第14話

数十年前までのオッコムは今よりも貧富の差が激しかったらしい。

オッコムが特別酷かったというわけではなく、他のどの町も同様に。


人が集まれば町ができるが、全ての住人が同じ価値観を持っているわけではない。金に目ざとい者もいればそうでない者もいる。どちらがいいとかいう話ではなく、貧富に差が生まれるのは当然のことだった。


ただ金がなければ生活の水準も落ちてしまう。衣食住を十分に満たせず、働き口もなく途方に暮れる。オッコムの町もそういう人たちが一定数いたそうだ。


先代当主フォージ・ゼンネイリヤはそれを良しとしなかった。領主の地位を任されたその日のうちに貧民区の改善案を打ち出した。

道を整備し、腐敗した区画を綺麗に掃除した。ただ命令を出すだけではなく、兵士や町民たちと共に、自ら先頭に立って行動したというから驚きだ。


それだけではなく、仕事のない平民に職を斡旋し、生活が安定するまでは配給も怠らなかった。当時、フォージ氏には賞賛と反感の声が半々だったという。賞賛は主に平民たちから。反感は貴族からである。


貴族は領主が自分たちよりも平民に力を注ぐことに不満を持ち、強く抗議した。しかしフォージ氏はその反対を押しのけて貧民区の改善に力を尽くした。

その固い意思と高い行動力により貴族の中にも彼を支持する者が現れ始め、時間と共にその数は増加した。


そして、数年の時間をかけながら今の貧民区を完成させたのだそうだ。

当時の名残で今も「貧民区」と呼ばれてはいるが実際は他の町と比べても貧富の差は少ないという。


「現領主のヒューゴ様も先代フォージ様の意思を受け継いでおられまして。さすがに薬などの高級品には簡単に手は出せませんが、それでもここに住む皆十分な生活を送れているんです」


リリアは話の最後を感謝の言葉で締めくくった。語っている間も領主様に対する敬意が溢れていた。言葉だけでなく心から尊敬し、感謝しているのだろう。


「流行り病も滅多に起きずに暮らせるものね。薬に縁がなくてもいいと思っていたけど、今回のことで考えが少し変わったよ」


リリアの話が終わると部屋の奥から女性が姿を現した。棚に隠れて死角になっている奥にもう一つ部屋があったらしい。


少しふらついて見える女性にリリアが立ち上がり「お祖母ちゃん」と言って手を添える。彼女がリリアの祖母らしい。

祖母といってもそこまで高齢には見えない。髪は白くなっているが、背筋は伸びていて表情も明るい。肌のしわも少なく、年齢的にはリリアの母と言われても違和感がないくらいに見えた。


リリアとよく似ている。血縁関係が一目でわかるほどに。ただ彼女よりも少しやせ細っているように見えた。


小さく咳をしながら彼女が僕の前に座る。リリアが棚から引き出した毛布を彼女の肩にかけると彼女は小さく笑い「ありがとう」と呟いた。


そしてその目が僕を見つめる。リリアと同じ青い瞳だった。


「あなたがアレンさんね。孫からよく話を聞いていますよ。リリアの祖母、フレアです」


そう言って頭を下げる。年上に頭を下げられる経験は少ない。思わず委縮して身体は固まったまま彼女に倣って頭を下げた。


「この度はとても高価な品を譲っていただき、ありがとうございました。孫に新しい仕事まで。本当に、本当にありがとう」


最後の方の言葉は少しかすれていた。すすり泣くような音が聞こえて戸惑ってしまう。

感極まるほど嬉しかったのか。感謝されているとわかってはいたが、ここまで強い感情とは思っていなかった。


困惑の末、「頭を上げてください」とたどたどしく言うのが精一杯だった。

リリアは薬を僕に貰ったことを誰にも話していないと言った。それが一応僕の提案した取引だからだ。それでもフレアさんは全てをわかっているようだった。


孫がある日いつもとは違う薬を持ってきて、今度はその薬を売り始めた。共に暮らしていれば嫌でも気づいて当然か。


「本当のことを言えば私はリリアが兵士になるのに反対だったんです。若い娘の中では活発で体力もある方でしょうけど、屈強な男たちに囲まれて、ついていけるとも思えませんでしたから」


フレアさんはそう言ってリリアを見つめる。その視線がとても優しい。


「あなたのおかげで孫は兵士をやめて違う仕事を始められました。感謝します」


そう言ってもう一度頭を下げる。それからまた小さく咳をした。


「起き上がって大丈夫ですか? お礼はもう十分ですからどうぞゆっくり休んでください」


彼女の姿が病気だった祖父と重なる。思わずそう言うと彼女は「優しいのね」と笑った。


「心配してくれてありがとう。でも大丈夫。あなたの薬のおかげで随分と調子がいいのよ」


フレアさんが言う。リリアが動じていないところを見るに調子がいいのは事実なのだろう。


「ところで」


と不意にフレアさんが真面目な顔になる。それまでの温厚そうな表情とは違い、緊張感のある面持ちだった。

その豹変ぶりに思わず背筋を伸ばす。


まるで叱られる前の気分だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る