不思議なお客様
第27話
アレン薬品店は概ね好調なスタートを決めた。
取り扱う薬の在庫量は今までの数倍になり、それの伴って一日の売り上げも増える。
今までリリアから薬を買ってくれた人たちはこぞって店に通うようになり、さらに新店舗オープンという話題性のおかげで新規の客も増えたのだ。
「まさか本当にこの値段で薬が変えるなんて」
「それに効果もすごいんだ。ずっと痛かった腰がみるみるうちに治っちまったよ」
薬を買ってくれたお客様たちはそう言って嬉しそうにしてくれる。それを見るだけで僕もリリアも嬉しい気持ちになった。
個人販売をしていた時と比べて変わったことが二つ。
まず、医者の指示で薬を購入する貴族とは違い医者にかかるお金もない平民たちのために簡単な診察業務も始めた。
といっても正確な医療処置は僕にはできない。
ただ、来店したお客様の悩みを聞き、それを薬草たちと相談して適切な薬を販売するという程度の物だ。
薬草たちは自分の強みをよく理解していて、お客様の話を詳細に読み解いて薬を処方する。
僕はそれを聞き薬を選ぶだけなのだがこれが中々いい評判になった。
営業時間の八割くらい店に居なければ行けなないのだがそれができるようになったのはダウベルさんのおかげだった。
彼がくれたビーケはそれはもう大活躍である。
魔法という技術を大いに活用したこの道具は半永久的に稼働する燃料いらずで、おまけに馬よりもよっぽど早い。
乗りこなすのに難があるが、乗れさえすればこんなに快適な移動方法はないだろう。
僕が感嘆に乗りこなせるのは前世の記憶から紐づいた感覚のおかげだろう。
前世では何と言ったか。自転車……いや、バイク? はっきりとは思い出せないが、それらの日常的に乗っていた乗り物と感覚がよく似ている。
ただ、この世界の人々にとってはビーケは相当に不安定な乗り物に見えるらしい。リリアやシュリも僕の後に挑戦していたが、いくらやってみても乗ることはできなかった。
「これに乗るくらいなら馬の方がよっぽどいいです」
とはリリアの言葉だ。彼女の目にはビーケは乗り物とすら映らないらしい。危険物認定していて一度挑戦していこう近寄ろうともしない。
快適そうに乗る僕をたまに懐疑的に見ている。
ビーケを使えば森の奥の小屋まで一瞬で着ける。馬と違い、途中途中休憩を挟まなくていいのもいいところだろう。
そのおかげで森の方の畑の管理は朝起きてから店を開くまでの数時間で終わらせられるようになった。
移動が効率化されたおかげで前よりも時間に余裕があるほどだ。
「ただいまー。シューレンの爺さんのところ行ってきたぞ」
扉を開けてシュリが店に入ってくる。
主に店の販売担当になったリリアが彼女を労った。
診療患者が途切れたタイミングだったので僕は店の奥の倉庫に行き、痛み止めや薬草の成分を練りこんだ包帯などを一まとめにしたバックを持ってくる。
「シュリ、これ今日の最後の分。北門の衛兵屯所までお願い」
僕がそう言うとシュリは水を一杯飲み干すところだった。
日が上ると外は随分と暑くなる。過ごしやすくなるのはまだだいぶ先だ。
額に浮いた汗を拭いながらシュリは「おう」と元気よく返事をした。
もう一つの以前とは変わったこととはこのシュリである。
自称何でも屋だった彼女をアレン薬品店の配達係として雇うことにしたのだ。
もともと何でも屋としての仕事は少なく、生活もギリギリだったらしいシュリは快諾し一緒に働く仲間になった。
店を開くにあたり、店員が常に店の中にいる状況を作る必要があった。接客はリリアの得意とするところだし、それ自体に問題はないのだが他のところに不具合が生じる。
個人販売をしていた時、リリアは動けない病人のために自宅まで出向いて販売することもあったのだ。
彼女が店にかかりっきりになるとそういった人たちに薬を売りに行くことができなくなる。
僕も常に店に居られるわけではないので新しく人を雇うことになった。募集している暇もなく、引っ越しやなんやかんやで仲良くなったシュリに頼んだという経緯だが、これがかなり正解だった。
小柄で俊敏な彼女は軽い荷物を運ぶのに適していた。
前の仕事柄か町に詳しく、知り合いも多い。そして彼女の人懐こさのなせる業なのか配達先のお客様たちから娘や孫の様に可愛がられている。
いまでは「配達はぜひ彼女に」という声まで聞こえるほどだ。
渡した荷物を小脇に抱えて店を出ていくシュリを見送ってから僕とリリアは一息ついた。
店を開いて数週間。
さすがに一日の流れがだいたいわかるようになってきた。
店が混むのはだいたい午前中からお昼過ぎにかけて。その時間を過ぎるとお客様はゆるやかに減っていき、夕方の今くらいの時間になるとほとんど来ない。
シュリの配達も今出て行ったので最後だ。彼女が帰ってきたら夕食の準備をしよう。
今日は何にしよう。今朝森の畑で収穫した野菜をスープにしようか。
そんなことを考えている時だった。
カランカランと店の扉につけた鈴がなる。来客の知らせに背筋を正す。いけない、まだ店を閉めていないのに気を抜いていた。
「いらっしゃいま……」
言いかけた言葉が途中で止まる。
扉の前に異様な姿のお客様が立っていた。
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