第25話

ダウベルさんがやって来たのは日が少し傾きかけた夕暮れ前だった。

僕たちはお茶会を一度終え、それぞれが自室で荷ほどきをし、それもひと段落したところで二回目のお茶会を開いていたところである。


引っ越しの助っ人として雇われたシュリはと言えばやることがなかったのか気づけば一回の椅子の上で眠っている。

彼女の周りの荷物がさっき見た時よりも整然と並んでいるので片付けの途中で疲れ果てたらしい。


僕がお茶を淹れてリリアの下に行くと彼女はシュリに毛布を掛けてそっと髪を撫でていた。


「ふふ……可愛いですね。私、ずっと妹が欲しかったんです」


そういう彼女の目はとても優しい。

ほんの一瞬だけ目を奪われる。チャイムが鳴ったのはそんな時だった。


扉を開けると玄関前にはダウベルさんが立っている。

肩で息をし、額には汗も浮かべている。走って来たのか、先日あった時に感じた彼の優雅さは少しばかり薄れて見えた。


「申し訳ありません。急遽注文が入ってしまい、予定よりも遅れました」


僕はダウベルさんを家の中に招き入れ、彼は背負っていた大きな荷物を床の上に下ろした。

大きな布がかけられていて中身が何かはわからない。しかし、随分と大きい。

僕の背丈の半分以上はある。

重さも相当ありそうだが、担いできたところを見るにそれほどでもないのだろうか。


「いやはや、まずはご引っ越しおめでとうございます。こちらささやかではありますがお祝いです」


ダウベルさんは椅子に座って一息つくと僕たちに何かを差し出す。木の札のようなものだった。


「これは?」


受け取ってよく確認する。商売の許可証のようだ。


「この町では交易は割と自由ですし、個人間での販売なら何のお咎めもありません。ですが、店を持つとなれば話は別です。許可を取った方が何かと都合がいい。本来なら時間のかかる事務作業なので私の名前を使い作らせてもらいました」


札の裏には「アレン薬品店」と書かれている。僕たちの開く店の名前らしい。

ダウベルさんの根回しの良さに驚きつつ、ありがたく受け取る。


「いや、参りました。領主様の家系からのご注文だったので断ることもできず。本当はもう少し早く来る予定だったのですが」


ダウベルさん様にお茶を淹れる。

いつの間にかシュリも目を覚ましていて、僕のお茶を勝手に飲み始めていたので自分の分も淹れて二杯テーブルまで運んだ。


ダウベルさんは普通の貴族だけではなく領主様にも薬を売るほどの商人らしい。

オッコムには今まで彼しか薬を売る人がいなかったのだから当然といえば当然なのだが。

改めて、普通に過ごしていたら知り合いになるような人ではないなと認識する。


僕たちが正式に店を開くにあたり、ダウベルさんとは明確に客層を分ける取り決めをした。

簡単に言えば僕たちが平民向けに薬を売り、彼は今まで通り貴族を中心として販売する方針だ。


お互いに情報提供を行い、僕たちは店を出店するためのあれこれや出店してからのアドバイスなどいわゆるコンサルタント業務をダウベルさんに担当してもらえることになった。それに加えて、僕が独学で学んだ薬の調合技術を改善するために彼のお抱えの薬師に教わる機会も作ってもらえる。


その反対にこちらが差し出すのは薬草の育て方関連の全般だ。

彼が所有する広大な畑に僕が行き、育て方を直接レクチャーする。

その畑で品質の良い薬草を収穫できるようになるまでは僕が育てた薬草を仕入れるということで話がまとまった。


「ダウベル、なんかアレンたちに渡したいものがあるって言ってなかったか」


シュリが尋ねる。

彼女とダウベルさんは見た目にもはっきりとわかるほど年の差がある。

普段は貴族と接することの多いダウベルさんとどちらかと言えば貧民区と変わらない生活をしているシュリでは階級意識にも差がでそうな気がするが彼女はダウベルさんに敬語を使わない。


彼の方もそれをまったく気にしていないらしく、むしろ僕たちと話す時よりもシュリと接するときの方がくだけて見える。

そこには確かな信頼関係があるらしく、二人の仲の良さがうかがえる。


ダウベルさんはシュリの言葉にハッとしたらしい。

お茶を飲んでいたカップをテーブルの上に置き、立ち上がって自分の荷物へと向かった。


「そうだった。そうだった。いや、貴族の中には変わったもの好きの人が多くてね。時々買ったはいいが使い道のなかったものを譲ってもらったりするんですよ」


話しながら荷物を包んでいる布を取り払っていく。やけに厳重だ。

それを見ながらシュリが小声で「変わり物好きはあいつもだ」と言った。


貴族が集めた変わったものを時にはお金を上乗せしてまで譲ってもらうほどの好事家らしい。


ダウベルさんがようやく布を払い終える。

現れたのは銀色の、金属製の何かだった。


一目見てどうにも見覚えがある気がした。僕の記憶ではない。前世の記憶だ。

その名前までは思い出せない。同じものではないだろうが、よく似た造り。それが乗り物だということだけ辛うじてわかる。


僕たちの前には得意げに品を披露するダウベルさんの顔と丸い車輪が二つ縦に並んだ奇妙な乗り物が置かれていた。

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