第31話

動かしやすそうな倒木を選び、力一杯持ち上げてどかす。

拾った棒で溜まった土砂を搔き出して空間を作り、また倒木を動かす。


その作業の繰り返しだ。重なった倒木が崩れないように動かす倒木を慎重に選ぶ。

やっていることはパズルのようだが、それを楽しめるわけもなく。

ただ、早くジークを助けないとと必死だった。


「ジーク! よかった」


何度目かの泥を搔き出す作業でひと際大きな倒木に隙間ができた。

その隙間から彼の顔がのぞき出ていて、微かに息遣いも聞こえる。


トマトによるとジークはこの大きな倒木の下敷きになるような形で挟まっているが、他の倒木が噛み合わさったことで押しつぶされてはいないらしい。

ただ、足が挟まり身動きが取れない上に他の倒木の枝が腹部に刺さってしまっている。


「どうしよう……。僕だけじゃこの木は持ち上げられない」


ジークに覆いかぶさる倒木は僕が苦労して動かした他の倒木の何倍もある。

とても一人の力では動かせそうにない。


途方に暮れているとジークが僕を見た。朦朧としているのか、途切れ途切れになりながらも彼は話す。


「君だったのか……。ありがとう、来てくれて。でも、ここは危ない。早く逃げなさい」


僕だけではどうしようもないと彼もわかっている。

土砂崩れが再び起こる可能性もある。このままここで立ち尽くしていても意味はない。


一度町に戻って助けを呼んでくるか?

僕だけではどうしようもないのだから方法はそれしかないだろう。しかし、助けを呼びに行っている間に土砂崩れが起きたら?

ジークの腹部の出血が悪化し、手の施しようがなくなったら?


そう考えるとここを離れるわけにはいかない気がした。

もっと他の……何か別の方法はないのか。


僕には固有魔法がある。

今までだって、いろいろなことをこの力で乗り越えて来た。

植物たちの声を聞けば、彼を助ける方法があるんじゃないか。


「アレン……。あれ」


僕が頭を抱えていると、倒木の隙間から抜け出してきたトマトが呟いた。

振り返る。そして不思議な光景を見た。


シカがいる。黒い瞳でジッと僕を見ている。

土砂崩れという危機が訪れているにもかかわらず、逃げることなくジッとその場で僕を観察している。

その隣に小さい子ジカが。親子だろうか。


そして、その親子が引きつれるように数頭のシカが集まり始めていた。


いや、シカだけではない。


「え、なんで」


思わず声が漏れる。

森の中からクマが。オオカミが。ウサギや他の小動物が。

この森に住む多くの種類の動物たちが集まっていたのだ。


彼らは争いを始めることもなく、僕とジークを取り囲んでジッと見つめている。

その状況に一瞬緊迫した状態であることを忘れる。


空でピークが一声鳴いた。その声にハッとする。

ピークはどこから持ってきたのか、太い縄を咥えていた。


その縄を僕の目の前。ジークにのしかかる倒木の上に落とす。


「結べってこと?」


なんとなくジークがそう言っている気がした。

縄を倒木の下に潜らして腕を最大限奥まで差し込んで、何とか一周させる。


そして、倒木にしっかりと結び付けた。


信じられないことが起こる。

僕が縄を結んでいる間に動物たちが動き出していた。


示し合わせたかのように綺麗に一列に並び、先頭のシカが僕が結んだ縄の端を掴んで持っていく。


他の動物たちもその縄を咥えた。


そんなバカな。

僕には目の前の光景が信じられない。

もしかしたら、という希望じみた物は抱いていた。しかし、実際にそれを目にすると信じられないという感想しか出てこない。


動物たちが縄を引っ張り、大木を持ち上げたのである。

そして器用にも縄を引っ張る方向を変え、大木を少し離れたところに移動させる。


それが終わると彼らは縄を離し、ジークのところに駆け寄った。


そうだ。ジークの救出が先だ。

この信じられない奇跡のような出来事に納得するのは彼を助けた後でいい。


僕もジークの下に向かう。

動物たちは僕がジークを助けようとしているのがわかっているのか、僕に道を空けてくれる。


覆いかぶさっていた倒木は無くなった。

後は腹部に刺さっている枝をどうにかするだけ。その処置をして、すぐにここを離れる。


そう思い、急ごうとしたがジークの顔を見て手が止まる。

彼はいつも帽子と布で顔を隠していた。その素顔を僕は知らない。


しかし今は嵐で帽子は吹き飛ばされ、布も気の下敷きになっていた方が破けてしまっている。


髪は茶色だがが少し暗い。まるでたてがみのようになびいている。

瞳は猫のように丸い。口には牙が生えている。


イヌ科の肉食獣のような顔がそこにはあった。

所謂獣人というやつだろうか。その姿に僕は一瞬驚く。今日は驚くことばかりだ。

そして奇想天外な出来事には少し慣れた。


一刻の猶予もないと判断し、戸惑う気持ちを押し込めてジークの処置をする。


枝は確かに腹部を刺しているが、致命傷ではない。内臓も避けているだろう。

ジークの腰にナイフが携えられていた。それを借りて背中側から慎重に枝を切り落とす。


刺さった枝はそのままにし、僕は止血する布を作るために自分の着ているシャツを引き裂いた。


その布を傷口に押し当てて圧迫したあと、緩まないようにしながらぐるぐると巻き付けた。

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