第4話

次の日。そしてまたその次の日も僕はひな鳥を救ったあのケヤキを見に行った。

風が吹き、巣のある枝の木の葉が揺れる。でも親鳥の姿はなかった。


一週間が過ぎて、一か月が過ぎても親鳥は現れなかった。幼く、弱弱しかったひな鳥は元気にすくすくと成長している。


「おいやめろピーク。つつくな」


小屋の前の庭でひな鳥がトマトをつついて遊んでいる。「ピーク」と名付けたのはトマトだった。「ピーピー鳴くホークだから略してピーク」ということらしい。


一か月経ってピークはもうピーピーは鳴かなくなったが自分の名前だとわかっているらしく名前を呼ぶと首を傾げながら近づいて来る様が何とも愛らしい。


まだ飛ぶことはできないが羽が徐々に生え変わってきている。もうしばらくすれば大人のタカと見分けがつかなくなるだろう。


どういうわけかやはりピークにはトマトの姿が見えていた。

それだけでなくジャガイモやケヤキといった他の精霊たちも認識しているようだった。


僕らの中では一番物知りなケヤキによるとピークはただのタカではなく、「魔法生物」に分類される生き物らしい。それがどういうことなのかはケヤキにも上手く説明ができなかったが、姿が見えるのはそれが理由ではないかと言っていた。


どうして見えるのかは大きな問題ではない。大事なのは今まで僕としか話せずにいたトマトたちに新しい友人ができたこだ。

後まぁ付け加えるなら、彼らの存在が僕の妄想ではなかったと証明されたことくらいか。


「アレン大変だー。またカラスどもが畑の薬草を荒らし始めたよー」


ジャガイモの収穫の後に植えた白菜の精霊が慌てて走ってくる。よほど慌てていたのか白菜は畑の柵を飛び越える時に足を引っかけてしまう。空中で一回転し、そのまま尻もちをつく白菜の元に駆け寄る。


「大丈夫?」


そう声をかけると白菜は涙目で腰を擦っていた。実態があるわけではないのに精霊たちはつつかれたり転んだりするとしっかり痛がる。精霊たちが痛がっても植えている野菜に影響があるわけではないのだが、目の前で痛がられると気になるし心配してしまう。


「いてて……あっ、そんなことより薬草が!」


白菜は僕の腕を引っ張り、薬草を植えている畑の方へ引っ張っていく。僕の後ろをさっきまでじゃれあっていたトマトとピークもついて来る。


薬草はここ一年で植え始めた植物たちだ。

祖父が病死して、記憶を取り戻した時に思ったのだ。


もしも小屋で生活していて僕が大きな怪我や病気になったらどうしようと。

周りを森に囲まれているため周辺に医者はいない。町に行くにも距離がある。


怪我や病気をしているときに一人で町の医者の所まで行くのは無理がある。

他の人には見えないトマトたちに助けを呼んでもらうのも不可能だ。


そこで薬草を育てることにしたのだ。知識はないが固有魔法がある。

森を歩き、見慣れない植物の精霊を見つけたら声をかけるところから始まった。


彼らは進んで自分の効能や育て方を教えてくれる。畑に運び、育てた後は保存方法とどうすればより効果の高い薬にできるかまで知っていた。


そのおかげで一年間で薬草の畑に様々な種類の薬草を植えることができた。今では野菜の畑よりも大所帯でにぎわっている。


薬草の畑を見に行くと確かにカラスが数羽いて薬草をついばんでいた。

どういうわけかこの辺のカラスは野菜よりも薬草を好んで荒らしていく。


対策を立てても賢く回避して何度もやってくるので最近の悩みの種になっていた。


「おー! 僕たちを守れー」


「侵略者を許すな―」


畑では今日も愛らしい防衛戦が繰り広げられている。いったいどこから入手してきたのかわからない槍や剣なんかを持った薬草の精霊たちがカラスと戦っているのだ。


ミントやらハーブやらを複数種類植えているおかげでこの畑の精霊たちは数が多い。ただ。一体一体の大きさはかなり小さく、まるで小人のようだ。手に持つ武器もそれに合わせた大きさで迫力がない。

そしてさらに残念なことに畑を荒らすカラスたちには彼らの姿が見えていないのだ。


ピークと違い、普通の生物には彼らの姿は見えない。槍でつつこうと剣で斬ろうとそれを認識できるのは僕とピークだけだ。


そのせいで小さい彼らがどれだけ畑を守ろうと拳を振り上げても敵であるカラスたちは知らん顔をしている。


畑を荒らされるというなかなか笑えない状況にも関わらず、必死に戦う彼らを見るとどうしても愛らしすぎて顔がにやけてしまうのだ。


「救世主様だ! 救世主様が来てくれたぞ!」


薬草の一体が僕に気付いて声を上げる。それに呼応して他の薬草たちも声を上げる。

彼らは普段僕のことを「アレン」と呼ぶ。


「おいアレン水が足らないぞ」「おいアレンもう収穫時期だ。はやく摘み取って薬にしてくれ」と僕をこき使うのだ。

カラスが来た時にだけ態度を一変させるところを見るに、彼らも彼らで楽しんでいるように思える。

戦っても無駄とわかっていながら遊んでいるのだ。


トマトや白菜まで「それいけー。増援だー」と叫びながら飛び込む始末。ついていこうとするピークを危ないからと両手で抱えて僕はカラスたちを追い払った。


畑に平穏が戻ると薬草たちが勝どきを上げる。


「今日も守り抜いたぞ! また来てみろ侵略者めー」


と騒ぐ彼ら。「追い払ったのは僕だぞ」と思いながらも彼らの勝どきを見守ってやる。


腕の中で首を傾げるピークを見て


「お前が大人になったら代わりに救世主になってくれる?」


と尋ねるとわかっているのかいないのかピークは短く一声鳴いた。

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