第3話

ある日のこと。

僕は森に入り薪を拾い集めていた。


料理をするのに使う薪だ。小屋には斧がある。木を切ればもっと手っ取り早いのだろう。

僕の能力は植物の声を聞くことだが、斧で木をなぎ倒そうとしても彼らは僕を否定しない。

そればかりか「もっと腰を入れろ。そんなんじゃいつまで経っても倒れないぞ」と激を飛ばして応援してくれる。


ただ僕は斧を使わない。植物に気を使っているわけではなく、筋肉の足りないひょろっとした僕の腕じゃ満足に斧を扱えないからだ。


僕は今年で十五歳になる。それなのに身長は三年前から碌に伸びていないし、いくら農作業で力仕事をしても筋肉も増えない。そういう体質らしい。


赤毛は少し癖ついていて毎朝寝ぐせが爆発するし、顔もかなりの童顔で年相応に見えないのが悩みだ。

それでも今の生活自体はかなり気に入っている。


薪を集めていると木の精霊が話しかけてくる。


「なぁ少し頼みがあるんだが」


と。拾った薪はそこらの木の枝が落ちた物だろう。でも拾った薪一本一本から声は聞こえない。聞こえているのはあくまでこの辺り一帯に生えているケヤキの木の声だけだ。


「いいよ。どうしたの?」


僕がそう応えるとケヤキの木は自らの身体を大きく揺すった。

僕に見える精霊たちは基本的にはその植物の姿をしている。野菜に関してはトマトやジャガイモなど収穫するときの姿で見えるのは僕の意識のせいだろうか。


その意識下ではケヤキはそのままケヤキの木として見えていた。枝を高く持ち上げて根っこ足の様に動かして歩く姿には慣れてのなかなかの迫力があった。


「こっちだ。ついてきてくれ」


そう言われてケヤキの木が歩いていく後を追う。

木が森の中を歩いているのを見たら誰もが叫びたくなるだろうけど、彼の姿は僕にしか見えないはずだ。それにこの森の中には滅多に人は来ない。


町から少し離れているからというのもあるが、周囲が同じような木に囲まれているこの森は方向感覚が狂いやすく、迷ってしまうのだ。


僕が平気な顔して歩き回れるのは周囲の植物が帰り道を教えてくれるからだった。


少し歩くと大きなケヤキの木が立っていた。精霊ではない本物の植物だ。


「ほら、あそこ。あそこを見てくれ」


そう言ってケヤキの精霊が枝を伸ばす。指し示した方を見ると大きなケヤキの木の太い枝に鳥の巣があった。親鳥の姿はないが巣から顔を出したひな鳥が鳴いている。


「なんだろう。タカかな? お腹でも空いているのかな」


ひな鳥を見て僕が言う。植物の言葉はわかるけど、動物のはわからない。それでも懸命に鳴いているひな鳥は必死に何かを呼んでいるように見えた。


「ああ。きっとそうだ。あの巣はもうずっと前からあるんだが、あの子が生まれて丸一日経つのに親鳥が帰ってこない」


ケヤキが心配そうに言った。昨夜は嵐の夜だった。風が強く吹き付け叩きつけるような雨が降っていた。


親鳥はどこかで怪我をしたか、あるいはもう死んでしまったか。


「他のひな鳥は?」


「あれは特別な種類のタカだ。一度に一つの卵しか産まず、その卵を懸命に育てる。親鳥が帰ってくるまで見守ろうと思ったが、もう一日だ。あの子は生まれてから何も食べていないし、声も弱くなってきた。頼むあの子を救ってくれないか?」


ケヤキの言葉に頷いた。親鳥がいれば生まれた子を放っておくことはしないだろう。仮にそうだとしたらあのひな鳥は見捨てられたことになる。

そうではないとして、親鳥が怪我をして動けなくなっている可能性はある。しかしその親鳥を探している時間はない。


「あの子の親は見ていないんだね?」


そう尋ねるとケヤキは頷いた。ケヤキの木が生えている群生地には親の姿はないということだ。そんなに離れたところを探している間にひな鳥は餓死してしまうだろう。


僕はすぐにケヤキの木を登り始めた。巣はかなり高いところにあった。

身体が小さくてよかった。斧は触れないけど木登りは得意だ。


巣までたどり着き、ひな鳥を両手で優しく拾いあげる。かなり弱っていたがまだ鳴く元気があった。

布で包んで服の内側にしまい、そっと素早く木から降りる。


「知らせてくれてありがとう」


ケヤキにお礼を言ってから走って小屋まで戻った。


着けの上にひな鳥を座らせる。小さな虫を捕まえてひな鳥の口元まで持っていくとおいしそうにそれを食べた。


「おっ……鳥だ。野菜の天敵を育てんのか?」


畑からやって来たトマトが小屋の中に入ってきて言う。トマトは僕の肩に飛び乗って僕の手から虫を食べるひな鳥を不思議そうに見ている。


「この子は猛禽類だから植物は食べないと思うよ。むしろ畑を荒らすカラスやスズメなんかを追い払ってくれるかもね」


そう言うとトマトは僕の肩から机の上に飛び乗る。そして餌を食べるひな鳥の隣に言って首を傾げた。


「ふーん。そんな強そうには見えないけどな」


ひな鳥がトマトの方に首を伸ばす。

その視線がトマトを追っているような気がした。


「ねぇ、君たちって僕以外には見えないんだよね?」


そう尋ねるとトマトも不思議そうにひな鳥を見つめる。


「そのはずだと思うんだけどな」


そう言いながらトマトが横に移動するとひな鳥の首も釣られてよこに動いた。

明らかに見えている動きである。


少し元気になったようなひな鳥の鳴き声を聞きながら僕とトマトは同時に首を傾げた。

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