第23話

ダウベルさんと最初に出会い、シュリの雇い主がこの店のオーナーだとわかった時、僕はまず彼を警戒した。

新設された同業者に元々その事業を牛耳っていた人物が好意を持っているとは思えない。


ダウベル薬品店は貴族社会向け。町の認識はそうなっていて、実際に僕たちが薬を売り始めてからも大きな影響はなかったと聞いている。


高級品を好む貴族の中では「安い」というのはそれだけで価値を失くす。他の貴族への見栄のためにも決して手は出さず、高級品として扱われるものを好むためダウベルさんの客を奪う形にはならなかった。


しかし、それはあくまでもこちら側の言い分であり、ダウベルさん側がどう思っておるのかは想像するしかなかったのだ。


その彼が人を雇って調査をしていたと知ればよからぬことを企んでいると思っても仕方がないだろう。


彼は僕の思っていたのとは違う話をして、その考えは決して邪なものではないと僕には思えた。

謝罪には誠意を感じ、真剣さも垣間見える。何より、シュリやリリアに接する態度が彼の人の良さを表していると思った。


これは一つの転機なのでは。僕はそう思った。


「ダウベルさん」


僕がかしこまった様子で語り掛けるとやはり彼もかしこまる。

姿勢を正した二人でこれからするのはビジネストーク。少なくとも僕はそのつもりで話始める。


「もしも、僕が薬草の育て方を教える。と言ったらどうしますか」


正直、僕はこういう交渉事には向いていないと思う。今までやったことがないし、自分の要求をどう通したらいいのかわからない。

商人であるダウベルさんはそれを見抜いているかもしれない。


背伸びをする子供の様に彼の目には映っているだろうか。侮られることはないと信じたい。

僕の作る薬草が価値の高い者ならば彼はそれを欲しがるはずだ。


ダウベルさんは一つ咳払いをした。

それからシュリに使用人を呼び、紙の書類を持ってこさせる。


「まずはこれを」


そう言って彼が差し出した紙には一軒の空き家の情報と白紙の契約が記載されていた。

僕はそれを受け取り、リリアと共に覗き見る。


「物件の貸し出し情報ですね。所有者は……ダウベルさん」


リリアが読み上げる。紙に記載されている内容だ。

場所は貧民区と平民区のちょうど中間あたり、にも関わらず貸し出しの金額はやたらと高い。


「実はそれはダウベル薬品店の二号店を出すために作った家なんです。私の息子に店主を任せる予定でしたが、直前になって拒みまして。仕方がないので今は空き家として貸し出しています」


とダウベルさんが言う。

名前を冠する店だからと材料の品質や建築法にかなりこだわったらしい。

平民区に馴染むようなデザインにしたらしいがそれでも質がかなりいいと評判になった。


すぐに借りたいという人が殺到したのだがダウベルさんは「いつか平民用の店も出す」という夢を諦めきれず、中々貸し出す決心がつかなかった。高額の家賃はそのせいだだという。


「シュリを通してお二人を調べていくうちに現在抱えている問題も見えてきました。そこでお二人にこの店をお貸ししたいと考えているのです」


ダウベルさんの話にはよどみがない。恐らくあらかじめある程度話の方向性は決めていたのだろう。

僕たちがシュリの存在に気付き、捕まえてしまったためにこういう形になっただけで近々正式に声をかけようと思っていたと彼は語った。


「ありがたい話ではありますが、その……とてもこの値段は」


リリアが戸惑っている。

それもそうだろう。二号店の家賃は彼女が兵士だった頃の一か月の給料と比較しても高いのだから。

今の薬売りの売り上げと比較しても到底払い続けられる金額ではない。


僕は何もいわなかった。ダウベルさんの話がそこで終わりだとは思えなかったからだ。

その金額が平民に払えるような額じゃないことは彼にもわかっているはずだ。


「実は、知人に頼んでアレンさんの薬をひと瓶買わせていただきました。驚きました。ただ薬草を安く仕入れているだけではなく、品質も素晴らしかった」


彼は僕たちの薬をこっそり入手してそれを自分のところの薬と比較してみたのだという。

その結果、薬の製法自体にはまだ改善の余地があるが薬草の品質はほぼ完ぺきだったという。

製法の差を品質の良さで補っていて、両者の薬には大きな差異がなかったのだ。


「そして、今もまた驚いています。アレンさん、あなたはご自分でこの薬草を育てているのですね?」


しまった。と思った。

彼は僕がどこかから薬草を「仕入れている」と思っていたのだ。それなのに僕が「育て方を教える」と口走ってしまった。


その情報を隠しておく意味はあったのかわからない。隠しておけばどんなふうにアドバンテージを取れたのかも思いつかない。しかし、見抜かれたという事実だけで「しまった」と焦ってしまう。


「ふふ……申し訳ありません。少し揶揄いました。貴方は素直すぎるようだ」


そう言ってダウベルさんが笑った。僕があからさまに焦った顔をしたからだろう。

この瞬間から話の主導権は自然にダウベルさんが握っていたように思う。


彼は僕たちにある提案をし、僕たちはそれを受け入れた。それはとてもいい取引だったと思うが僕にとっては悔しさの残る結果でもあった。

今回上手くいったのはダウベルさんの人柄と僕たちの運がよかっただけだ。


もう少し交渉ごとに強くならないと。

ダウベルさんと握手を交わしながら僕は密かにそう思うのだった。

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