第18話
一週間のうちに手渡す在庫のの量を増やすには他にも問題がある。
まず製作に関わる懸念。今後もこの薬売り事業を続けていくとして、どこまで規模を増やすのか。
リリアは「困っている人がいたらできる限り手助けしたいです」と言っていた。その考えには僕も概ね賛成である。
僕の目指す「平穏な日常生活」は「人助け」と共存できないものではない。むしろ周囲の人たちを助け、その人たちが再び平穏を取り戻すことができるのなら僕も嬉しいと感じるだろう。
ただ限界もある。今の調子で薬の需要が高まり続けると製作が間に合わなくなってしまうのだ。
薬作りは元々僕の趣味兼独り暮らしの不便さを賄うための個人的なものだった。
僕に品質改良を乞う薬草たちの熱気が想像以上だったために一人では使い切れない量が家に溜まっていき、その解消もかねて薬売りを始めた。
週に一箱ペースだと、僕が今までと変わらずに作り続ければ減りはしない頻度。週に二箱ならば徐々に減っていくだろう。
ストックはまだある。まだあるがこのままのペースだとすぐに在庫が切れてしまうだろう。
それに在庫確保のために寝る間も惜しんで薬を製作するような日々は送りたくない。できるならば自分のペースで。豊かな生活を送りつつ、無理のないように働きたい。
これはリリアにも言えることだった。彼女は今、午前と午後の二回に分けて薬を配達している。
最初は家の前で薬を売るだけだったのだが、お客さんが増え噂が町全体に広がったことで彼女の仕事量も増えたのだ。
クラベルさんの酒屋のように人が集まるところに売りに出向くことが増えた。それだけではなく、仕事でどうしても買いに来れない人や一人暮らしなのに病気になってしまい動けない人のために配達までしている。
時間がある時は僕も手伝うようになったが、毎日町に来れるわけでもない。
これ以上売る薬の量が増えると彼女の負担も増すだろう。
「私は大丈夫です。兵士上がりで体力もありますし」
僕やフレアさんが心配して声をかけると彼女はいつもそう言って笑う。実際、彼女は同い年の同性の中ではかなりタフな方なのだろう。「兵士にはなってほしくなかった」と心配するフレアさんをよそに、入隊した同期の兵士たちの中でも優秀な成績だったという。
とはいえ人間には限界がある。このまま売る薬の量が増え続ければ彼女がオーバーワークになってしまうのは簡単に予想がつく。
それに、悩ましいことに問題はまだあるのだ。そんなに大きな問題ではないが、僕がオッコムの空き家の情報を見ていることに繋がる。
薬の在庫を増やすと当然その置き場所が必要になってくるのだ。
今現在は週に一箱。持ち帰った箱をリリアが自宅で保管している。兵舎を退去し、彼女にとって実家であるフレアさんと二人暮らしの家である。
正直今のままでも不安がある。貧民区は確かに名前負けするほど治安の良い場所ではあるが、それは用心しなくていい理由にはならない。
人が大勢集まれば一人くらいは邪な考えを持つ人がいるはずだし、管理しているのは他所では高級品扱いされる薬である。
フレアさんの家の防犯レベルはお世辞にも高いと言えるものではない。兵士上がりのリリアがいるとはいえ心配である。
心配なのはもちろん彼女たちの身の安全だ。商品は盗まれてもまた新しく作り直せばいい。でもその商品を置いておくことで彼女たちを危険にさらしてしまうのではないかと不安が尽きないのである。
薬の在庫量を増やせばその分だけ狙われる確率も上がるかもしれない。そう思い、これを機に薬を保管するための倉庫でも借りようかと思っているのだが、これがまた中々上手くいかないのである。
空き家の情報で出されているのは大抵が一軒家。倉庫とするには広すぎるし、広い分値段もかさむ。出費が僕だけの問題で済むのならばあまり気にしないのだが、この出費は薬を売った代金から支払うしかない。
そうすると必然的に今までリリアさんが受け取っていた給料の額が減る。どう計算してもそうなった場合の彼女の給料は兵士だった頃よりも安くなってしまうのだ。
兵士を辞めてまで協力してくれている彼女にそんな仕打ちをさせるわけにもいかず、日々物件を確認しては頭を悩ませているのである。
「また怖い顔になっていますよ」
物件情報とにらめっこしていると頭上から声がした。顔を上げるとリリアが立っている。玄関の外のベンチに座った僕を見下ろしている形だ。
傾きだした太陽の光が彼女に遮られて影になっている。それほど近づかれてもまったく気づかなかった。
彼女の兵士としてのスキルか、僕がそれほど集中していたのか。あるいは僕が鈍いだけか。
「ほら、これ。八百屋のおじさんに貰ったんです。帰りにクラベルさんのところで蒸かしてもらったので一緒に食べましょう」
そう言って彼女が僕の隣に座る。その手にはまだ湯気をたてているジャガイモが二つ握られている。
「ほっくほくのうっまうまだぜ」
と上機嫌なのは彼女の肩に乗ったジャガイモの精霊である。当然彼女には聞こえていないのだが、その様子が何とも微笑ましかった。
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