第30話

ピークが向かったのは森の方だった。

僕たちの小屋がある方ではない。それとは真反対の森だ。


「うぉっ……。青年、こんな時に散歩か。危ないぞ」


森に入った途端に木が話しかけてくる。焦燥感に溢れた声だ。

僕が良く知るケヤキではない。他の種類の木のようだ。一体何の木かわからないが、彼は嵐の中を駆ける僕を心配してくれた。


そんな彼に僕は状況を説明する。


「なに? ペットのタカの様子がおかしい? タカって……ピークじゃないか。そうか助けを呼んでくれたのか」


木は空から降りて来て僕の肩に乗ったピークを見て言った。二人は知り合いらしい。

しかし、今はそんなことを気にしている場合ではないようだ。


「助けって……何があったんですか? 僕はどうすれば」


尋ねると木の精霊は口早に言った。


「土砂崩れだ。嵐で地盤が緩んで森の一部が崩れた。動物が飲み込まれて……それを助けようとジークも……」


ジーク。そうだ。この森は彼が住んでいると言っていた場所じゃないか。

どうやら彼は土砂崩れに巻き込まれたらしい。ピークの様子がいつもと違ったのは、この異変を知らせるためか。


木に具体的な場所まで案内してもらう。

土砂崩れが起きたという場所は悲惨な状態だった。


木が土砂になぎ倒され、いくつも折れている。範囲が広い。


「ねぇ、またくずれそうになったら君にはわかる?」


僕が尋ねると木は頷いた。


「根の張った土が緩んでいく感覚を覚えた。もう一度起こりそうならすぐにわかる」


心強い。

ジークを助けようにも再び土砂崩れが起きると僕まで飲み込まれてしまう。

木が知らせてくれたら危険はぐっと減る。


「それじゃあ崩れそうになったらすぐに教えて!」


そう伝えて、そこら辺に落ちていた手ごろな大きさの棒を拾う。

シャベルやスコップは持っていない。土を掘る道具が必要だと思ったのだ。


土砂の中から人を助け出した経験などない。どこを探したらいいかはわからず、どう掘っていいかもわからない。


土に埋まったのなら呼吸が難しい状況にあるかもしれない。

それならば時間もどう残されていないはずだ。


僕にできることはむなしいくらい少ない。不安と焦りが募っていく。


ピークが鳴いた。

いつもよりも少し高い声だ。


危険を知らせるようなその鳴き方に、一瞬再び土砂崩れが起きるのではないかと身構えた。

そうではないと気付く。もしそうならピークと同時に木も叫んでいるはずだ。


僕はすぐに走り出した。ピークの声に向かって。

嵐のせいで風も雨も強い。音が轟音のようになり続けている。それに加えて時折混ざる雷の音のせいで周囲の音がものすごく小さく感じる。


僕に正確な位置を知らせようとしてくれているのか、ピークは何度も鳴いた。

悲痛な叫びの様にも聞こえた。

高く、微かに反響する声を頼りに彼の下までたどり着く。


倒木が大量にある場所だった。


「ここ? ここにジークがいるの?」


尋ねるとピークはそうだと言わんばかりに鳴く。


土砂崩れの終点のようだ。溜まった土砂と押し流されてきた倒木が侵入を拒むかのようにひしめき合っている。その倒木の下敷きになっているとしても僕の大きさでは入っていくことができない。


「俺が行く!」


籠の中から声がする。

トマトだ。彼は籠の蓋を中から無理矢理開けて這い出して来ると倒木の前に立った。


「俺ならこの中にも入れる。ジークを見つけて場所を教えるから上から穴を掘って助け出してやってくれ」


確かにトマトならば入り組んだ倒木の隙間を縫って中に入り込めるだろう。精霊なら怪我の心配もない。何より、何もできない僕よりもよっぽど救出の可能性がある。


「トマト、お願い」


僕がそう言うとトマトは意気揚々と倒木の下に潜り込んでいった。

彼がジークを探している間、僕はジークの名前を呼び続ける。


もしも意識があれば返事をしてくれるはずだ。その返事から彼の居場所がわかる。

しかし、いくら呼び掛けても彼の返事は聞こえなかった。


意識を失っているのか、それとも声が出せないほどの傷を負ったか。どちらにせよ声をかけることはやめない。

僅かにでも返事が返ってくる可能性が残されている。


「トマト、がんばれ」


ジークを呼びながら心の中でそう叫ぶ。

その思いが届いたのか、トマトは見事に役目を果たしてくれる。


「ここだ! ここにいた!」


少し離れたところからトマトの叫ぶ声が聞こえ、僕はそこに向かって走った。

倒木の下に潜ることはできないが上からなら到達できる。

崩れない足場を探し、下にいるトマトたちを押しつぶさないように気を付けながら倒木をよじ登る。


トマトの声のする真上に到着した。


「ここにいるんだ! 枝に腹を貫かれて血を流している。意識はあるけど喋れそうにはない」


トマトがジークの状況を伝える。怪我の具合は実際に見てみないと正確にはわからない。まずは彼をそこから助け出すことが先決だ。


「その周囲はどんな感じ? このまま上から倒木をどかして行っても大丈夫かな?」


トマトに尋ねる。

闇雲にどかすとその下にいる彼らにさらなる被害が出るかもしれない。


「多分大丈夫だと思うぜ。ジークの腹に刺さった枝がある倒木は結構大きい。こいつが周りを支える役目をしているみたいだ」


トマトが答える。

その後も、僕はトマトに逐一確認を取りながら救助作業を開始した。

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