第2話

この一年間。僕は言いつけを守って暮らしている。

記憶が蘇り、僕を隠し守り続けてくれた祖父がいなくなった後もだ。


誰かに能力がバレれば平穏な暮らしが脅かされるかもしれない。言い方は悪いかもしれないけれど祖父の「脅し」はよく効いた。

前世の記憶通り「田舎でのゆったりとした生活」を望む僕にとって平穏が脅かされるのは避けたかったのだ。


幸い、誰も来ない森の中の小屋はひっそりと暮らすのに最適だった。

田舎で畑を作って暮らしたいという夢を持っていたくせに碌に農業について学んでいなかった怠惰な前世を持つ僕だけど、一人で暮らすのに不便はなかった。


祖父の小屋には畑の材料が揃えられていたし、道具の基本的な使い方も教わっていた。種もある。

専門的なことは詳しくないけれど、その他の必要なことは全て種が教えてくれた。


「おい水を上げ過ぎだ。それじゃ俺が溺れちまう」


「なんか今日は気分悪い。虫がついているかもしれないから見てくれ」


そう言って僕に話しかけてくれるのが畑に植えた野菜たちだ。

中でもトマトは僕が初めて自分で育てた野菜であり、まだ記憶を取り戻す前の僕が自分の能力に気付くきっかけとなった存在でもある。


野菜相手に言うのもおかしな気がするが、子供のころからの付き合い。幼馴染みたいなものだった。


僕は彼らを「精霊」だと思っている。「野菜の精霊」だ。彼らは僕が種に触れると顔を出し、いろいろと話を聞かせてくれるが個体差がないのだ。


畑に種を飢えてトマトを育てる。そうすると精霊のトマトが出てきて僕にいろいろ教えて自分を育てさせる。収穫して育ったトマトを食べると精霊は消えてしまうがまた新しく種を植えると同じ精霊が現れるのだ。


記憶も引き継いでいる。どうやら僕は手に取った植物と喋っているわけではなく、トマトという概念と魔法で会話をしているようだ。だから彼らを精霊だと思うようになった。


トマトに言われた通りにジャガイモ畑に向かう。

畑の真ん中でジャガイモが激しく踊っていた。


「収穫だ! 収穫だ! おいしいポテトの収穫だ!」


荒々しく叫びながら土の上を飛び跳ねるジャガイモを見て少し笑ってしまう。何度見てもおかしな踊りだった。


「おはようジャガイモ。今日も元気だね」


そう声をかけるとジャガイモは振り返り、僕を見てひと際高く飛び上がった。


「アレーン! ようやく来たなこの寝坊助め。今日の俺は一段と美味しいぞ。自信があるんだ。さぁ早く抜いてくれ」


ジャガイモがそう言うと僕の後をついてきていたトマトが反論する。


「寝坊助って……アレンはいつも通り起きて来ただろ。お前が朝早くから叫び過ぎなんだよ。まったく、太陽が昇る前から騒ぎ出しやがって。おかげで寝不足だぜ」


そう言ってあくびをするトマトを見て首を傾げる。野菜にも「寝坊」とい概念は存在するのだろうか。

基本的に彼らは朝でも夜でも呼べば姿を現すし、僕が呼ばなければ静かにしている。


「なんだよ」


不思議そうな顔をする僕をトマトが見上げる。


「そんな目をしてもダメだぞ。俺はまだ青い。食べごろじゃない」


そう言われて思わずトマト畑の方を振り向く。確かにジャガイモより後に植えたトマトが青く実っていた。

どうやら僕の視線を「食べたがっている」と勘違いしたらしい。


足元のトマトに苦笑してそれからジャガイモ畑に腰を下ろす。

野菜の精霊たちはいろいろと指示してくれるが手伝うことはできない。

収穫は僕一人でやらなければならない。


畑は僕一人が食べていける程度の大きさだけどそれでも農業は大変だと痛感する。

それでも引き抜いた土の中に大きく実ったジャガイモを見つけると僕は嬉しくなる。


そして新しい人生の環境に深く感謝するのだ。


「やった。大収穫だ。アレンこれは俺たちを町に売りに行った方がいいんじゃないのか?」


かごに詰まった自分の姿を見てジャガイモが好奇心溢れる目を僕に向ける。彼らが町に興味を持つようになったのは祖父がする町の話を僕の横で聞いていたからだろうか。


「いいや。行かないよ。そもそも僕が食べる分しか作っていないからね」


そう言うとジャガイモは肩を落とす。

もしも彼がこの世のすべてのジャガイモの化身だというのならここで町に行けなくてもどこか他のところでは町で売られているはずだと思う。


しかし、ジャガイモに限らず他の野菜たちからも町の話を詳しく聞いたことはない。


時々、彼らはやっぱり僕の妄想の産物なんじゃないかと思う。僕は植物の概念と話をしていると言ったけれど、それにしてはやけに僕に都合がいいと思うことがあるからだ。


例えば彼らは自分が食べられることにやけに好意的だ。もしも僕だったら自分がどんなに美味しいと自覚していても誰かに食べられるのは嫌だ。それなのに彼らは進んで自分を美味しくする方法を教えてくれるのだ。


ただの妄想にしては具体的すぎる。もしかしたら妄想を具現化する固有魔法なのかもしれない。

でも僕にとってはそれにあまり大した意味はない。


彼らの教えで失敗したことは今のところないし、もしこれが妄想なのだとしてもそのおかげで寂しくない。


実際どうなのかは考えてもわからないことだ。それよりもその結果上手くいっていることの方が大事に思えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る