第28話

僕を優に超える慎重である。

三倍はあるかもしれない。扉を潜る時には身を縮こまらせていたし、普通に立っている今も一階の天井に背が届きそうだ。


驚いたのはその大きさだけでなく、服装のせいもあった。

気候は夏中旬。まだまだ暑い日が続くというのに厚手の黒いローブで全身を覆っている。

頭には同じく黒いとんがり帽子。こちらはサイズも随分と大きくて頭をすっぽりと飲み込み、顔に少し被さっている。口元にはマフラーの様に巻いた黒い布。顔はほとんど見えず、唯一空いた目のあたりで黄色い瞳が光った。


「いら……っしゃいませ」


度肝を抜かれながら言い直す。異様な迫力に僕は若干ビビっている。

リリアがすぐにお客様の前に並び出て「何かお探しですか」と声をかけた。


彼女も来店の瞬間は一瞬固まっていたように見えたが既に営業スマイルに切り替えている。

プロ意識が高い。


「あー……。外の……。ベランダにいるタカは貴方の友達か?」


やや間があってそんな質問が彼女にされた。声は低く、男性のようだ。

リリアが僕の方を向く。自然と男性の視線も僕に向いた。


外のタカとはピークのことだろう。最近ではすっかり一人前になり、僕が引っ越しやなんやかんやで忙しかったこともあり一人で空を駆ける時間が増えた。


森の奥の小屋とこの店を行き来することも多く、彼の気の向く方でくつろいでいる。

二階のベランダに作ったピーク用の止まり木は彼のお気に入りの一つである。


「ピークは僕の友達です。一体何か?」


僕がそう名乗り出ると男性は「そうか」と呟いた。それっきり黙り込む。

てっきり何か用事があったのかと思ったがそう言うわけではないらしい。


男性はもうピークのことは良いのか「傷薬を頼む」と注文を始める。

少し気になったが僕から何か聞きたいことがあるわけでもないので注文通りに傷薬を用意した。


僕たちの店で取り扱う傷薬の種類は三つ。すべて違う薬草を調合して作った物で、値段と効果にも差異がある。

特に顕著なのは肌への影響力で、効果の強い薬は肌荒れの原因にもなるためお客様の肌の強さに合わせてお勧めする薬を変えている。


そう説明すると男性は


「実際に肌に塗って試してみてもいいか」


と聞いた。

試薬は他のお客様でもすることがある。「もちろんです」と伝えると男性は三つの瓶から薬をわずかに取り出す。

指先ですくった薬をローブの中へ。腕に等間隔で塗っているらしい。


「この薬の材料は?」


三つ並んだ瓶の真ん中を指さして男性が尋ねた。肌への影響力が一番少ない薬だ。

その分他の二つよりも効果が落ちるが、人だけではなく動物にも使用できるためペットを飼っている少しお金を持った平民たちに人気の薬だった。


薬に使った薬草の名前を答えると男性はなんどか頷く。


「これを三つ貰いたい」


男性の要望に応え、店の奥から同じ薬を三つ持ってくる。

それを紙袋に包み、男性に渡す。代金を受け取りリリアと二人で頭を下げると男性も


「ありがとう」


と言った。顔を隠しているので表情はわからない。しかし僕には彼が笑ったように見えた。纏う雰囲気がフッと軽くなったのだ。


扉に向かった男性は出ていく前にふと足を止め、振り返って僕を見る。


「その……。あのタカ、ピーク君のことだけど。少し寂しがっているように見えた。できればたまに遊んであげてるといい」


そう言って男性は店を出て行った。その背中を見つめ、彼の言った言葉を不思議に思いながら「確かに」と納得もする。


ここ最近は忙しくて碌にかまってあげることができていない。

トマトは裏の庭に作った薬草や他の野菜たちと遊んでいるし、ピークも自由に空を飛んでいるのであまり気にしていなかった。


今度二人と遊ぶ時間を作るか、と密かに決心する。


「不思議なお客様でしたね」


ほうっと息を吐きながらリリアが言った。

表情には安堵の色が浮かんでいる。一瞬張り詰めた空気が緩和されたのを感じたのだろう。


あの男性が店に来た時にはその大きさと姿を隠した怪しさから思わず身構えてしまった。

しかし実際は丁寧な態度のお客様だった。

声色も優しかったし、見た目以外は他のお客様と変わらない。怪しいという感覚はもうすでになく、あるのはリリアの言うような「不思議」という感情だけだった。


その後、シュリが配達から帰って来て三人で閉店の準備を進めた。

僕は品物の在庫チェックと帳簿付けを。


リリアは店の掃除。シュリは看板の取り下げだ。


「あれ? これは」


掃除中のリリアが床に膝をついて何かを拾う。その手には金色の長い毛が落ちていた。


「私の髪質とは少し違う? 今日金髪のお客様って来ましたっけ?」


リリアが首を傾げて僕に尋ねる。

その様子だと彼女に心当たりはないようだ。


何人か女性のお客様が着ていたのは覚えている。でもその中に金髪はいなかったような気がする。


しかし二人とも確証はなかったし、落ちていたのは髪の毛一本。

リリアもなんとなく不思議に思っただけのようで「覚えていないけど恐らく来ていたんだろう」程度に話は纏まる。


それ以上取り上げるほど興味の出る話題ではなく、テキパキと閉店作業を終わらせた。


その後、今日の夕飯はうちで食べるというシュリと共に三人で食材を買いに向かう。

せっかくだから散歩がてらピークを肩に乗せて行こうと思ったが、店を出てベランダを見上げるとそこにピークの姿はなかった。


もしかすると彼も夕飯を探しに行ったのかもしれない。特に気にはせず、僕は商店通りの方に歩いて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る