第13話

目の前の光景に心を奪われる。初めて来たわけでもないが、来るたびに新鮮な気持ちになる。

行き交う人々に視線が交差し、賑わいを見せる商店の並びにわくわくした。


興奮したせいでここまで歩いて来た疲れなど忘れてしまう。

オッコムは比較的小さな町だという。リリアがそう言っていた。

しかし、他に比較できる町を知らず、森の奥の小屋で暮らす僕にとっては十分に発展した町だった。


「アレンさん!」


町の門を潜り、建物や人に目を白黒させている僕に声がかかる。リリアだった。

普段の動きやすさだけを重視した服とは違い、女の子らしく可愛らしい格好だった。

女性ものの服にそこまで詳しいわけではないが、質感から察するにそこそこ値が張る物のようだ。白色のワンピースが彼女の髪の色にも合っている。


僕の視線に気づいたのかリリアは恥ずかしそうに手を後ろで組んだ。


「すいません。祖母が『せっかくだからいい服にしなさい』と譲らなくて……。お給金に余裕もできてきましたし、買ってしまったんですが……」


どうですか? と言わんばかりに上目遣いで僕を見る。あまりじろじろと見るべきではなかったと僕も妙に気恥ずかしくなってしまった。


正直こういうことには慣れていない。人と話すのでさえ経験が少ないのに、女性を褒めるのはハードルが高すぎる。

言葉を上手く吐き出せないまま無意味に音だけ出し、しどろもどろになりながらようやく「似合ってます」と伝える。


そんな拙い誉め言葉でも彼女は気にしなかったらしい。「そうですか? 嬉しいです」とにこやかに笑い、服装を見せようとくるりと一回りした。


彼女の案内で貧民区に向かう。彼女の祖母が住む家だ。


「本当は人を招けるようなところじゃないんです。貧民区ですし、住んでいる人たちは毎日生きるのに必死で。住人以外は滅多に立ち寄りません」


道中リリアが苦笑気味に言う。謙遜とは思えない。貧民区といえば頭に思い浮かぶのはスラム街だろう。犯罪が多発するため黙認されがちで、治安の悪いイメージがある。


「招待されたとはいえ用心しておいた方がいい」そんな心構えで向かう。彼女や彼女の祖母を信用していないわけではない。他の住人とのトラブルを危惧した。


僕の考えはすぐに否定される。抱いていた勝手なイメージを撤回し、心の中で失礼だったと謝罪する。


オッコムの町の貧民区は町全体のおよそ三割を占めるという。町の人は基本的に七割の平民と三割の貴族に分けられる。厳密に言うと各町を転々とする旅商人なんかも存在するのだが、それは割愛するとして。

平民の七割をさらに細分化すると三割の貧民区居住者がいるというわけだ。


貧民区は大通りから離れ、細い道が続く住宅地だった。土地に合わせて建てられたのか緩やかな坂道が弧を描いて伸びる両側に簡素な住宅が所狭しと並んでいた。一軒一軒が独立して存在するわけではなく、ほとんどが壁続きで並んでいる。


一見するとそれ全てが一つの建物のようにも見えるのだが、よく見れば窓や入り口が至るところにあり、確立した住居がいくつもあるのだとわかる。


「こっちです」


リリアが手招きし、一軒の家に入った。

扉はない。代わりにカラフルな模様の布がのれんのようにかかっている。


中に入っる。構造のおかげか外よりも気温が低く、ひんやりとしている。

外観からも造りが古いのはよくわかった。中に入ってもその印象は変わらない。


ただ、ボロボロで不快感を感じるようなものではない。

建物や内装、家具など確かに古さが目立つ。しかし汚れてはいない。壊れたところを丁寧に補修した跡があり、家全体を大事に使っているのが伝わってくる。


「すいません、こんなところですが。どうぞくつろいでください」


お茶を運んできたリリアが座るように促す。椅子はないが、入り口にかかっていたのれんと似た柄の絨毯の上に座布団(正確には敷布と呼ぶらしい)を敷いてくれる。


リリアは何度も「こんなところ」と申し訳なさそうに言うが、床に近いところに座る感覚は酷く懐かしく、落ち着くものだった。


「なんか、想像と違った。……もっとこう」


「危ないところをイメージしてた」と喉元まで込み上げてきた言葉を飲み込む。落ち着く雰囲気にのまれてしまったせいでうっかりとしてしまったが、他人が言うには失礼な話だろう。


兵士を辞めて兵舎からここに戻って来たリリアも良い気はしないはずだ。

しかし、僕の飲み込んだ言葉はリリアに伝わってしまったらしい。察したリリアがくすくすと笑う。


「ええ、昔は本当に酷いところだったらしいです。祖母が子供の頃は。犯罪まがいのことは日常茶飯事でしたし、区内にはごみが溢れ、病気も流行っていたと」


思わず「へぇ」と言葉が漏れる。先ほど見た家の外は綺麗なものだった。少なくとも、一人で来ていたのならば「ここから先が貧民区です」という案内看板でもなければ気づかないだろう。


「貧民区を救ってくれたのは一つ前の領主様でした。代替わりした年にまず最初に手を付けてくださったのが貧民区の改善だったんです」


リリアが話し出す。それは代々オッコムの町とその周辺を治める領主、ゼンネイリヤ家の先代当主の話だった。

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