第21話

気まずい空気が三人の間に流れる。

シュリはリリアの持つ剣に萎縮して固まっているし、僕はなんと説明するべきか頭を悩ませていた。


最初に口を開いたのはリリアである。


「あの、以前一度お会いしましたよね?」


その視線は真っ直ぐにシュリを捉えている。だが、険しい表情ではなく普段通りの柔らかい笑顔だ。


その笑顔がシュリの緊張をほぐしたらしい。固さは取れて、代わりにバツが悪そうに頬をかく。心当たりがありそうだった。


詳しく話を聞くべく彼女に向き直る。僕たちがそれ以上質問するよりも先にシュリが口を開いた。


「ちょっと待って。私口下手なんだ。話がこじれたら雇い主に申し訳ないから、一緒についてきてくんねぇか?」


僕とリリアが顔を見合わせる。彼女はまだ状況を飲み込めていなさそうだが、僕はついていく気だった。それを伝えるとリリアも賛同する。あまり深く考えていないようだが僕を信頼してくれているらしい。


「あ、でもちょっと待って。その前にやることが」


歩き始めようとするシュリを引き留める。不思議そうな彼女の腕を引き、立ち話をしていた目の前の家の戸を叩く。

不思議そうな顔をして出て来た住人、マロンさんに事情を説明して頭を下げる。優しいご婦人で、「また植える楽しみができたからいいのよ」と快く許してくれた。



シュリに連れられて向かったのはとある商店だった。外観や、店の造りからそれが高級店であると一目でわかる。

今まで一度も入ったことはないが、それが何の店かはすぐにわかった。

店の外にまで嗅ぎなれた薬草の香りが漂っている。


「ここは……」


店の前に立ち尽くし、そこが目的地だとわかると同時にシュリが誰に雇われたのかわかった。

その店は「薬屋」だった。

僕とリリアが商売を始めるまでオッコムの町に一つしかなかったという例の薬屋で間違いないだろう。


店はもう閉店したらしい。シュリを追いかけるのに夢中になっていたが、空はすでに暗くなり始めている。営業時間は終了したのだろう。

シュリが我が物顔で扉を開けようとするが、鍵がかかっていたらしくガチャガチャと揺れるだけだった。


「なんだよおい、やけに用心してるな」


シュリが呟く。話に聞いた通りならば貴族向けに高級な薬を販売しているのだから用心して当然だろう。僕たちが取り扱う薬も在庫を増やすのならばせめて鍵付きの倉庫は必須だろう。そんなことを思いながら諦めずに扉をたたき続けるシュリを見ていると、店の中から鍵の開く音がした。


「すいません。今日の営業はもう終わりまして……。なんだシュリか」


扉を開けて現れたのは口ひげを生やした恰幅のいい男性だった。やけに積極じみた口調から砕けた物に切り替わるがたたずまいと着ている服には品格が備わっている。

いかにも「お金持ち」といった雰囲気だった。


彼の視線はまず扉の前に立っていたシュリに向く。次にその後ろに立っていた僕とリリアに。

一目で誰だかわかったらしい。あからさまに驚いていて、それが表情にもろに出る。

シュリはにへらと笑い、


「見つかっちまった」


と悪びれもせずに言う。

薬屋の主人はバツが悪そうに頭を抱え、それからあきらめたようにため息を吐いて僕たちを中に招き入れた。


「申し訳ありませんでした。事情をすべてお話しますので、どうぞ中に」


その言葉に従い、店の中に入る。

貴族向けというのは間違いではないようで内装も洗練されている。掃除も行き届いていて埃一つないし、薬を入れる小瓶すら僕が扱う者とは一味違う。

客をもてなすための応接用の椅子に案内され、リリアと横並びで座る。


向かいにはシュリが座り、少し遅れて店の主人が戻ってくる。僕たちを案内した後に使用人にお茶を頼みに行っていたらしい。出されたお茶は見るからに高級品で、味もとても美味しかった。


「あの……これはいったいどういう」


不躾にお茶を啜る僕の横でリリアが戸惑ったように口を開いた。目が僕と薬屋の主人を交互に見る。

話が流れるように進んでしまったために彼女に説明している暇がなかった。

お茶を飲んで一息ついた僕はリリアに成り行きを説明した。


状況も変わり、説明するのに少し時間をおいたおかげかシュリを悪者にすることなく話せたと思う。話を聞いたリリアは少し驚いた様子だった。まさか自分の「視線を感じる」という発言が知らず知らずのうちに別の形に進展しているとは思わなかったのだろう。


「あの、本当にダウベルさんが私を監視していたのですか?」


リリアが問いかけたのは僕ではなく薬屋の主人だった。ダウベルというのが彼の名前らしい。

そういえばリリアは僕と出会う前はフレアさんの薬をここで買っていたことを思い出す。

お互いに名前を知るくらいの関係値はあったようだ。


信じられないと言いたげな視線を向けるリリアを見ると接客中のダウベルさんは「良い人」だったのだろう。


その視線に耐えかねるのかダウベルさんは目を伏せる。シュリを雇っていたのは彼で確定。問題はその理由だろう。


今まで高級品だった薬を僕たちが安く売り始めた。唯一の薬屋だった彼からの恨みを買うには十分な理由だ。

シュリに僕たちの調査をさせていったい何を企んでいたのか。

その全貌が明かされるのを僕は静かに待った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る