第22話

ダウベル薬品店は高級志向の店である。客層の中心は貴族であり、要望があれば他の町に赴くこともある。

そもそも薬自体が高級品とされている上に、貴族のは基本的にまとめて買う。

お付きの医者が保管しているのだ。


時には媚薬などを求める貴族もいる。さすがにまとめ買いをする人は稀なので、そういったときには個数販売もしているがそういう嗜好品は普通の薬よりも値が張るため平民にはまず縁がない。


薬店には滅多に平民が立ち入ることはないのだが、ダウベルさんは平民を毛嫌いしているわけではなかった。

事実、リリアが尋ねて来た時にはしっかりとお客として対応し、普段は行わない医療薬の個数販売もしてくれた。


彼は「必要な人に薬を届けたい」と志す善人なのだ。

しかし、現実を歯がゆくも思っていた。


先代の領主の力によって平民間の格差は縮まった。だが貴族との間には大きな経済力の差が生まれている。

それは仕方のないことだ。彼とて、平民と貴族の垣根をなくし全人類の平等を唱えているわけではない。


オッコムは比較的良政の町だし、実力に見合った評価もされる。歯がゆく思うのは薬に関してだけである。

薬は高級品だ。その理由の一つに材料の栽培難度がある。

薬草の類は水の管理が難しく、モノによっては日光を浴びる時間さえ明確に管理しなければならない種類もある。


そこら辺の農家に、野菜を作る要領で育てさせてもうまくいかない。育てられるのは優れた技術者に絞られるのだ。

当然大量栽培というわけにもいかず、自然と希少品になってしまう。


病気に苦しんでいる人ならば誰でも助けたいとダウベルさんは思っているが、現実はそううまくいかない。

平民も気軽に買えるように薬の値段を下げれば材料の仕入れ値とのバランスで自分の生活が送れなくなる。

歯がゆさを感じつつもどうしようもないと諦めの日々を送っていたらしい。


そんな彼の下に僕たちの情報が入って来たのは僕とリリアが薬を売り始めてすぐだったらしい。

最初ダウベルさんは僕たちを「どこかの貴族、あるいはかなりのお金持ち」だと思ったそうだ。


金持ちが道楽で平民に安く薬を配っているのだろうと。それでも良いと彼は思った。道楽であればいずれは飽きが来るかもしれない。しかし一時的にでも困っている人が救われるのならいいことだ、と。

その様子が気になって彼は僕たちの同行を気にしていたのだという。


「どうやら道楽ではなく本当に商売を始めたらしい」


僕らの噂が大きくなるとすぐに彼はそのことに気付いた。同時に疑問も湧く。「そんなに大量の薬を一体どうやって安く仕入れているのか」と。


その答えを知るためにシュリが雇われたのだそうだ。彼女はオッコムで探偵業と称して情報を集める「何でも屋」らしい。ダウベルさんとは古い付き合いだという。


シュリは僕らの薬の出所を調べるためにリリアを尾行し、僕の観察もしていた。その情報をダウベルさんが買い取っていたらしい。


「まぁ、元々そろそろ引き上げ時だと思っていたし、バレたら仕事にならねぇからな。変な噂が立つと私も困るから事情を説明してもらおうと思ってここまで連れて来たんだ」


悪びれもせずにシュリが口をはさむ。彼女の中では「仕事をしただけ」という認識らしい。実際何かされたわけでもないし、犯罪になるほどのことではないようだ。


彼女とは逆にダウベルさんはずっと申し訳なさそうな顔をしていた。


「以上が事の次第でございます。探るような真似をしてしまい申し訳ありませんでした」


話し終えると彼は深く頭を下げた。

残り少なくなったお茶を啜り、ひとごこちつく。頭の中で考えているのは薬草のことである。

森の奥の小屋で育てる時、彼らは酷く口うるさい。こうしろ、ああしろと命令するのは常であり、その日の気分によって我が儘ほうだい。育て始めた最初の頃はまるで子育ての様に忙しくしていたのを思い出した。


まさか育てる難易度がかなり高い部類だったとは。

今となってはもうすっかり慣れて、彼らの言葉を聞き流しながらでも立派に成長させられるようになった僕にとってそれは盲点だった。


視線を感じて顔を上げる。ダウベルさんと目が合った。

彼だけではない。シュリもリリアも僕を見ている。どうやら僕の反応を伺っているようだ。


ダウベルさんの気分を例えるならば判決を言い渡される前の被告人だろうか。それならば僕は裁判官か。いや、そんな大げさな話でもないけど。

雑念を打ち消し咳ばらいを一つ。喉の調子を整えるためだ。


「ダウベルさん。一つお聞きしたいのですが、薬の入手方法を知ってどうしようと思ったのですか?」


彼に会ってからほとんど杞憂だったと考え直した予想を確実に無しにするために僕は尋ねた。

ダウベルさんは一瞬視線を逸らしたが、すぐに戻してまっすぐに僕を見つめる。


「なんとか仕入れをさせてもらえないかと交渉させていただくつもりでした。情けない話で申し訳ないですが……」


そういう彼は本当に自分を恥じているように見えた。商人にとっての重要な要素は「目利きの良さ」にあるらしい。仕入れ先を選ぶときには取り扱う品の品質と価格を十分に精査する。

途中で仕入れ先を変えるというのは最初の目利きが間違っていたと認めることになるという。

ましてや、次の仕入れ先を自分で見つけたのではなく他人の仕入れ先に鞍替えするというのは「自分には目利きの才能がありません」と吹聴するようなものなのだそうだ。


随分と変わった考え方の様に感じる。もしかするとこの地域の文化的な観点なのかもしれない。

そんな商人の矜持にはあまり興味はなく、僕は完全に杞憂だったと胸を撫でおろした。

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