商売人の策略
第16話
「最近誰かに見られている気がするんです」とリリアが口走ったのはとある日の午後のことだった。
場所は森の奥の僕の小屋ではなく、彼女の実家である。
初めて挨拶をし、お互いに真剣に会話をしたあの日からフレアさんは頻回に僕を食事に誘ってくれるようになった。
「平穏で充実した生活を送るには友人も必要」その心理に気が付いた僕は都合さえあればお言葉に甘えて町に来るようになった。
片道半日以上かかる道のりを往復するのは堪えるため、荷馬車を手配したほどである。定期的に迎えに来てくれるその荷馬車の代金も薬を売ったお金から賄っているのだが、今はその話は置いておこう。
リリアがその発言をしたのは三人で美味しい夕食を食べている最中だった。彼女からすれば何でもない話題提供のつもりだっただろう。しかし、その言葉にフレアさんが大げさに反応する。
「嫌だわ、ストーカーかしら」
食事の手を止める彼女の表情には心配の色が際立つ。すぐにでも衛兵を呼びそうな雰囲気があった。
「もうお祖母ちゃんたら。私にストーカーなんているはずがないでしょう」
とリリアが反論するもフレアさんは聞く耳を持たなかった。
「何言っているの。貴方は町娘にしてはもったいないくらいの器量の良さよ。まぁ私の血のおかげだけど。ねぇ、アレンさん」
そう言って僕に同意を求めてくる。正直には答えづらい。ここで「本当に綺麗ですよ」とでも言えるようなスマートさが欲しいが、それを恥ずかしげもなく伝えられるほど僕の人生経験は多くない。
答えに困りつつ、。否定したと思われたくはないので無言で頷くことにした。
「もうアレンさんまで。まじめに聞いてください。お昼前のことなんですけど」
リリアは僕の反応を「悪ふざけ」と捉えたらしい。頬を膨らませて抗議した後、気を取り直したように話始める。
今日のお昼前、リリアは商店街のとある店の前にいた。
クラベルという強面の店主が営むその店は町でも評判の酒屋である。
その酒屋の常連客の中に僕たちの薬を定期的に買ってくれる人がいるのだ。
クラベルさんはリリアが薬を売る場所を提供してくれているのだ。
いつものようにそこでリリアが薬を客に売っていた。その客は慢性的な頭痛に悩まされているらしい。
「この薬を飲み始めてから頭痛が収まったんだよ。本当にありがとう」
そう言いながら男が薬を受け取る。男は話好きで、薬を買った後もリリアと雑談をしてから帰るのが習慣らしい。
リリアもそういった人を邪険に扱うようなタイプではない。穏やかな表情で的確に相槌を打つ彼女はどちらかと言えば聞き上手な部類だ。
話の流れで男が以前使っていた薬の話題になった。
「あの店は良くねぇよ。貴族様向けの高級店だか何だか知らねぇが、高いばかりで全く効きゃあしねぇ」
昼間から酒を煽りつつ男が言った。「頭痛持ちならまずお酒をやめたらいいのに」とリリアは思ったがそれを口にはしなかった。男はどうやらそれなりにお金を持っているようだったし、「薬を買う」というのは口実で「若い女性と話したい」という目的のためにお金を払っている節があると感じたからだ。
話すだけで嫌なことはされなかったし、それを敢えて止めない程度には彼女にも商売気が芽生えていた。
男の言う「あの店」というのはオッコムに唯一存在する薬の専門店である。僕と出会う前にリリアが毎日の給料を費やしていたのと同じ店だ。
噂によるとその店は貴族向けの高級店で販売する薬の値段はかなり高い。まったく同じ薬というわけではないだろうが、同じような効果の薬でも僕たちの売っている何倍もの値段である。
それまでの薬の相場がその店の売値で左右されていた手前、僕たちが小売業を始めてから薬の相場はかなり下がったはずである。
とはいえ、それまで一つしかなかった薬屋が大きな被害を被っているかと言えばそうでもないらしい。
これも噂でしかないが、薬屋は本来の顧客である貴族に専念して薬を販売しているらしい。貴族には「高い物の方が質が良い」と信じている人も少なくない。また、貴族特有の「他者への見栄」のために安い薬を購入する人は少ないようだ。
そのおかげで僕たちが平民向けに薬を売り始めても薬屋から文句を言われるようなことはなかった。
リリアが視線を感じたのは男がその薬屋の話題を出した時だった。彼女はすぐに顔を上げたが、クラベルさんの店には昼間だいうのに数人の客がいて誰の視線かはわからなかった。
その一回だけならば彼女も気にしなかっただろうが、同じようなことが薬を売り歩く道中で何回もあったらしい。
「私の気にしすぎでしょうか?」
話を終えると彼女は心配そうに僕の様子を伺う。最初は軽い気持ちで話し始めたようだが、思い返して話しているうちに深刻な表情になり始めた。恐らく、僕とフレアさんが真剣に聞き過ぎたせいもあるだろう。
今の時点では何とも言えない。彼女の気のせいの可能性もあるし、そうではない可能性も。
僕はポケットの中に手を入れて、トマトの種を取り出す。それを彼女に渡し
「しばらくの間それを持っていてくれる?」
と伝える。彼女は戸惑った表情を一瞬見せたが、真剣な僕を信じてくれたのか黙って種を受け取った。
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