第6話

女性を助けて二日が立つ。熱は引き、傷もしっかりと処置してある。それなのに彼女はまだ目を覚ましていない。


ピークと遊んでいたトマトが僕の肩に乗ってくる。


「心配すんな。お前はよくやったよ。彼女は大丈夫さ」


野菜に励まされるなんて不思議な気持ちだけど、友人の言葉に安堵する。

トマトはもう既に収穫した。畑にはすでに別の野菜を植えてある。それでも彼がこうして僕の前に現れるのは僕がトマトの種を常に持ち歩いているからだ。


初めて育てた野菜というだけじゃない。物心ついた頃からずっと傍にいて、楽しい時も、悲しい時も。祖父がこの世を去った時にも彼は僕の隣にいてくれた。

僕にとっては唯一の家族のような者だった。


ピークが反対の肩に止まり、不平を訴えるように軽く僕の頬をつつく。

まるで心を読まれたようだと苦笑して、彼の頭を指の腹で撫でてやる。


「そうだね。今はピークも家族だよ」


気持ちよさそうにするピーク。トマトは僕の肩から降りてベッドの方へ歩いて行った。


「おい起きるぞ」


彼にそう言われてすぐにベッドに駆け寄る。女性が目をしばたかせて意識を取り戻すところだった。


「ここは……」


彼女は見慣れぬ天井に戸惑い、視線を巡らせてから僕を見た。


「あの……あなたは」


そう言って起き上がろうとする彼女を優しく抑える。


「すぐに起きてはダメですよ。今飲み物を淹れますからまだ休んでいてください」


そういうと彼女は素直にベッドに身体を預けた。苦痛に顔が歪み、脇腹を抑える。

自分が怪我をしたことを思い出したらしい。


彼女に背を向けてお茶を準備する。薬草を数種類組み合わせた水出しのお茶だ。リラックス効果とか、抗菌作用とか様々な効能がある上に、薬草本人たちの意見も取り入れて味にも力を入れた自信作だった。


「治療は……あなたが?」


尋ねる彼女にお茶を手渡しながら頷く。トマトや精霊たちを除けば人と話すのは久しぶりだ。変に緊張してしまう。


彼女はお茶を一口飲んで「おいしい」と呟いた。


落ち着いたところで森の中で彼女を見つけた経緯を説明する。ケヤキのことは口にできないので「森で薪を集めている時に偶然発見した」ということにしておいた。


経緯を説明している間、トマトがずっと僕を揶揄っている。


「あ、噛んだ」だとか「俺たちのことは内緒だぞ」とか。わかりきっていることを口酸っぱく言うので少しうっとおしい。彼女には見えていないし聞こえていないからトマトに言い返すこともできず、余計に話しづらかった。


拙い説明でしっかりと伝わったかは微妙だが、彼女は僕の話を聞いて


「ありがとうございます」


とお礼を言った。それから今度は彼女が話始める。


「私はリリアと言います。平民の出自なので性はありません。オッコムの町の兵士で。街道に魔物が出るという報告を受けて、他の兵士と一緒に急行しました」


オッコムは森を抜けた先にあるここから一番近い町の名前である。

リリアの話によると、街道に出た魔物の討伐に向かったが、争いが激化し仲間の兵士と逸れてしまったらしい。


深い傷を負い、森に逃げ込んだ。魔物に追われ、追い詰められた彼女は覚悟を決めて魔物と刺し違えるつもりで戦ったらしい。


「持っていた剣はが魔物の胸を貫きました。『勝った』と思った瞬間に強い力で投げ飛ばされて……それで」


木に頭を打ち気を失ったと。

ケヤキの話を聞いて彼女が魔物を倒したことは知っている。彼女が倒れていたところに剣も落ちていたのだろう。


でも、そのことを伝えるとまるで見ていたかのようになってしまうため彼女には「魔物は見ていない」と伝えた。


リリアは少しホッとしたようだ。「戦闘に巻き込まなくてよかった」と安堵している。

それからハッとしたように顔を上げて


「私はどのくらい眠っていましたか?」


と尋ねる。「二日」と僕が答えると彼女は慌ててベッドから起き上がろうとした。


「大変……早く帰らないと」


急いで町に戻らないといけない理由があるらしい。落ち着くように促して理由を尋ねる。彼女は答えづらそうにしていたが、無理矢理押し通ることもできなかったのか観念して話始める。


「病気の祖母がいるのです。私は貧民区の生まれですから薬も満足に買えません。兵士として働き、毎日給金を薬に代えて祖母に渡していました。私がいないと祖母は薬が飲めません。だから早く帰らないと」


話しながら彼女は何かに気付いた様子だった。耳元でトマトが言う。


「多分この子、帰っても薬を買う金がないぞ」


と。言われて「そうか」と気付く。彼女は働いた分のお金で毎日薬を買っていたのだ。町に兵士の給料事情に詳しくはないが、給金はそんなに高くないだろう。


今彼女が町に戻ってもすぐに給金が貰えるかどうかは怪しい。もしかすると彼女は死んだ扱いになっているかもしれない。


彼女の祖母も心配しているだろうし、町の兵士に事情を話して今日分の給金をねだるより先に祖母の元へ向かいたいと思っている様子だ。


話の流れで彼女の祖母が飲む薬の種類を聞く。

病状を聞き、小屋の奥に彼女を案内した。

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