第15話

「あなたの薬の出所をぜひ伺わせていただけないかしら」


フレアさんの真剣な眼差しが僕を捉えていた。決して怒っているわけではない。清廉潔白なふるまいはそのままだ。にもかかわらず彼女の纏う雰囲気には得も言われぬ圧があった。


「ちょっとお祖母ちゃん。いきなり何言っているの。失礼よ」


僕が何も言えずにいると間にリリアが割って入る。無言を「気を悪くさせた」と勘違いしたらしい。横目で僕を見て、申し訳なさそうに目を伏せる。

フレアさんは動じていなかった。制するように孫の肩に手を置き、そっと押しのける。


「商売人の方に商品の出所を聞くなんて不躾なのはわかっています。しかし、孫を思う祖母の気持ちもわかってください。この子が何か危ないことに巻き込まれているのではないかと心配なのです」


僕をまっすぐに見つめる瞳がかすかに震えている。彼女の異様な圧の正体は孫を思う祖母の気持ちとやらなのだと気付く。


確かに、彼女の立場から見れば孫が急に薬を売りだしたうえに、その情報を頑なに明かさないのだから怪しくも見えるだろう。


「お礼を言いたい」と僕を呼びつけたのは嘘ではないだろう。それは最初の彼女の態度からよく伝わっている。しかし、僕が何者で、なぜリリアに商売を持ちかけたのか探るのも目的の一つであるはずだ。


「薬は僕の小屋の庭で育てた薬草から作りました。僕は祖父と二人暮らしだったのですが、昨年祖父が死に、今は一人で暮らしています。薬づくりは亡くなった祖父に教わったものです」


僕が答える。薬づくりを教えてくれるのは実際には薬草の精霊たちだが、固有魔法については隠しておかなければならない。

フレアさんにリリアと知り合った経緯を話す。最初は偶発的に薬を渡したこと。二回目に出会った時、森で生活するのに必要な物を揃えてもらうためのアイデアとして小売業を始めて貰ったことなどだ。


隠す必要があったこと以外は正直に話す。リリアと取引し、話さないで貰ったことも含めてだ。彼女にはできるだけ誠意を持って接したかった。


僕が話し終えると部屋の中に無言の時間ができた。取り繕うように何か発するでもなく、僕はフレアさんの次の言葉を待つ。


彼女の目はまだ僕をジッと見据えていた。僕の言葉が真実か否か探っているのだろう。

やがて、少しの間を置いて彼女が小さく息を吐く。


「安心しました。あなたはどうやら悪い人ではなさそうね」


フレアさんはそう言って笑い、それから「変なことを聞いてごめんなさい」と謝る。

僕も肩が軽くなるのを感じた。


「ごめんなさいお祖母さん。アレンさんと約束したから何も話せなかったの」


一連の流れを黙って聞いていたリリアがフレアさんに謝罪する。僕がすべてを話したのでもう取引を気にして隠し事をする必要はない。

フレアさんは笑いながらリリアの頭を撫でて「いいのよ。約束を守るのは大事なことだわ」と言った。


それから気を取り直すかのように声色を少し変えてリリアに頼みごとをする。


「ねぇリリア。喋っていたら喉が渇いたわ。アレンさんのためにクラベルさんのお店で果実のジュースを冷やさせて貰っているのを思い出したの。あなた取ってきてくれる?」


リリアはすぐに立ち上がって「わかったわ。すぐに行ってくる」と家を出て行ってしまう。僕は彼女についていこうと腰を浮かせたが、その速さに置いていかれてしまった。


「ふふ。ねぇ、一人で暮らしたいから秘密にしておいてほしいって話、嘘でしょう」


二人きりになるとフレアさんがそう言って微笑んだ。話し方が少し砕けている。多少は信用してもらえたと思っていいのだろうか。


彼女が言っているのはリリアと僕が最初に出会った時の話だろう。中々薬を受け取ろうとしない彼女に僕は自分の素性を隠しておくことと引き換えにする取引を申し出たのだ。

それは無償の善意から取引に切り替えて彼女が薬を受け取りやすくするためだったのだが、どうやらフレアさんにはお見通しだったらしい。


「本当にひっそりと暮らしたいだけの人だったら、『お礼を言いたい』なんて理由のためにわざわざ町には来ないものね。本当のことを言うと、あなたがここに来てくれた時点であなたが優しい人だって言うのはわかっていたのよ。でも孫を預けるにはどうしても確証が欲しかった。だからあなたの口から直接話を聞きたかったの。ごめんなさいね」


フレアさんがもう一度謝る。正直謝られるようなことをされたとは思っていない。

親ならば、当然の反応だろう。親なら……。


「あの子の両親は二人とも亡くなっているの。母親は私と同じ病気で。父親は兵士として町の外に出ていた時に事故で」


リリアの両親が姿を見せないことが気になっていた。それを察したのかフレアさんが話始める。リリアが兵士になることに反対だったのは父親のこともあったかららしい。


「娘と同じ病気になったと知った時、心残りはあの子だけだった。この病気に効く薬は高額過ぎてとても手が出せない。リリアは私が何度止めても少ないお金で町の薬を買ってきてくれた。それでも症状を食い止めることしかできず、どうすることもできなかった。私にできるのはあの子のことを思いながら死ぬのを待つことだけ。……でもあなたが救ってくれたわ。ありがとう」


フレアさんは瞳に涙を浮かべもう一度お礼を言った。

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