第12話

二人で肉を食べてから数週間が過ぎた。

リリアとの関係は良好で、この世界における僕の一人目の友人と言えるだろう。


「こら、ピーク。最近いたずらが酷いぞ」


見た目だけはすっかり大人になったものの暇を見つけてはいたずらばかりするピークを叱る。親鳥は結局姿を見せなかった。その代わり、僕やトマトが彼の新しい家族だ。


畳んでおいたはずの服をくちばしでついばみ、散らかしたピークを叱る。彼は頭を下げて反省の意思を示すが、またそのうち繰り返すだろう。遊びたいさかりのようだ。


「アレン、準備はこんなものでいいか?」


テーブルの上をとことことトマトが歩いて来る。鞄を背負い、渋い色のトレンチコートに同系色のテンガロンハットをかぶっている。大げさな旅行者といった具合だ。


実際のところ彼は僕にしか見えない精霊で、着ている服も被っている帽子も存在していない。こうして様々な姿をして現れるのは僕の固有魔法のなせる業らしい。


お茶目なトマトに苦笑しつつ「それでいいよ」と答える。彼らばかりに構ってはいられない。

途中だった自分の荷物の準備を終わらせて、作業終了の合図に鞄の紐をぎゅっとしめた。


戸締りを確認して小屋を出る。左右の肩にはそれぞれトマトとピークが乗っている。


「それじゃ、出発進行!」


トマトが元気よく言った。僕はこれから二人と共に町に出かけるところだ。


「実は……祖母がどうしても『お礼を言いたい』と言っているんです」


そんな話をリリアからされたのは数日前、彼女が追加分の薬を引き取りに来た時だった。

彼女の祖母は病気だったが、僕の薬で回復した。まだ完全に治ったわけではないようだが調子の良い時には外の空気を吸えるようにはなったらしい。


リリアは僕との最初の約束を守り、僕の素性を祖母にさえ教えていなかった。それでも薬を売り始めたことである程度親しい間柄であると気づかれた。


彼女の祖母はしきりに僕に会いたがるようになったといい、終いには「会わせてくれなければあなたの後をつけてでも挨拶しに行くわ」と言い出したらしい。


僕が想像していたよりも豪胆な性格のご婦人のようで、リリアは涙目で「このままじゃ本当にやりかねないんです」と心配そうに語った。


さすがに病気のご老人をこんな森の奥まで歩かせるわけにもいかない。そこで僕が町まで行くことにしたのだ。

リリアのお祖母さんも孫がどんな人間と商売を始めたのか知りたいだろう。もしかすると「お礼を言いたい」というのは口実で「怪しい男じゃないか確かめたい」というのが本音かもしれない。


先にご家族にも挨拶しておくべきだったかと少し後悔しつつ、やや緊張したまま僕は町を目指して歩き始めた。


リリアの住むオッコムの町は僕の住む森の奥の小屋から一番近い町である。とはいえそれは周りに他の町がないからで歩けば大人でも半日。小柄な僕だとそれ以上かかる。


一週間ごとに女性のリリアを往来させている手前あまり文句は言えないのだが、僕の足では日帰りは不可能だと判断した。

僕が背負う鞄に詰まっているのは一泊分の荷物というわけだ。


ケヤキの道案内に従い街道に出る。後はひたすら道を歩くだけだ。


「ほらピーク、取ってこーい」


僕の肩の上でトマトがカバンから取り出した木の実を空に放る。飛び立ったピークは空中で木のみをくちばしで掴み、それから戻ってくる。


歩くのは僕にまかせっきりにしたまま二人はそんな遊びを繰り返していた。


過行く景色を楽しみながら歩く。横目に見ていた二人の遊びにふと疑問が湧いた。

トマトが投げる木の実のことだ。それは確かに今の季節に小屋の周りで獲れる木の実だ。

食用ではないので栽培はしていないが、赤い松ぼっくりのような見た目が印象的なのでよく覚えている。


トマトはそれを自分の鞄の中から取り出したが、はたしてその木の実は実在しているのだろうか?


トマトが準備した鞄から取り出したということは木の実も僕の固有魔法の範疇だと考えられる。しかしそれを加えて戻ってくるピークを見ると実在しているようにも思えた。


例えばこの光景を僕以外の第三者が見ていたとして、木の実がひとりでに動いているように見えるのか、それともピークが何もない空中で旋回して戻ってきているように見えるのか。


不思議に思いトマトにそのことを尋ねると彼は木の実を放り投げる手を止めて「そんなことを俺に聞かれても……」とでも言うように呆れて肩をすくめる。


口にしないあたりがイラっと来る。思わず服のポケットに手を入れて、彼を存在させるために持ってきたトマトの種を放り投げようかと思ってしまう。投げ捨てれば固有魔法の範囲から外れ、次にまた植物のトマトに触れるまで彼は消えてしまうだろう。


だが思いとどまった。連れて来たのには訳がある。結局のところ彼は僕の良いアドバイザーなのだ。僕が変なことをしないようにお目付け役でいてもらう必要がある。


僕の疑問などどうでもいいかのようにまたキャッチボールを始めた二人を連れて、僕は果てしなく続くように見える町までの道を歩き続けるのだった。

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