。一体誰が、どうやって倒した?」

 カイは肩越しに盗賊をにらみ、淡々と答えた。


「……俺はアイツらの攻撃を避けただけだ。お前らが自滅したんだ」

 盗賊は一瞬目を見開き、舌打ちをする。

「ふん……避けただけか。だが、俺は一人で十分だ。全員まとめて片付けてやる」

 マヤがすぐさま反応し、鋭く言い放つ。

「それなら、覚悟してもらうわよ」

 ルルエルも剣を握り直し、背筋を伸ばす。

「ここで下手はできない……全力で行くわ」

 森の奥に響く、わずかな風の音。緊張感が五人の騎士団と一人の盗賊の間を満たす。

 マヤが動いた。


 マヤは一気に間合いを詰めて盗賊に斬りかかろうとする。

 しかし、盗賊は驚かなかった。マヤの剣を掴んで、

「ほう、女。女にしてはいい太刀筋をしているな」

 と、盗賊は冷たく笑いながら言った。

「だが……甘いな」

 マヤは力いっぱい剣を引き戻そうとしたが、盗賊の握力は尋常ではなく、剣はまったく動かなかった。

 さらに、盗賊は無慈悲にも力を込め、マヤの体を強引に引き寄せた。

「ぐっ……離してよ!」

「そんなに離して欲しければ離してやろう!」

 そして、驚異的な力でマヤを振り回し、無慈悲に森の木へと叩きつけた。

 マヤは森の木に叩きつけられてその場で動かなくなる。

 盗賊は冷酷な笑みを浮かべ、マヤの無力さを見下ろしながら冷たく言い放った。


「くだらん。貴様らの抵抗は無駄だということを、まだ理解していないのか?」

「マヤ!?」

 ルルエルは走り出そうとしたが、ルルエルの目の前に盗賊が立ちはだかった。

「それにお前が行ったからといってどうなるのだ?」

「どいてよ」

 が、盗賊を肩をすくめて、

「お前らはこの森に入ったのだから死んでもらう……あの女はどうせ終わりだ。思ったよりあっけなかったが……そんなものだ」

 するとルルエルは鋭く、青い瞳で盗賊を見据えて、

「あなたの事情なんか知ったこっちゃないわよ……」

 そのまま、ルルエルは剣をかまえ走り出した。

 それに盗賊は、あきれた表情で、

「無駄なあがきだな……」

 しかし盗賊は微動だにせず、軽く手を横に出すだけでルルエルの剣を弾き飛ばした。

「お前には勝ち目があるとは思えないのだが……それでもやりあうか?」

 するとルルエルは大きくため息をつき、

「気づいてるわよ。どういうわけか、あなたは私よりなにか大きな力を持ってる。できる事なら逃げ出したいわよ」

「仲間を置いて逃げればいいだろう。俺は森からは出ない」

 盗賊は一瞬眉をひそめ、軽く鼻で笑った。

「ほう……仲間か。それでお前らはどうしようというのだ?」

 ルルエルは剣を握り直し、強い眼差しで盗賊を睨む。


「どうしようだって?決まってるじゃない」

 彼女は一歩前へ踏み込み、鋭く剣先を向ける。

「あなたを倒して――みんなと一緒にここを出る!」

「お前らには出来ん」

「やってみなきゃわからないでしょ!」

 ルルエルの叫びが森に響く。

 盗賊はその言葉に一瞬眉をひそめ、だがすぐに冷笑を浮かべた。

「……面白い。だがお前らはここで死ぬ。それ以外の結末は存在しない」

 その声音には確信めいた響きがあった。まるで未来を見通しているかのように。

「……私なら無理かもね。だけど、カイなら出来る」

 盗賊は一瞬だけ目を細め、カイの方へ視線を移す。

「信頼というやつか?くだらんな」

「違うわよ。信頼とかそういう恥ずかしいのじゃなくて……それに彼をみてみなさいよ」

 ルルエルが言っている間に、既にカイは剣を抜き、地を蹴って駆け出していた。

 盗賊はその気配に気づき、すぐさま身構える。

「ほう……無謀にも正面からか!」

 カイの体を捉えようとした盗賊の拳が空を切った。

 カイは寸前で身を沈め、盗賊の脇をすり抜けるように滑り込む。


「……ちっ!」

 盗賊は舌打ちをして振り返るが、その瞬間には既にカイの剣が閃いていた。

 鋭い斬撃が盗賊の腕をかすめ、血が飛び散る。

「俺の最初の一撃を避けた事は褒めてやろう。だが、楽には死ねなくなったぞ?」

 盗賊は上から目線で評価する。

「逃げてばかりでは俺には勝てんぞ!」

 盗賊は吠えると同時に加速した。

 その加速は尋常ではなく、風を切る音が森に響き渡る。

 その拳の一撃はカイには躱されたが、ルルエルには直撃した。


「うっ……!」

 ルルエルは衝撃で後方に弾かれ、地面に叩きつけられた。痛みが体中に走る。

「ルルエル!」

 カイは即座に振り返り、剣を握り直す。怒りと焦りが混じった呼吸が胸を打つ。

「二人まとめて殺すつもりだったが……まあいいか」

 盗賊はそう言って笑う。

「お前もすぐに仲間が待っているあの世へと送ってやろう」

 笑みが消えたのは、カイが別人のような殺気を放っているからだ。


「……俺としたことが力を加減しすぎたか」

 盗賊はそう言うが、声が震えている。

 まるで無理矢理自分を納得させているみたいに。

「くっ……俺はまだ本気ではない!」

 盗賊はさらに拳に力を込める。

「これが俺の本気だ!」

 盗賊は拳を連続で振り下ろすが、カイは一歩も引かず、素早くかわす。

 盗賊は何が起こったのか、理解出来なかった。

「な、なんだ?」

 盗賊は混乱からすぐには立ち直れない。


「な、なめるなよ!今のは不意を突かれただけだ!」

 アーベルトは自分が劣っている事を否定したかった。

 いや、信じたくなかった。

「勝つのは俺じゃない。俺達だ」

 カイはそう言って盗賊に斬りかかった。

「この俺がこんな奴にぃ!」

 盗賊の体が地面に崩れ落ちる。森に一瞬の静寂が訪れた。

 カイは剣を握りしめたまま、深く息をつく。

 ルルエルとマヤもそれぞれ体を起こし、互いに安堵の表情を交わす。

「……やったの?」

 ルルエルがまだ信じられない様子で呟く。

 カイは静かに頷き、剣を鞘に納めた。

「……これで、ひとまずは森を抜けられるな」


 騎士団の若手たちも、安堵と興奮が入り混じった表情を浮かべ、互いに肩を叩き合った。

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