第4話 死角を抜けて――潜入開始

 カイとマヤとルルエルと騎士団の五人は森から出ると、ワルフラーンへと向かって歩いていた。

 五人がワルフラーンへと向かって歩いてる途中に、カイが疲れた表情で、

「今回はちょっと無理しすぎたかね…」

 そう言うとカイは騎士達にに体をもたせかけてくる。

 騎士達はカイの体を受け止めて、顔をしかめた。

 カイは小さく息を吐き、肩越しに騎士団の支えを感じながら、わずかに目を閉じた。

「……悪いな、迷惑かけて」

 カイはそう言うと目を閉じたのだった。


 一週間後……

  カイはワルフラーンの城内で目を覚ました。

  窓から差し込む柔らかな光が、傷の治りかけた腕や肩を照らしている。

  カイはベッドの縁に腰かけ、肩を軽く回して身体の感覚を確かめる。

「カイの体の怪我はもう、ほぼ任務をこなせるぶんには支障がないほどには良くなった」

 イスはそう言うとカイの隣りに腰掛けた。

(……やっぱり、まだ少し痛むな。でも、もう大丈夫だ)

 部屋の扉が静かに開き、マヤが顔を覗かせる。

「カイ、大丈夫? 無理してない?」

「ああ、ありがとう。もう、任務に差し支えるほどじゃない」

「それはよかったわね」

「ああ」

 カイはうなずいた。

 イスの声は、部屋の空気を一瞬にして張り詰めさせた。

 カイはわずかに眉を寄せ、マヤとルルエルも無意識に息を呑む。

「……次の任務は、簡単じゃない」

 低い声でそう切り出すと、カイとマヤとルルエルは自然と身を正した。

「お前達三人で行ってもらいたい国がある」

「国?」

 イスはゆっくりと視線を三人に向ける。


「場所は――要塞国家アンダルシアだ」

 アンダルシアといえば、鎖国制度をとっていて容易には入れない。

「イス、一つだけ聞かせてくれ。俺たちをなんでアンダルシアに向かわせる?」

 イスは静かに立ち上がり、窓の外を見つめながら答えた。

「理由か……お前たちが向かう先には、王国にとって極めて重要な情報が隠されている。あそこを制する者が、戦局を左右するんだ」

「嫌だね……俺は戦争するために剣を持ったんじゃない。他の奴らをいかせろ」

 イスはしばらく黙ってカイを見つめていた。やがて、低く落ち着いた声で言った。

「お前の気持ちは分かる。だが、任務を回避することは許されない。お前たち三人の力が、王国と多くの人間の命を救う鍵になるんだ」

「知ったこっちゃねーよ」

 イスはカイの強硬な言葉に少し眉をひそめたが、落ち着いた声を崩さずに言った。

「……わかった。今回の任務からお前を外す」

 カイは一瞬、驚きと戸惑いを見せた。


「……え?」

 イスは冷静な表情のまま続ける。

「お前の気持ちは理解した。無理に連れて行くことはしない。だが、その代わり、今回の任務はマヤとルルエルの二人で行うことになる」

 マヤとルルエルは互いに目を見合わせ、緊張の色を浮かべる。

「二人だけで……?」

「そうだ。しかし、この任務は王国にとって極めて重要だ。失敗は許されない」

 イスは微かに頷き、地図を広げながら言った。

「気をつけろ。アンダルシアは鎖国国家だ。外からの侵入は簡単ではない」

 カイは深く息をつき、二人に向けて力強く言った。

「仲間と自分を信じろ。絶対に無事で帰れよ」

 マヤとルルエルは決意を胸に頷き、部屋を出て行った

 カイは部屋の扉が閉まるのを見届け、静かに背もたれにもたれかかった。

(……やつらならきっと大丈夫だ。だが、無事に帰ってくるまでは安心できないな)

 窓の外、遠くにそびえる山々を見つめながら、カイは心の中で呟く。

「頼む……無事で帰ってこい」

 城内には静寂が戻り、カイの覚悟と共に、次の戦いの気配が静かに漂っていた。


「それでどうやってアンダルシアに行くの?」

 ルルエルはマヤに聞いた。

「あの山を越えていく」

 マヤは小高い山を指刺して言った。

 ルルエルは顔をしかめて、

「うへえ……どれくらいかかるの?」

「正確にはわからないけど……山を越えてアンダルシアの国境に着くまで、少なくとも三日はかかるわ」

 ルルエルは肩をすくめて苦笑する。

「ふぅ……三日か。長い道のりね。でも、やるしかないわね」

 そこで、マヤは突然後ろからルルエルに襲いかかられた。


「気になってたんだけど。マヤはカイの事好きなの?」

 ルルエルの問いに、マヤは一瞬驚きの表情を浮かべた。

「な、なにを言い出すのよ! そんなわけないでしょ!」

 ルルエルはくすっと笑いながら肩をすくめる。

「そう? まあ、いいけど……でも本当は気になるんでしょ?」

 マヤは顔を赤く染め、目を逸らす。

「ば、馬鹿……任務中にそんなこと聞かないでよ!」

 ルルエルは笑いをこらえながら、軽く肩を叩いた。

「ふふ、わかってるって。ただの雑談よ。でも、カイのことは大事に思ってるんでしょ?」

 ルルエルは微笑み、すぐに表情を引き締める。

「じゃあ、気を引き締めて行こう。アンダルシアは甘くないからね」

 そんな話はともかく。


 場面は移って、ワルフラーン国山中。

 ひたすら山を歩いて三時間。

「……そろそろ休まない?」

 ルルエルがマヤに聞いた。

「休んでいる暇などない。置いていくぞ」

 マヤは冷たい口調で答える。

「はいはい。歩けばいいんでしょ」

 ルルエルはまたのらりくらりと歩き出した。

 アンダルシアは確実に近づいている。

 マヤとルルエルの二人が山を下りて、アンダルシアの国境付近の門へ向かい歩いていると、通りの向こう側から大量の砲撃と槍が飛んできた。


「……っ!」

 マヤも反射的に背を低くし、周囲を見回す。

「奴らの射程も射撃精度も半端じゃない……。油断すると一瞬で命を落とすわ」

 さっきの砲撃や槍は要塞国家アンダルシアの物だろう。

 他の国ではまず採用されるような武器ではない。

 つまり、要塞国家アンダルシアの国境付近にかなり近づいて来たということだ。

 また、前方から大砲と槍が大量に放たれる。

「……迂回しかない。こんな正面じゃ、私たちの命は持たない」

 ルルエルは拳を握り、マヤの目を見て決意を伝える。

「わかってる。慎重に行くわよ」

 マヤも応じ、二人は壁沿いにひそかに進むための最短ルートを探し始めた。

 砲撃の轟音が遠くから響き、地面に小さな振動が伝わる。

 二人は低く身をかがめながら、岩や建物の陰を縫うように進んだ。

「……あの角を曲がれば、少しは安全かも」

ルルエルが囁き、マヤは頷いた。

 しかし、角を曲がった先には、見張りの兵士が二人立っていた。

「……まずい、見つかったかも」

 ルルエルは息をひそめ、マヤも剣を握り締める。


 二人の視線が交わる。互いに覚悟を確認し、静かに動き出した。

 見張りの死角を突き、潜入の一歩を踏み出す。


 ――アンダルシアの要塞に向けて。

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