第19話

蒸かし芋を食べ終えるとジャガイモは満足そうな顔を残して姿を消した。なぜか肩に乗りたがる彼ら。精霊たちにとって人を選ばずに肩の上というのは居心地が良いのかもしれない。


リリアの左肩の空席に代わりに座ったのはトマトだった。リリアは僕が渡したトマトの種を常に身に着けてくれているようでここ数日彼女の近くにいつもトマトが見える。


なぜ種を渡したのか。その理由はシンプルだ。「誰かの視線を感じる」確信は持てずとも不安そうな彼女の周囲を見張ってもらうためだ。


トマトの姿はリリアには見えないので堂々と状況を尋ねるわけにはいかない。それを察してかトマトは勝手に話し出した。


「確かにいるぜ。若い男だ」


そう言って僕に目配せをする。「勘付かれないように何気なく見ろ」と忠告されて、それに従い視線を動かす。

トマトの示した方向に男が一人いるのが見えた。


灰色の帽子を目深にかぶった男だ。身長は僕と同じか少し高いくらい。成人男性にしては低い方だろう。

トマトの話ではリリアがどこに行ってもその男が影からこちらの様子を伺っているのだという。


「最初は恋がらみかと思ったけどそうではないみたいだ。何かをしきりにメモしていたぞ」


トマトが付け足す。男は非情に用心深いようで、どこにいても一定の距離を保つという。リリアが視線に気づきそうになるとすかさず身を隠すらしいので勘も鋭いのかもしれない。

他の誰にも姿の見えないトマトだからこそ尾行に気付けたというわけだ。


僕が気づいたとバレないように気を付けながらさりげなく様子を伺う。彼の目的は何だろうか。

始めは僕も恋がらみかと思った。リリアは美人だし、優しい。町で薬を売っているのを見て好意を持った誰かの仕業だと。やり方は間違っているが、それならばまだ事を荒立てる必要はないかもしれないと。


しかし、明らかにおかしい。好意を持っているにしても何日もかけて付け回すだけなのか。せめて話しかけるくらいの行動の変化があってもよいのではないか。

そして時折見せるメモはなんなのか。


実際に彼を見て、疑問は深まった。そして、気のせいかもしれないが彼が見ているのはリリアだけではないような気がした。視線が僕にも向けられているように感じるのである。


「あっ」


思わず声が漏れる。彼が急に走り出したからだ。気を付けていたつもりだが、十中八九気付いていることに気付かれたのだろう。


「何やってんだバカ! 早く追え!」


トマトに叱られる。リリアだけが状況を理解していない。立ち上がり、男をおいかける。

気付かれてしまった以上ここで捕まえなければならない。このまま逃がすと彼はもう僕たちに近づかないだろう。それはそれでいいことの様に思えるが、それでは彼の目的はわからず、もやもやだけが残ってしまう。


どうせ姿を確認出来たら捕まえるつもりだったんだ。今追いかけても同じことさ。

自分に強く言い聞かせる。本当はリリアとフレアさんにも情報を共有したうえで、男手を集めて罠にかけたかった。


僕は腕力には全く自身がないからだ。しかし成り行き上こうなってしまったのだから仕方がない。僕が頑張るしかない。


男は町中を四方八方に駆けまわる。路地を右に曲がれば次を左へ。明らかに僕を巻こうとしている動きだ。

歯を食いしばり必死にその後ろ姿を追いかけながら感謝していたことが二つ。


まず男の体格が僕とそう違わなかったこと。足の速さに自信はなく、そのうえ小柄な僕は平均身長以上の男相手だったらぐんぐんと引き離されてしまっただろう。

彼の背丈がそれほど大きくないことと、多分彼も走るのが得意ではないおかげで見失わずに済んでいる。


もう一つは体力だ。身体能力は並み以下の僕でも日々の農作業とここ数日の町と家の往復のおかげで少しは体力がついていたらしい。


最初は縮まらなかった距離がだんだんと近くなってくる。彼のすぐ後ろまで迫り、息遣いが聞こえるくらいの距離になった。


「ぜぇ……ぜぇ」


苦しそうに息を吐きながら彼が走る。もう結構走った。彼ほどではないが僕の息も上がり始める。


「ねぇ、君……そろそろ……やめようよ」


途切れ途切れになりつつも声を出す。当然彼は止まらない。

路地を抜けて商店通りに出る。彼は器用に人の波の合間を縫っていき、僕もそれに倣う。


「おいアレンどうした」


酒場の横を通り過ぎると玄関先を掃除していたクラベルさんがいた。町を疾走する僕たちを見て不思議そうな顔をしている。


「なん……でも……ないです」


走り抜けながら伝える。上手く伝わっただろうか。

男は再び路地に入っていき、角を右へ曲がる。


それに倣って右に曲がったはずなのに一瞬彼の姿を見失った。


「嘘……すごぉ」


塀の上を走る彼が見えた。曲がってすぐに塀に飛び乗ったらしい。走るのはそれほど早くないのに身のこなしは軽すぎる。まるで猫だ。


その動きに関心しつつ、僕には真似できないので塀の下を追いかける。

彼が再びジャンプした。細い路地を飛び越えて塀から塀へ飛び移ったのだ。


僕の目の前には土地を取り囲む塀の角。障害となって立ちふさがっている。

ここまで頑張って追いかけて来たのに、ここで簡単に諦めるわけにはいかない。


逃がしてなるものか、と僕は塀に向かって両手を伸ばした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る