第11話
森の奥の小屋で過ごしているとわかることがある。それは生活における大抵のことは自分の力でなんとかできるということだ。
リリアからの金銭的な報酬を断ったのもそれが理由の一つ。彼女に説明したように、僕の生活に大金は必要ない。少なくとも今のところは。
食べ物は畑で育てている野菜や森の中のキノコや山菜。時々川で釣る魚なんかでまかなえている。
食器、道具なんかは祖父が自作した物に加えて僕が自分で作った物がある。壊れれば修理だってできる。
ただ一つ。足りない物があった。食事に関することだ。いや、栄養面で見れば足りている。ただもっと気持ち的なもの。欲求の面で足りないものだ。
祖父は僕に狩りを教えなかった。僕が物心つく頃には彼はもうかなりの高齢で肉体的に無理があったからだ。罠猟なんかにも詳しかったようだけど祖父はそれも教えなかった。
曰く、「お前には『固有魔法』がある。その力は特別だが、使いこなすには多くの知識と経験が必要なはずだ。まずは自分の力を知ることに力を注げ」ということらしい。
そんなわけで僕は狩りができない。一応挑戦してみたことはあるのだが、僕の運動神経は並みよりも下らしい。
動物に気付かれずに近寄ることも、狙った獲物に真っすぐ矢を飛ばすこともできなかった。動物の声が聞こえれば方法は他にもあるのだろうが、生憎僕の能力は植物に限定されている。
要するに僕の生活に必要な物。それは肉だった。
リリアがテーブルの上に並べた報酬を見て、僕はあふれ出る唾液を飲み込んだ。
一日では食べきれそうにない量の生肉。それとは別に保存の効く干し肉もある。
そのどれもが祖父の死後は口にすることのなかった食材たちである。
今までは野菜と魚でしのいできた。不満なわけじゃない。どちらも好きだし、必要な栄養素は確保できているはずだ。
何度も言うがこれは欲求的な話だ。人間には……少なくとも僕には「肉に食らいつきたい」という欲望が確かに存在している。
一週間前にリリアが薬を貰いに来た時、僕に必要な物を頭の中で思い浮かべた。彼女が気兼ねなく薬を受け取れるように対価となる物だ。
金銭よりも真っ先に頭に思い浮かんだのが「肉」だった。
単に肉を買いたいというだけならお金を受け取ってもよかったのだが、わざわざ町に買いに行く必要がある。端的に言えば面倒くさかったのだ。
そこで思いついたのが彼女に買ってきてもらうことだった。
薬を売ってもらい、その売り上げから僕の欲するものを買ってもらう。残りの代金は彼女の収入に。
我ながらいいアイデアだと思った。この方法ならば彼女にも不利益はない。
提案通りに肉を買ってきてくれたリリアに礼を言う。それから新しい薬箱を持ってきて彼女に渡した。
「ほんとにお肉でよかったんですか? もっと他の物でも……」
今になっても尚、リリアは状況に困惑している様子だ。それもそうだろう。逆の立場なら僕も現状を不可解に思う。
しかし今、実際に肉を前にして僕は珍しく興奮していた。
この感情は、正直に言えば初めて野菜の声を聞けると知った時以上かもしれない。
「へんっ、アレンの浮気者め」
窓際で退屈そうにトマトが舌打ちをする。当然リリアには聞こえていない。僕も同様に聞こえないふりをした。
許してくれ野菜の皆。僕は肉も好きだ。その欲求には抗えない。
「リリア、今日はこの後時間大丈夫? 良ければ一緒に夕食をどうかな」
他意はない。彼女は確かに美人で人当たりの良い性格だが、デートに誘おうなんてつもりじゃない。
せっかくの肉を独りで食べるのがもったいなく感じたのだ。
リリアは快い返事をくれた。
さっそく彼女を連れて庭に出る。実は今日を割と楽しみにしていた僕は畑作業の合間にバーベキューの準備も進めていたのだ。
そんなに肉が好きならば町に買いに行けと思うかもしれないがそれはそれ、これはこれだ。
無ければ無いで全く問題はないのだがあるなら一瞬で気分の上がる食材。それが肉である。
レンが造りの焚火台で火を起こす。細かく切った肉を串にさし、焚火の周りに並べればあとは焼けるのを待つだけだ。
「家の中にせっかく立派なキッチンがあるのにここで調理を?」
僕が手際よく準備するのをリリアが横から不思議そうにのぞき込んだ。
小屋の中には外観に見合っていないほどしっかりとした調理場がある。小屋を造る時に料理好きだった祖父が力を入れたためだ。
包丁や鉄鍋なんかも丁寧に使われていて、道具はきっちり揃っている。家の中のほうが料理もしやすいだろうと彼女は思ったようだ。
それはその通りなのだが、こればかりは譲れない。
「お肉はこうして外で食べるのが一番おいしいんだ」
僕がそう言っても彼女は納得できない様子だった。薄れていく前世の記憶。その存在は朧げで固有名詞や情景を思い起こすことさえ難しい。
それでも楽しかった記憶だけは断片的に残っていた。
その記憶の中にバーベキューがあった。大人数で肉を囲み、笑いながら食べる。あの外で食べる感覚を僕は「楽しい」と感じていたようだ。
この世界において外で料理をするのは基本的には野営をする必要がある時だけだろう。
家の中に調理場がある環境であえて外で肉を焼く僕の好意はリリアには共感しがたい物なのかもしれない。
反する感覚を持つ僕たち二人の前で肉は順調に焼け、香ばしい匂いが漂い始めていた。
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