第19話 月蝕の守護者たち

春の風が神社の境内を吹き抜ける夕暮れ時、相良ハヤテは異変を感じていた。彼は神社の裏手にある小さな森で、いつものように星乃リリィと修行を終えたところだった。

「ハヤテ君、今日はなんだか空気が重くない?」リリィが金色の髪を風になびかせながら言った。

ハヤテは無言で頷き、遠くを見つめた。学校から帰る途中、鈴木先生が彼らを呼び止めたことを思い出す。「今夜、神社に来なさい。話がある」と、いつもの温厚な表情ではなく、厳しい眼差しで言われたのだ。

「行こう」とハヤテは短く言った。

鈴木神社に到着すると、意外な人物が待っていた。ハヤテの祖父・相良守と、リリィの祖母・エリザベスが、鈴木先生と共に神社の奥の間で静かに話し合っていたのだ。

「来たか、ハヤテ、リリィ」相良守が二人を見て言った。「座りなさい。話すことがある」

鈴木先生が眼鏡を押し上げながら話した。「そして、神社の御神体は『月蝕の心臓』。五つの門を開こうとする『灼熱教団』の最後の生き残り、火野煌がこれを狙っている」

「でも、他の『炎の五芒星』のメンバーは全員...」リリィが言いかけると、エリザベスが頷いた。

「そう、死んだと思われていた。でも火野は生きていて、最後の門である『月蝕の門』を開こうとしているの」

ハヤテは黙って聞いていたが、ここで初めて口を開いた。「いつ来るんですか?」

「今夜」相良守が重々しく答えた。「満月の夜、月が最も高い位置に来るとき」

「俺が守る」ハヤテはシンプルに言った。

リリィは青い瞳を見開いた。「私も!私も戦うわ!」

「危険だ」相良守が言った。「火野煌は『炎の五芒星』の中でも最も危険な存在。彼の炎の術は普通の防御では防げない」

エリザベスが心配そうに孫娘を見た。「リリィ、あなたの魔法はまだ安定していない。感情で暴走しやすいのよ」

「だからこそ、私が行くべきなの!」リリィは強く言った。「感情が高まれば魔力も上がる。ハヤテ君と一緒なら...」彼女の頬が赤くなり、周囲の空気が微かに揺れた。

鈴木先生は神社の見取り図を広げた。「本殿の奥に『月蝕の心臓』がある。我々はここで結界を張り、火野煌を迎え撃つ」

ハヤテは立ち上がり、腰の忍具を確認した。「俺の『影縫いの術』で、奴の動きを封じる」

「私は『エモーショナル・マジック』で後方支援します」リリィも決意を固めた。

「援軍は?」ハヤテが尋ねると、相良守がポケットから小さな結晶のような装置を取り出した。

「霧島家の『意念通信機』で連絡は済ませた。雪村凛と火神燈も向かっている。だが、彼らが到着するのは明け方になるだろう」

「それまで持ちこたえなければ」エリザベスが言った。「三十年前、私たちが封じた門を、今度は若い世代が守るのね」

月が高く昇った頃、神社の空気が一変した。

「来たわ」リリィが囁いた。彼女の全身が微かに発光し始めた。

ハヤテは手印を結び、「影縫いの術」を準備した。

鈴木先生は神社の周囲に結界を張り、相良守とエリザベスは本殿を守る位置についた。

「よく気づいたな」凍りつくような声が闇から響いた。

痩せた顔に鋭い目、黒髪に赤い筋が入った青年が現れた。火野煌だ。

「『月蝕の心臓』を渡せば、お前たちには手を出さない」火野は冷ややかに言った。

「渡せるわけないだろ」ハヤテは短く答え、影を操る術を展開した。

火野の周りで炎が渦を巻き始めた。「『灼熱教団』の悲願は、この私が果たす。『大いなる存在』の復活のために」

「させるもんか!」ハヤテは叫び、影を使って火野を縛ろうとした。

しかし火野の炎が影を焼き払い、ハヤテを弾き飛ばした。

「ハヤテ君!」リリィが叫ぶと、彼女の魔力が急激に高まり、青い光の渦が周囲に広がった。「星霜の盾!」

リリィの魔法が火野の炎を一時的に押し返したが、火野はにやりと笑った。「なるほど、『エモーショナル・マジック』か。面白い」

火野は両手を広げ、赤と黒の炎を放った。「『漆黒の灼熱』」

炎は結界を一部崩し、鈴木先生を後退させた。

「この程度の結界で『月蝕の心臓』が守れると思ったか?」火野が言った。

ハヤテは再び立ち上がり、手から黒い糸を紡ぎ始めた。「これは普通の影縫いじゃない...」

相良守が驚いた顔でハヤテを見た。「まさか、あの術を...」

「影月縫いの術・奥義...」ハヤテの声が低く響いた。

「生命糸切断!」

ハヤテの指から放たれた黒い糸が、まるで生き物のように蠢きながら火野に向かって襲いかかった。

「なっ!」火野は驚いたように飛び退き、炎の壁を作って防御した。

「相良家で唯一、影縫いの術を極めたのは孫のハヤテだ」相良守が誇らしげに言った。

しかし火野の炎は強力だった。黒い糸の一部を焼き払いながら、彼は本殿に向かって突進した。

「させるか!」エリザベスが古式の魔法陣を展開し、風の刃を放った。

火野は一瞬ひるんだが、すぐに体勢を立て直し、エリザベスに向かって炎球を放った。

「祖母さん!」リリィが叫び、青い魔力の渦が彼女の周りで爆発的に広がった。彼女の瞳の中に怒りと恐れが混ざり、魔力が制御を越えて暴走し始めた。

「リリィ、落ち着け!」ハヤテが叫んだ。

「守りたい...みんなを守りたい!」リリィの感情が高まるにつれ、彼女の魔力は神社全体を包み込むほどに膨れ上がった。

火野は一瞬ひるみ、「この魔力...純粋な感情から生まれる力か」と呟いた。

ハヤテはリリィの力に呼応するように、残りの生命糸を全て火野に向かって放った。

「うおおっ!」

黒い糸が火野の全身を縛り上げ、彼の炎を一時的に封じ込めた。

「今だ!」相良守が叫んだ。

鈴木先生が本殿の奥から神器を取り出し、火野に向けて構えた。「『月光の鈴』」

鈴を鳴らすと、銀色の光が辺りを包み込み、火野の炎がさらに弱まった。

しかし火野は諦めなかった。「これで終わると思うな...」

彼の体から黒い煙が立ち上り、縛めていた生命糸が徐々に焼け始めた。

「駄目だ、糸が...!」ハヤテは歯を食いしばった。

そのとき、神社の空に不思議な光が現れた。

「あれは...」エリザベスが空を見上げた。

「風間家からの援護だ」相良守が言った。

風間ユズキの霊力が遠方から届き、神社の結界を強化し始めた。同時に、水の精霊のような存在が現れた。

「霧島家からの支援ね」エリザベスが安堵の表情を浮かべた。

火野は苦しみながらも、なおも抵抗を続けた。「『大いなる存在』の復活は...止められない...」

そのとき、リリィが前に出た。「ハヤテ君、私と一緒に...最後の一撃を」

ハヤテは頷き、リリィの手を取った。二人が触れ合った瞬間、リリィの魔力が爆発的に高まった。

「感情による魔力と影縫いの術の融合か...」相良守が驚いた表情で見守った。

「星影縫合の術!」二人が同時に叫んだ。

リリィの星の魔力とハヤテの影の力が交わり、新たな力となって火野を包み込んだ。青と黒の光が渦を巻き、火野の炎を完全に消し去った。

「くっ...『大いなる存在』の...復活は...」火野の体が光に包まれ、徐々に消えていった。

最後の「炎の五芒星」が消滅し、神社に静けさが戻った。

夜明けが近づくころ、雪村凛と火神燈が神社に到着した。

「間に合わなかったようね」雪村凛が長い白銀の髪をなびかせながら言った。

「すでに決着がついたか」火神燈も驚いた表情を浮かべた。

鈴木先生は『月蝕の心臓』を元の場所に戻し、新たな結界を張った。「これで『月蝕の門』は再び安全になった」

相良守はハヤテの肩に手を置いた。「よくやった、ハヤテ。お前は本当に相良家の誇りだ」

エリザベスもリリィを抱きしめた。「あなたの魔法は強いわ。感情に流されず、それを力に変える術を身につけたのね」

ハヤテとリリィは互いを見つめ、小さく微笑んだ。

「これからも...一緒に修行しよう」ハヤテが珍しく長い言葉を口にした。

リリィは頬を赤らめながら頷いた。「うん、これからもよろしくね、ハヤテ君」

彼女の周りで魔力が微かに輝き、桜の花びらのように舞い散った。

神社の裏手にある小さな森では、二人の若き守護者の新たな絆が生まれ、『月蝕の門』は静かに眠りについた。

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ニンジャと恋する5秒前 すぎやま よういち @sugi7862147

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