第26話
「これはビーケと言いまして、遠方の国の魔法技師が作った魔法道具らしいのです」
ダウベルさんが意気揚々と語る。
魔法道具という聞き馴染のない言葉に僕含め三人とも興味を示す。
「魔法道具ってなんですか?」
リリアが尋ねる。言葉からだいたいの予想はできるがダウベルさんは丁寧に教えてくれる。
「魔法はもちろんご存じですね? その魔法を道具に込め、半永続的に使用できるようにするという試みが他国では盛んに行われているのです」
ダウベルさん曰く、魔法は国によって独自の発展性を見せているらしい。
僕が植物の声を聞けるのは固有魔法のおかげだが、その固有魔法もこの国や周辺の隣接する諸国特有の文化だという。
海を渡った遠い国に行くと固有魔法というのはそうそうお目にかかれなくなるそうだ。
他にも異世界から魔法生物を呼び出す召喚魔法が発達した国。死者の魂を呼び起せる死霊魔法など国によって様々な魔法の形態があるという。
その中の一つが魔法道具なのだそうだ。
そして最近ダウベルさんが熱中して収集している物らしい。
ビーケと呼ばれる魔法道具をダウベルさんがテキパキといじっていく。
折りたたまれるように小型化されていたビーケは見る見るうちに倍くらいの大きさになった。
車輪の部分が床につき、見るからに乗り物だとわかるようになる。
「変な形の荷車だな。荷物載せるところ小さいじゃん」
シュリが馬鹿にしたように笑う。
「いやいや、そこは荷物を置くところじゃない。人間が乗るところさ、こうして跨るようにしてね」
ダウベルさんが実演してみせる。二輪の乗り物に跨る姿はこの国では見かけない光景だ。それこそ、馬にでも乗っているかのように見える。
「え、それでどうやって走るんだよ!」
小馬鹿にしていたシュリの態度が一転する。目が輝いていた。
「さすがに試乗はここだと危ないので外に行きましょうか」
ダウベルさんがビーケを外に出すのを手伝い、それから裏の庭に運ぶ。
「えーっと、ここを押して。ここを回す……」
何やらぶつぶつ言いながらダウベルさんがビーケを操作する。
すぐに駆動音が響き渡り、ビーケが始動したのだとわかる。
「後はこのハンドルのところをグイッと回すと……うわぁ!」
説明の途中でダウベルさんの声が遠ざかった。
ビーケが急発進したのだ。
庭を直進したビーケは畑の真横を通り抜け、塀にぶつかって止まる。
ガラガラとすごい音がして土煙が上がった。
「ダウベルさん!」
急ぎ駆けつけるとビーケの下から彼が這い出して来る。衝突の瞬間に腰を強く打ち付けたようだがそれ以外に大きな怪我はないようだ。
「痛たた……。すいません、もう少しうまく乗れる自信があったんですが」
申し訳なさそうにダウベルさんが言う。それから倒れたビーケを起こし、壊れていないか確認する。
「頑丈な作りなのでビーケは無事なようです。塀の方は……後で修理業者を依頼しておきます」
崩れた塀に目を向けながら彼が言う。
僕としてはビーケが畑に突っ込まなくてよかったと安堵するばかりだ。
「このビーケ、魔法を原動力としているので大変速く、馬よりも効率的な移動ができるのですが、見ての通り乗りこなすのが難しくて」
彼の話によると作ったのは遠い国の魔法技師。
試作段階の代物だが、目を付けたとある貴族が買い取った。
その貴族も何度も乗ろうとしたが上手くいかずに放棄、それを別の貴族が買い取り挑戦し、失敗してまた手放すという流れを何度も繰り返してこの国にたどり着いたらしい。
あまりにも乗れる人がいないのでもうほとんど骨董品として扱われるレベルだったのをダウベルさんが買い取ったという。
一度試乗してみた結果、少しは乗れたらしい。しかし到底長距離の移動はできなかったので実用はしていない。
僕が森の奥の小屋から町までの往復に困っているのを見抜き、もしも乗れるならば譲るつもりで持って来たらしい。
「乗れるわけないだろうがそんな不安定な乗り物!」
「そうですよ! 補助がないと自立できない物に乗って高速で移動するなんて危険すぎます!」
と声を荒げているのはシュリとリリアだ。二人とも最初の方はビーケに興味を示していたが目の前でダウベルさんの衝撃的な事故を目撃して考えを改めたらしい。
リリアの言う通り、ビーケはスタンドを立てて置かないと自立せず、それが無ければ横倒しになってしまう。
シュリも指摘した通り不安定な乗り物である。
女性二人に詰め寄られてダウベルさんはシュンとしている。
乗れるかどうか怪しものを庭で試乗しないでほしいという気持ちはあったが、不思議と僕はビーケを「乗れない物」と思ってはいなかった。
「僕、やってみます」
そう伝えてダウベルさんからビーケを借りる。
制止する二人を流して跨ると酷く懐かしい感覚になった。
先ほどダウベルさんがやったのと同じように操作し、ビーケを始動させる。
そのままハンドルを回す。ビーケの後輪が開店するのがわかった。
「すごい……乗れてる」
驚くダウベルさん。リリアとシュリは息を飲んで見守っている。
その三人の前で庭に円を描くようにビーケを乗り回す。
確かに快適だった。馬車や馬のような揺れは少なく、スピードも自分で微調整できる。
初見で乗りこなしながら、乗れたのはおそらく僕の前世の記憶、身体に染み付いた感覚のおかげだとなんとなく思った。
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