第10話
リリアが兵士になった理由。取り繕うわけでもなく、彼女は率直に「お金のためだ」と答えた。
町を守る兵士は常に危険と隣り合わせな職業だが、雇い主は形式上町の領主ということになる。
収入は安定する。言ってみれば公務員のようなものだろう。
兵士になるには基礎体力と技能、知識など様々な分野の試験を受けなければならない。その反面、実力さえ示せれば身分は問われず平民が高い収入を求める時に選択肢の一番に来るような仕事だった。
肉体労働。さらに過酷な訓練を常とする性質上、女性は少ない。しかしリリアは優れた運動能力で試験を突破し兵士になった。
その過程を踏まえれば彼女は兵士という職業に執着があるとも考えられるが、彼女の答えはあっさりとしていた。
「祖母を助けるためには兵士になる道しかなかった」
と彼女は語った。それはつまり、祖母を助けられるならば兵士でなくても構わないということではないだろうか。
良かった。そう思った。この世界において「副業」が許可されているのかどうかはわからない。森の奥の小屋でひっそりと暮らす僕はどうしても外の情報に疎くなる。
ただ、訓練に加えて町の警護や周辺の見回りまでこなす兵士の仕事では他のことをするのは難しいということくらいは想像できる。
僕は彼女に薬を渡すことにした。
小屋の奥の倉庫に大量に並べた自作の薬。緊急時に僕が使う分だけを残して様々な種類の薬を箱に入れた。その箱を一つのセットとして同じ内容の箱を複数作る。
一度に町に持って帰るには多すぎる量だ。その代わり、一週間程度ならば町の人に渡してもなくならない量だ。
その箱を一つ彼女に渡し、一週間後にまた次の薬の箱を取りに来てもらうように頼んだ。
彼女が心配したのは「金額」のことだ。彼女が持ってきた硬貨の袋は受け取らない。
その代わり、渡した薬を売ってもらうことにする。
金額は貧民区の人でも手が出せる最低限にした。彼女が町で売り子をし、僕の代わりに薬を捌く。
売った代金は彼女のものにしていい。薬の需要を考えれば兵士が一日に稼ぐ金額と同等は稼げるだろう。
僕は金銭での報酬を受け取らない。その代わりに彼女には別の物を持ってきてもらうことにした。
思い付きから始めた新事業。彼女はその案に乗ってくれて箱を持って帰った。
それから一週間。約束の日だ。
薬を作る材料を育てるために畑で作業をしているとお昼過ぎくらいに彼女が現れた。
背には荷物鞄を担いでいる。
彼女を家の中に招き入れて、まずは近況を聞くことにした。
「すごい人気です! アレンさんの薬」
席に着き、彼女のために冷やしておいたお茶を一息に飲み干すと興奮冷めやらぬと言った具合に彼女が身を乗り出す。
その勢いに少し押されつつ、身振りで落ち着かせる。
まがりなりにも業務提携をした仲だ。これから付き合いを続けていく上で敬語も「さんづけ」もいらないと伝えたはずだが、彼女にとってはあった方が自然体なようだ。
念のために売り上げ金額を聞いておく。薬は飛ぶように売れ、まだ追加を希望する人が多いようだ。とはいえ破格の値段なので驚くような売り上げにはなっていない。
日割にするとおおよそ僕が想定していたのと同じ額だった。
一先ず安心する。実際に収入が確定するまでは彼女に兵士を辞めてもらうわけにはいかなかったが、これならばうまくいきそうだ。幸い彼女も兵士を辞めることに異論はないようだ。
「私、本当はお店をやってみたかったんです。でも、平民がお店を開くほどお金を稼ぐのは大変だし。お祖母ちゃんのこともあったから……」
リリアがそう言って嬉しそうに胸の前で手を合わせる。
「こんな形で夢に近づけるとは思っていませんでした」
薬を売るというのは恐らく彼女の将来像には含まれていないだろう。しかし何かを売ったという事実だけで満足そうだった。楽しそうな彼女を見て僕も嬉しくなる。
彼女に薬を渡し、それを売ってもらうというのは実は僕にとっても大きな一歩だった。
今まで、森の中で一人ひっそりと暮らしてきた。それ自体は嫌じゃない。平穏な暮らしは僕の望むところだ。
その一方でふと寂しく感じることもある。トマトやピークたちがいるとはいえ、人とのかかわりは一切ない暮らし。町に言っても知り合いの一人もいない。
平穏とは寂しい物ではないと思う。僕の思う平穏とはもっと充実したものだ。しかしそれを叶えるためには町に行って人脈を気付く必要がある。
その一歩が彼女だった。
僕の作った薬を彼女が売る。そのうち町で評判になり、彼女以外にも知り合いが増えていく。つまり、これは僕の壮大な友達作りでもあるのだ。
その上やることはこれまでと大きく変わらない。僕は森の奥で野菜や薬草を育てながら薬を作り続ければいい。
売るのは彼女がやってくれる。気分は家賃収入を得る大家である。
「あ、そうだ。今回分の報酬……は変ですね。頼まれていたものを買ってきました」
そう言って彼女はテーブルの上に荷物を置く。その音で荷物の重さがわかるくらいの重量感だ。
喜々として荷物を開けるリリア。僕の前には最近では滅多に見ることのなくなった「アレ」が並べられていた。
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