第24話

数日後。

僕たちは例の貸し物件の前にいた。

リリアは喜々として建物の中に荷物を運びこんでいる。それを横目にみながら僕は荷物リストにチェックを入れる。


「ほいよ、後はこの箱で全部だな?」


僕の指示で荷物の箱を開き、それを中に運ぶ手伝いをしてくれているシュリが最後の一箱を床に置いた。


「うん。ありがとう。外の業者さんにも終わりって伝えなきゃ」


僕たちは今、絶賛引っ越しの真っ最中である。加えて開店準備もしている。

ダウベルさんの提案した二号店を借りる話、あれを僕とリリアは受けることにしたのだ。


その家賃は到底払えるものではなかったが、そこは取引に救われた。

ダウベルさんは始め、僕たちがどこから薬の材料を仕入れているのかを探り、その仕入れ先と交渉するつもりだった。

しかし、その材料を僕が育てていると知って考えを変える。


「店の家賃はいりません。代わりに薬草の育て方の知識と当面の仕入れをお願いしたいのです」


ダウベルさんはそう提案した。

家賃の代わりに薬草の情報を売ってくれと。要は物々交換のようなものだ。


それではあまりにも条件が良すぎると僕は思ったが、ダウベルさん曰くどちらも損はしていないという。


彼は今までよりも安く材料の仕入れができるし、念願だった二号店を開店できる。

僕らは問題だった在庫の保管場所問題が解決し、店で売ることで固定客が通いやすくなる。


リリアと二人で相談し、この話に乗ることに決めたのだ。

ダウベルさんは引っ越し業者の手配にも力を貸してくれた。


森の奥の小屋から薬草や残っている薬を運び込むのだ。貸家の二階は居住スペースになっていて部屋も複数ある。

そのうちの一つを僕の部屋に、もう一つをリリアの部屋にすることになった。


僕が森に行き、町にいない間はリリアがここに住み込んで店に人のいない時間を失くそうという試みだ。


男女が一つ屋根の下で暮らし始めるといういきなりの展開に僕は戸惑ったが、同じ部屋で寝るわけではない。リリアも全く気にした素振りを見せないし、僕も深く考えすぎないことにした。

宿の各部屋に様々な客が泊まるのと理屈的には同じだろう。


「それにしても、本当に良かったんですか? アレンさんの生活用品のほとんどを運び込んでしまって」


作業を終え、業者に代金を支払ってから三人でお茶をしていると不意にリリアが言った。

荷物はそれぞれ必要なところに運び込み、僕の物は僕の部屋に。リリアの物は彼女の部屋に置かれている。

荷ほどきはまだだが、それはおいおい空いた時間で済ませればいいだろう。


森の奥の小屋の中にはもうほとんど物は残っていない。

あるのは畑仕事の道具が少しとさすがに運ぶのをためらったベッドだけである。


それ以外は全部この店の中に運び込んだ。薬を作るための器具や愛用していた家具に食器類。なにもかもだ。

これを機に僕は生活の拠点をオッコムに移すことにしたのだ。


森の奥の小屋を捨てるわけではない。

畑はまだしばらく管理が必要だし、そもそもあの家には思い入れがある。定期的が必要だろう。

でも、僕の進みだした人生をさらに豊かにするためにはここらで決心が必要だと思った。


人から離れて暮らすのではなく、人に囲まれて生きる決心だ。これも平穏な生活のための一歩だと思っている。


「まぁしばらくは向こうにも通うけどね。この家の裏手の畑で同じように薬草が育つかは不安だし、向こうの畑の方が広いから」


借りた店の裏には庭があった。周囲を塀に囲まれていて外から覗かれる可能性の少ない庭だ。

ダウベルさんに「そこは自由に使ってくれて構わない」と言われているので僕は試験的に薬草を育てることにした。


ダウベルさんに仕入れるためにこれからはより多く育てなければいけないし、森の奥の小屋で育てた薬草と同等の品質で育てられれば将来的には店で扱う分の材料を庭の畑でまかなえると思う。


「でも大変じゃありませんか? しばらくは今までよりも向こうと往復する頻度が上がりますよね」


リリアは少し不安げだ。僕の身体を気遣ってくれているらしい。

庭の畑が実用的になるまでは森の奥の小屋で薬草を作り続けなければならない。

そのためには毎日通って状態を見る必要がある。


それならば引っ越さずに向こうに残っていたほうがいいのだが、店を開くこのタイミングですべてをリリアに任せて放っては置けない。

それに、引っ越したのは通える自信があったからだ。


元々薬の保管用に部屋を借りようとは思っていた。それがダウベルさんの好意で借りる必要が無くなった。

当然その分お金に余裕ができ、迷っていた馬の購入に回せる余裕ができたのだ。


今日か明日にでも馬を見に行こうと思っているとリリアに伝えると彼女は「乗馬は得意です。教えるのは私に任せてください」と息巻いていた。


その横で僕の淹れたハーブティーと引っ越し祝いにリリアが買ってきた茶菓子を夢中で堪能していたシュリが顔を上げる。

ようやくひとごこちついて僕らの話を聞く余裕ができたらしい。


「そういや、ダウベルが今日様子を見に来るって言ってたぞ。なんかアレンの移動に関するなんとかかんとかって言ってたきがするな」


うろ覚えすぎる彼女の発言に首を傾げる。

まぁ、彼が来るのは確実なのだろう。馬の購入は明日にしよう。


僕たちはそのまま他愛もない会話をしながらダウベルさんが来るのを待った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る