第7話
小屋の奥には薬草を保管しておくための箱。それと種や農具を詰めた箱が山積みになっている。その横に棚があり、薬の瓶を並べている。
最初はなるべく綺麗に並べようと心がけていたが、いつの間にやら薬の種類が増えて多少乱雑さが目立つようになった。
それでもどうにか薬を薬効ごとに区分けして瓶の色とサイズで区分けしている。
一目見て彼女はそれらを薬の瓶と認識したらしい。
「すごい」
と声を漏らし。目を左右に動かしている。自慢するために彼女をここに通したわけではないが誇らしい気持ちになった。
作った物を褒められるのはいいものだ。
「お祖母さんの症状に見合った薬がいくつかあります。ぜひ持って行ってください。効果は保証します。あなたの傷もこの薬で治しましたから」
そう言うと彼女は振り向く。棚を見た時よりも驚いていて、大きな瞳で僕を見つめている。
「そんな……払えません。町で一番安い薬を買うのにも苦労しているんです。私にはできることがありません」
狼狽する彼女に「お金もお礼もいりません」と伝える。これは僕の性格的なわがままだ。平穏な生活を送るために気がかりはなくしておきたい。
彼女を助けたのも、彼女の祖母を助けるのも自分の生活を守るためだと思っている。
「そんな……でも」
と彼女は飲み込めずにいる様子だった。「ただより怖いものはない」という言葉もあるし、もしかしたら警戒しているのかもしれない。
善意を最大限相手に伝えるのは難しい。仕方がなく、僕は彼女に条件を出すことにした。
「それならこうしましょう。この小屋のことは誰にも話さないと誓ってください。薬はその取引の対価だと思ってください」
本当は小屋のことを離されても問題はない。
祖父は僕に能力を隠すように助言したけど「独りで暮らせ」とは言わなかった。むしろ一人残すことを心配し、「信頼できる人にだけ能力を明かせ」とも言っていた。
僕が一生をこの小屋で孤独に過ごすことを望んでいたわけではない。
それに、僕とて人との交流が全くないわけではなかった。
新しい種が必要ならば町まで買いに行くし、作った野菜をいくつか持って行って肉と交換してもらうこともある。
リリアに変な交換条件を出したのは、彼女から見た僕を想像したからだった。
森の奥の小屋に一人きり、正確にはトマトたちやピークがいるが彼女目線では孤独に過ごしているように見えるはずだ。
そんな人物がただ森で偶然出くわしたからと言ってやけに好意的に接してくる。僕の言い分を抜きにして客観的に見ると怪しく、不気味に感じても仕方がない。
そこで、「ひっそりと暮らすのが好き」という簡単な設定を自分に設けることにした。森で一人過ごしていることを知られたくない。傷の手当てや薬を渡すのはその口止め料であると彼女に信じてもらうのだ。
時に人は無償の善意よりも何か対価を要求された方が受けとめやすいのだと思う。
彼女はまだ少し悩んでいる様子だったが、やがてあきらめたように息を吐き提案を受け入れた。
「咳、発熱にはその薬がよく効きます。喘鳴にはそっちを。詳しい病状がわかればもっといろいろ渡せるかもしれませんが、そんな時間はなさそうなので複数の種類に薬を渡しますね」
一度提案を受けてもらった手前、今度は多少強引にでも話を進める。
彼女に有無を言わせないまま、適当な薬を見繕い開いている籠に並べて手渡す。
「あの……こんなには……」
リリアが何か言いかけるが、聞こえないふりをする。本当なら町までついていって彼女の祖母の容態を薬草たちに見てもらいたい。その方が確実に治せる自信がある。
しかし彼女はそこまでしてもらうのを拒むだろうし、説得するのに余計に時間がかかりそうだ。薬草たちと話すためにはそれを隠すために人払いをしなければならない。その説明も難しい。
だから薬を手渡すのだが、十分な種類を十分な量渡さなければ今度は僕が安心できない。
畑で野菜をいじりながら、ふと空を見上げて「リリアのお祖母さん大丈夫かな」とやきもきするのは嫌だ。それは僕の望む平穏ではない。
彼女が町に帰った後も平穏に暮らすためには必要な量の薬である。
「あ……そうだ。薪が足りなくなっているんだ。森に行くついでに途中まで送るよ」
強引に薬を持たせた流れに預けて切り出す。演技は苦手だ。少しわざとらしかったかもしれない。しかし彼女はまだ混乱しているようで特に反論することなく僕の同行を受け入れた。
彼女の治療は終わっている。毒も綺麗に抜き取れたと思うが、病み上がりなのは気がかりだ。
さらに森は迷いやすい。森を抜けるまで彼女を送り、彼女がしっかりと歩いて帰れるかを判断したかった。
何気ない会話をしながら道に迷わないようにケヤキの案内をを耳で聞く。
「森にお詳しいんですね」
とリリアに感心される。本当に詳しいのは植物たちだよと思いながら「ずっと住んでいるからね」とはぐらかす。
幸いにも自力で帰れるくらいには彼女は回復しているようだ。兵士としての日々の鍛錬の賜物だろうか。
ケヤキの群生地を抜け、森の中にわずかに人の手が加わっている道ができ始めたところで彼女を送り出す。
後は道沿いに行けば森を抜けて街道に出られるはずだ。ケヤキとバトンタッチして道案内をしてくれていた植物たちが周囲に危険がないことも教えてくれた。
数歩歩いては振り返り、何度も頭を下げる彼女。
振り返るたびに妙に照れくさい気持ちになりながら僕は手を振って見送った。
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