第16話 「雨の放課後」
霧島学園の教室。窓の外では雨が降り始めていた。
ハヤテは静かに窓の外を眺めていた。昨夜の戦いから一夜明けたが、その緊張感はまだ体に残っていた。琥珀焔の最期の言葉が頭から離れない。
『「この程度で...終わりだと...思わないでね」』
『「『炎の五芒星』は...まだ四人...残っている...」』
「ハヤテくん」
静かな声に振り向くと、リリィが彼の席の横に立っていた。
「どうした?」
「大丈夫?」リリィは心配そうに尋ねた。「昨日の怪我は...」
ハヤテは軽く首を振った。「ああ、共鳴の光で癒えた。もう問題ない」
リリィはほっとしたように微笑んだ。「よかった...」
教室のドアが開き、鈴木先生が入ってきた。彼もまた、疲れた様子を隠そうとはしていなかった。
「おはようございます」クラス委員長が声を上げ、全員が起立した。
「おはよう」鈴木先生は応え、そしていつものように授業を始めた。
ハヤテはノートを開きながら、鈴木先生の様子を窺った。昨夜の戦いで、彼がどれほどの力を使ったのか、どんな敵と戦ったのかは分からない。それでも、こうして普段通りに授業をしている姿に、ある種の強さを感じた。
授業中、リリィから小さなメモが滑り込んできた。
『昼休み、屋上で会おう。話したいことがある。』
ハヤテは小さく頷いた。
昼休み、屋上は雨のため人気がなかった。ハヤテとリリィは屋根のある一角で弁当を広げていた。
「今日も玉子焼き、ありがとう」リリィは嬉しそうに言った。
「ああ」ハヤテは相変わらず無口だったが、リリィにサンドイッチを一つ受け取った。
二人は静かに食べ始めた。雨音だけが静かに響いている。
「ねえ、ハヤテくん」リリィが口を開いた。「昨日の夜...あの共鳴のこと」
ハヤテは食べるのを止め、彼女を見た。「ああ」
「あの時、わたしたちの心が一つになった気がした」リリィは真剣な表情で言った。「ハヤテくんの考えていることが分かったような...」
ハヤテは少し考えてから頷いた。「俺もだ。お前の...感情が流れ込んでくるようだった」
「なんだか不思議な感じだったね」リリィは少し頬を赤らめた。「でも、怖くはなかった。むしろ...安心した」
ハヤテも微かに微笑んだ。「ああ。あの感覚なら、もっと強い敵にも対抗できるかもしれない」
「うん...」リリィはサンドイッチを見つめながら言った。「だけど、わたし、まだ弱いと思う。もっと強くならないと...」
「リリィ」ハヤテが真剣な声で言った。「お前は弱くない。あの共鳴はお前の力があってこそだ」
リリィは驚いて顔を上げた。「でも...」
「祖父が言っていた」ハヤテは続けた。「共鳴には二人の魂の繋がりが必要だと。それは単純な力の問題じゃない」
「魂の繋がり...」リリィはつぶやいた。「わたしのおばあちゃんと、ハヤテくんのおじいちゃんも、そうだったのね」
ハヤテは頷いた。「三十年前、二人は命をかけて戦ったんだ。その信頼関係があったからこそ、成功したんだろう」
リリィは水筒からお茶を飲みながら考え込んでいた。「わたしたちも...そんな関係になれるかな?」
ハヤテはリリィを真っ直ぐに見つめた。「なれるさ。俺はお前を信じてる」
その言葉にリリィの青い瞳が輝いた。「わたしも!ハヤテくんを信じてる!」
その瞬間、二人の胸に軽い温かさが広がった。共鳴の予兆だった。二人は互いを見つめ、小さく微笑みあった。
「放課後」ハヤテが言った。「練習しよう」
リリィは元気よく頷いた。「うん!どこで?森はまだ立ち入り禁止だよね」
「神社だ」ハヤテは答えた。「鈴木先生が待っているだろう」
放課後、雨はさらに強くなっていた。ハヤテとリリィは傘を差して神社へ向かった。
「良く降るね」リリィは空を見上げた。
ハヤテは周囲を警戒しながら歩いていた。「この雨...自然じゃないかもしれない」
「え?」リリィは驚いて彼を見た。
「気づかないか?」ハヤテは足を止め、手を伸ばして雨粒をつかもうとした。「通常の雨よりも...重い」
リリィも手を伸ばし、雨粒を感じてみた。確かに、どこか違和感がある。
「これって...」
「魔力を帯びている」ハヤテは結論づけた。「急ごう」
二人は足早に神社へ向かった。鳥居をくぐると、境内は不自然なほど静かだった。
「おかしい」ハヤテは眉を寄せた。「鈴木先生の気配がしない」
二人は警戒しながら拝殿へ向かった。扉を開けると、中は暗く、誰もいなかった。
「先生?」リリィが呼びかけた。
返事はない。
「何かあったのかもしれない」ハヤテは低い声で言った。「気をつけろ」
二人が拝殿を調べていると、外から足音が聞こえた。彼らは素早く身構えた。
拝殿の扉が開き、ずぶ濡れになった鈴木先生が現れた。
「先生!」リリィは安堵の表情を見せた。
しかし、ハヤテは警戒を解かなかった。「どうしたんですか?」
鈴木先生は息を整えながら言った。「『炎の五芒星』の一人が現れた。『灰塚 燃』だ」
「!」二人は驚いた表情を見せた。
「この雨は彼の仕業か?」ハヤテが尋ねた。
鈴木先生は頷いた。「『灰雨の術』という技だ。雨に魔力を混ぜ、周囲の力を弱める効果がある」
「それで先生は?」リリィが心配そうに見た。
「彼と交戦した。だが、この雨のせいで私の力が十分に発揮できなかった」鈴木先生は悔しそうに言った。「彼は神社の裏山へ向かった」
「裏山?」ハヤテは疑問を投げかけた。「何のために?」
鈴木先生は重い表情で答えた。「山頂には『月蝕の門』の力を制御する結界石がある。それを破壊しようとしているのだろう」
「結界石が破壊されたら?」リリィが恐る恐る尋ねた。
「御神体の力が暴走し、『月蝕の門』が不安定になる」鈴木先生は説明した。「最悪の場合、門が半開きの状態になり、異世界の気が漏れ出す」
ハヤテは決意の表情で立ち上がった。「行きましょう。止めなければ」
「危険だ」鈴木先生は警告した。「『灰塚 燃』は『炎の五芒星』の中でも特に冷酷な戦闘のスペシャリストだ」
「でも、放っておけません」リリィも立ち上がった。「わたしたちには共鳴がある」
鈴木先生は二人を見つめ、深いため息をついた。「分かった。だが、私も同行する」
三人は急いで神社の裏山へ向かった。雨は一層激しくなり、視界を妨げていた。
「先生」ハヤテが歩きながら尋ねた。「『灰塚 燃』とはどんな相手なのですか?」
鈴木先生は眉を寄せた。「灰色の髪の男だ。『灼熱教団』の中でも最も実戦経験が豊富で、多くの異能者を殺してきた」
「殺した...?」リリィの表情が曇った。
「警戒しろ」鈴木先生は続けた。「彼の技は『灰炎』と呼ばれる。灰色の炎で触れたものを灰に変える恐ろしい力だ」
山道を上りながら、三人は周囲の様子を伺った。雨の中、霧が立ち込め始めていた。
「霧...?」リリィが不安そうに言った。
「これも彼の仕業だ」鈴木先生は説明した。「『灰霧の術』。視界を奪い、敵を混乱させる」
ハヤテは静かに目を閉じ、気を集中させた。「...この先だ」
三人は霧の中を進み、やがて山頂の平らな場所に辿り着いた。そこには大きな石碑が立っていた。結界石だ。
そして、その前に一人の男が立っていた。灰色の髪を持ち、黒い装束に身を包んだ男。『灰塚 燃』だ。
「来たか」男は振り向かずに言った。「待っていたぞ」
「やめろ、灰塚」鈴木先生が前に出た。「結界石に触れれば、お前も無事では済まぬ」
灰塚燃はゆっくりと振り向いた。その表情は冷酷そのもので、灰色の瞳には感情が見えなかった。
「鈴木か」彼は淡々と言った。「また会ったな」
「知り合いなのか?」ハヤテが小声で尋ねた。
鈴木先生は頷いた。「かつては同じ研究所にいた」
「何?」リリィは驚いた。
「驚いたか?」灰塚燃が口角を少し上げた。「鈴木先生は昔、『灼熱教団』の研究員だったのだよ」
ハヤテとリリィは驚きの表情で鈴木先生を見た。
「過去のことだ」鈴木先生は厳しい表情で言った。「私は教団の真の目的を知り、脱退した」
「裏切り者というわけだな」灰塚燃の声には感情がなかった。「だが、それもまもなく終わる。『大いなる存在』が復活すれば、この世界は浄化される」
「狂っている」鈴木先生は言い返した。「『大いなる存在』が望むのは破壊だけだ」
「浄化と破壊は表裏一体」灰塚燃は手のひらに灰色の炎を灯した。「古いものが滅びなければ、新しいものは生まれない」
「やめろ!」鈴木先生が叫んだ時には既に遅かった。
灰塚燃は灰色の炎を結界石に向けて放った。炎は石に触れ、石の一部が灰となって崩れ落ちた。
「くっ...!」鈴木先生は前進し、札を取り出した。「破邪の光よ、顕現せよ!」
光の矢が灰塚燃に向かって飛んだが、彼は軽く身をかわした。
「昔と変わらんな、鈴木」灰塚燃は淡々と言った。「もっと強くなったと思ったが」
彼は再び手のひらに灰色の炎を集め、今度は鈴木先生に向けて放った。
「先生!」リリィが叫んだ。
鈴木先生は防御の結界を張ったが、灰炎はそれを徐々に溶かしていった。
「手伝います!」ハヤテが前に出て、印を結んだ。「水遁・水龍の術!」
水の龍が灰炎に向かって突進した。炎と水がぶつかり、蒸気が立ち上った。
「子供が...」灰塚燃は初めて表情を変えた。「相良家の息子か」
「孫だ」ハヤテは冷静に答えた。
「そうか」灰塚燃は興味を示した。「相良守の血を引く者...試させてもらおう」
彼は素早く印を結び、「灰遁・死灰の舞」と呟いた。
突然、周囲の灰色の霧が渦を巻き始め、無数の灰の刃となってハヤテに襲いかかった。
「ハヤテくん!」リリィが叫び、魔法を詠唱した。「風よ、我が盾となれ!エアリアル・シールド!」
風の盾がハヤテの周りに現れ、灰の刃の多くを弾き返した。しかし、いくつかは盾を通り抜け、ハヤテの服を切り裂いた。
「くっ...」ハヤテは腕に浅い傷を負った。
「二対一か」灰塚燃は淡々と言った。「公平とは言えんな」
彼は再び印を結んだ。「灰分身の術」
霧の中から、灰塚燃のコピーが二体現れた。一体はリリィに、もう一体はハヤテに向かって走り出した。
「分身か...」鈴木先生が呟いた。「気をつけろ!触れられれば灰になる!」
リリィは分身が近づくのを見て、恐怖を感じながらも魔法を唱えた。「光よ、我が掌に!ルミナス・フレア!」
光が分身を貫いたが、灰となって再生する。
「通常の攻撃は効かんよ」灰塚燃が言った。「私の灰は不死身だ」
ハヤテも分身と戦っていたが、攻撃が通じない。
「リリィ!」ハヤテが叫んだ。「共鳴だ!」
リリィは頷き、赤い石を取り出した。ハヤテも同じように石を取り出す。
「それは...」灰塚燃の目が初めて驚きの色を見せた。「共鳴の石か」
二人は石を握りしめ、互いを見つめた。しかし、分身たちが彼らを邪魔し、集中できない。
「くっ…!」ハヤテは灰色の分身から繰り出される攻撃を次々と避けながら、共鳴の石を強く握りしめた。
分身の攻撃は速く、正確だった。少しでも油断すれば、その灰色の腕に触れ、命を落とすことになる。だが今は、そんな恐怖を感じている場合ではない。リリィを見守らなければ。
リリィも必死だった。分身の放つ灰色の波動を魔法で弾き返しながら、何とか共鳴の石に意識を集中しようとしていた。
「いいぞ、リリィ!」ハヤテが叫んだ。「焦るな!」
リリィは頷くと、深く息を吸った。魔法使いの家系に生まれたリリィには、感情を力に変える『エモーショナル・マジック』の素質があった。彼女は自分の中の不安と恐怖を認め、そして、それを超える感情—ハヤテへの信頼—を呼び起こそうとした。
「邪魔だ」
灰塚燃は冷たく言い放つと、分身たちに新たな指示を出した。分身たちは動きを変え、二人の間に割って入ろうとする。
「させるか!」
鈴木先生が前に出て、札を放った。「破邪の光、縛れ!」
光の鎖が灰色の分身の一体を捕らえた。しかし、もう一体は自由なままだ。
「間に合わない…!」
ハヤテは焦りを感じた。共鳴を完成させるには、二人が互いを見つめ、心を通わせる必要がある。だが、残りの分身がリリィに迫っていた。
「リリィ!」
その時、リリィの青い瞳に決意の光が宿った。彼女は軽やかに跳び、分身の攻撃をかわすと、ハヤテの方へ走り出した。
「信じて、ハヤテくん!」
リリィの声には力があった。彼女は魔法の力を足元に集中させ、風を操って自分の身体を浮かせる。そして、分身の頭上を軽やかに飛び越えた。
「見事な動きだ」灰塚燃は感心したように呟いた。「だが…」
彼が手を上げると、分身が形を変え、灰色の霧となって空中に広がった。リリィはその霧に包まれ、咳き込み始めた。
「毒か…!」鈴木先生が警告した。
ハヤテの顔に焦りの色が走った。このままではリリィが危険だ。彼は素早く印を結び、「水遁・乱流の術!」と叫んだ。
水の渦がリリィの周りに現れ、灰色の霧を洗い流した。リリィは息を整えると、感謝の表情でハヤテを見た。
二人の視線が交わったその瞬間。
「今だ!」ハヤテが叫んだ。
二人は同時に共鳴の石を掲げた。石から赤い光が溢れ出し、二つの光が空中で一つになった。
「共鳴…!」灰塚燃が驚きの声を上げた。
赤い光が二人を包み込み、ハヤテとリリィの意識が一つに繋がっていく。互いの感情、思考、記憶が流れ込んでくる。
ハヤテくんの気持ち…温かい…
リリィの不安…俺が守る…
二人の心が通じ合い、力が一つになった瞬間、共鳴の光が爆発的に広がった。
「これが…本物の共鳴か」灰塚燃は身を守るように腕を上げた。
共鳴の光は灰色の分身たちを貫き、灰となって崩れ落とした。しかし、すぐに分身は再生し始めた。
「なに?」リリィが驚いた声を上げた。
「言っただろう」灰塚燃は冷酷に笑った。「私の灰は不死身だ」
だが、ハヤテは諦めなかった。共鳴の中で、彼はある知識を得ていた。リリィの魔法の本質—感情が力となる仕組み—を、彼は理解していた。
「リリィ」ハヤテは共鳴の中で彼女に語りかけた。「お前の魔法と俺の術…一つにしよう」
リリィは即座に理解した。彼女の『エモーショナル・マジック』とハヤテの忍術が融合すれば、新たな力が生まれる。
「やってみる!」
二人は共鳴の中で、新たな術式を作り上げていく。ハヤテの冷静さと精密さ、リリィの情熱と創造性が混ざり合い、未知の力が形作られていった。
「何をしている…?」灰塚燃は警戒の色を見せた。
「先生、下がってください!」ハヤテが声を上げた。
鈴木先生は二人の変化を感じ取り、素早く距離を取った。
「行くぞ、リリィ!」
「うん!」
二人は共鳴の中で手を繋ぎ、同時に術を放った。
「星影水流・浄化の渦!」
ハヤテの手からは透明な水の刃が、リリィの手からは星の光が放たれた。二つの力が交わり、青く輝く渦となって灰色の分身たちを包み込んだ。
「なっ…!」灰塚燃が驚きの声を上げた。
青い渦は分身たちを貫き、そして今度は灰になって散る前に、完全に浄化した。分身は再生することなく消滅した。
「ついに理解したか」鈴木先生が静かに言った。「共鳴の真髄を」
灰塚燃は初めて表情を崩した。「これが…共鳴の力…」
彼は自らも攻撃を受けており、右腕が徐々に浄化され、本来の肌の色を取り戻していくのが見えた。灰色の力が薄れていく。
「やったの…?」リリィは息を切らしながら言った。
しかし、灰塚燃は諦めていなかった。彼は左手で右腕を掴み、「灰炎・再生」と呟いた。右腕は再び灰色に変わっていく。
「そう簡単には倒せん」彼は冷静さを取り戻した。「『炎の五芒星』は、そんな力で滅びはしない」
灰塚燃は再び印を結び、今度は直接、結界石に向かって突進した。
「やめろ!」ハヤテが再び共鳴の力を集めようとしたが、先ほどの攻撃で消耗しており、すぐには間に合わない。
灰塚燃の手が結界石に触れた瞬間、彼は「灰遁・崩壊の掌」と唱えた。
石の表面が灰色に変わり始め、亀裂が走った。
「間に合わない…!」リリィが絶望的な声を上げた。
その時だった。
「まだ諦めるな」
突然、澄んだ声が響き渡った。皆が声のする方向を見ると、鳥居の方から一人の女性が歩いてくるのが見えた。
長い白銀の髪をなびかせた凛とした女性。その手には青白い結晶が握られていた。
「雪村凛…!」鈴木先生が驚きの声を上げた。
「『氷雪の一族』の…」灰塚燃も彼女を認識していた。
雪村凛は静かに歩みを進め、「霧氷の舞」と静かに言った。
彼女の周りに青白い霧が発生し、それが美しい舞いのように彼女を中心に広がっていく。霧は結界石に触れると、石の崩壊を一時的に止めた。
「何故ここに?」鈴木先生が尋ねた。
「風間家からの連絡だ」雪村凛は静かに答えた。「『霧氷の門』にも同様の攻撃があった。風間ユズキが『意念通信機』で知らせてくれた」
「風間さん…!」リリィは希望の色を取り戻した。
「そうか」鈴木先生は理解したように頷いた。「五つの門が同時に狙われているのか」
雪村凛は頷いた。「各地の守護者たちが応戦している。そして、あなたたちの戦いを助けるために私がここに来た」
彼女は結晶を掲げた。「『極光の心臓』の力で、一時的に『霧氷の舞』を強化できる」
「それは!」鈴木先生が驚いた。
「北海道の門の結晶…!」灰塚燃も動揺を隠せなかった。
「許可を得て借りてきた」雪村凛は淡々と説明した。「今は力を合わせるべき時だ」
彼女は結晶を高く掲げ、「極光よ、我が舞に力を」と祈るように言った。
結晶から青と緑の光が放たれ、雪村凛の「霧氷の舞」と一体化した。青白い霧が輝きを増し、結界石を完全に包み込んだ。
灰塚燃の技が無効化され、結界石の崩壊が止まった。
「くっ…」灰塚燃は歯噛みした。
「ハヤテくん、リリィさん」雪村凛が二人を見た。「もう一度、共鳴を」
二人は頷き、再び共鳴の石を握りしめた。先ほどよりも深い共鳴が二人を包み込む。
「雪村さん」ハヤテが共鳴の中から語りかけた。「どうすれば」
「私の『霧氷の舞』に、あなたたちの力を重ねなさい」雪村凛は静かに指示した。「三つの力が一つになれば、彼を倒せる」
ハヤテとリリィは互いを見つめ、深く頷いた。
「行くよ、リリィ」
「うん、ハヤテくん」
二人は共鳴の中で、先ほどと同じ術式を組み立て始めた。しかし今度は、雪村凛の「霧氷の舞」を取り込む余地を残している。
「星影水流…」ハヤテが唱え始めた。
「氷雪の輝き…」リリィが続いた。
「霧氷の舞…」雪村凛も加わった。
三つの声が一つになる。
「三界共鳴・浄化結界!」
ハヤテの水の力、リリィの星の光、雪村凛の氷の霧が一つになり、結界石を中心に青白い光の球体が広がった。
「なんだと…!」灰塚燃は後退しようとしたが、光の球体は彼も包み込んだ。
光の中で、灰塚燃の体から灰色の力が剥がれ落ちていく。彼は苦しそうに身をよじった。
「『灼熱教団』の汚れた力よ、消え去れ」雪村凛が静かに言った。
光の球体が最大に膨らみ、そして一瞬で収束した。
灰塚燃は膝をつき、喘いでいた。彼の体からは灰色の力が完全に消え、普通の人間のようになっていた。
「終わったか…」彼は虚ろな目で言った。
鈴木先生が彼に近づいた。「燃、もう充分だ。『灼熱教団』から離れるんだ」
灰塚燃は顔を上げ、鈴木先生を見た。その目に、かつての研究者としての理性が戻ってきていた。
「後戻りはできん…」彼は弱々しく言った。「私はもう…」
「まだ遅くはない」鈴木先生は静かに手を差し伸べた。「かつての同僚として言う」
灰塚燃はその手を見つめ、迷いの表情を見せた。だが、突然彼の体が光り始めた。
「これは…!」彼は驚愕の表情を浮かべた。「『炎の五芒星』の契約が…」
彼の体から赤い光が漏れ出し、痛みに顔を歪めた。
「どうした?」ハヤテが尋ねた。
「『炎の五芒星』には契約がある」鈴木先生が説明した。「任務に失敗すれば、本人の意志に関わらず強制帰還されるのだ」
灰塚燃の体がどんどん透明になっていく。
「鈴木…」彼は苦しそうに言った。「教団の本当の目的…それは…」
だが、言葉を終える前に、彼の姿は完全に消え去った。
「燃…」鈴木先生は虚空を見つめた。
山頂に静寂が戻った。雨も止み、霧も晴れていた。
「先生」ハヤテが静かに尋ねた。「灰塚さんの言おうとしていたことは?」
鈴木先生は深いため息をついた。「分からん。だが、彼の目に見た迷いから察するに、『灼熱教団』の内部にも変化があるのかもしれない」
雪村凛が近づいてきた。「結界石は無事です。応急処置はしましたが、完全な修復には時間がかかるでしょう」
「ありがとう、雪村さん」鈴木先生は感謝の言葉を述べた。「あなたが来てくれなければ、危なかった」
雪村凛は小さく首を振った。「風間家の連絡と、この子たちの共鳴があったからこそです」
彼女はハヤテとリリィを見た。「素晴らしい共鳴でした。まだ若いのに、これほどの力を引き出せるとは」
リリィは照れたように微笑んだ。「ありがとうございます。でも、まだまだ修行が必要です」
「ああ」ハヤテも頷いた。「もっと強くならなければ」
「二人とも」鈴木先生が真剣な表情で言った。「今日の戦いは始まりに過ぎない。『炎の五芒星』はまだ三人残っている」
雪村凛も頷いた。「そして、各地の門も危険にさらされている。私たちは連携して戦わなければならない」
「他の門は無事なんですか?」リリィが心配そうに尋ねた。
「風間ユズキたちが『霧氷の門』を守りきったと連絡があった」雪村凛は答えた。「しかし、関西の『炎渦の門』との連絡が取れていない」
「焔霧の剣士…」鈴木先生が呟いた。「彼らも戦っているのだろうか」
「明日、私は関西に向かう」雪村凛は宣言した。「状況を確かめに」
ハヤテは決意の表情で言った。「俺たちも行きます」
「いや」鈴木先生が遮った。「お前たちはここに残れ。東京の『月蝕の門』を守るのがお前たちの役目だ」
リリィは不満そうな表情を見せたが、理解していた。「分かりました…」
「だが、訓練はさらに厳しくする」鈴木先生は続けた。「次は今日のように助けが来るとは限らない」
ハヤテとリリィは頷いた。
「今日から、本格的な『共鳴訓練』を始めよう」鈴木先生は言った。「今日見せた力は、まだお前たちの持つ力のほんの一部だ」
「本当ですか?」リリィは目を輝かせた。
雪村凛が微笑んだ。「ええ。本来の共鳴は、二人の魂が完全に一つになった時に発揮される。それは伝説の力だと言われています」
「伝説…」ハヤテは思わず呟いた。
「さあ、神社に戻ろう」鈴木先生が言った。「休息が必要だ」
四人は山を下り始めた。空には夕焼けが広がり、神社の鳥居が赤く染まっていた。
「ねえ、ハヤテくん」リリィが小声で言った。「共鳴の中で、わたし、ハヤテくんの思い出を見たの」
ハヤテは少し赤くなった。「え?」
「小さい頃、おじいちゃんと一緒に修行していた時の」リリィは優しく微笑んだ。「すごく頑張っていたね」
「お前も」ハヤテは少し恥ずかしそうに言った。「海外での修行、大変だったな」
リリィは驚いた表情を見せた。「あ、それも見えたんだ…」
二人は互いを見つめ、小さく笑いあった。共鳴によって、彼らの絆はさらに深まったようだった。
「明日からの特訓」ハヤテが言った。「頑張ろう」
「うん!」リリィは元気よく頷いた。「もっと強くなって、一緒に門を守るよ」
その時、鈴木先生が突然立ち止まった。
「先生?」ハヤテが尋ねた。
鈴木先生は神社の方を見つめていた。「何か…違和感がある」
雪村凛も足を止め、目を閉じて周囲の気を感じた。「確かに…何か」
四人は警戒しながら神社に向かった。境内に入ると、本殿の前に一人の少女が立っていた。
赤い巻き髪の少女。
「あれは…!」鈴木先生が声を上げた。
「『炎の五芒星』の一人…『紅園 灯』!」雪村凛も身構えた。
赤い髪の少女は振り向き、無邪気な笑顔を浮かべた。
「あら、帰ってきたの?」彼女は子供のような声で言った。「待ってたよ〜」
「何をしに来た?」鈴木先生が厳しい声で問うた。
紅園灯は頭を傾げた。「灰塚さんが帰ってこないから、様子を見に来ただけだよ?」
彼女は周囲を見回した。「あれ?灰塚さんは?」
「強制帰還された」雪村凛が冷静に答えた。
「そっか〜」紅園灯は少し残念そうに言った。「失敗しちゃったんだね」
彼女は突然、表情を変えた。その目が赤く光る。「じゃあ、私がやっつけちゃおうかな?」
「姑息な」ハヤテが前に出た。「先ほどの戦いで疲れた隙を突くつもりか」
紅園灯は彼を見て、また無邪気な笑顔に戻った。「違うよ〜。今日はただ挨拶に来ただけだよ」
彼女は本殿に視線を向けた。「ここに『月蝕の心臓』があるんだよね?」
「!」鈴木先生が緊張した。
「教えないよ〜」紅園灯は楽しそうに言った。「今日は見るだけ。次に来る時は、ちゃんと奪いに来るね」
彼女は踊るように回転し、「じゃあね〜」と言って、赤い炎に包まれた。
「待て!」雪村凛が動こうとした時には既に遅く、紅園灯の姿は消えていた。
「逃げたか…」鈴木先生は眉をひそめた。
「なぜ戦わなかったのだろう」雪村凛は不思議そうに言った。
「警戒していたんだろう」ハヤテが言った。「三人がかりで灰塚を倒したことを知って」
「情報収集が目的だったのね」リリィが理解した。
「いずれにせよ、次は彼女が来るということだ」鈴木先生は重い声で言った。「『月蝕の心臓』を狙って」
「『月蝕の心臓』…」リリィは不安そうに言った。「それがあれば門を操れるんですよね」
「そうだ」鈴木先生は頷いた。「『月蝕の心臓』は門の核となる結晶だ。それを持つ者は、門を開くことができる」
「今までそんな大事なものがあることを、なぜ教えてくれなかったんですか?」ハヤテが問いただした。
鈴木先生は深く息を吐いた。「『月蝕の心臓』の存在は、門の守護者のみが知る秘密だった。だが、『灼熱教団』は既に知っているようだ」
「紅園灯が攻めてくるのは時間の問題」雪村凛が言った。「準備が必要だ」
「ああ」鈴木先生は頷いた。「二人とも、明日から特別な訓練を始める。『共鳴』の力をもっと引き出す方法を教える」
ハヤテとリリィは互いを見つめ、そして決意の表情で頷いた。
「頑張ります」リリィが言った。
「何があっても、『月蝕の心臓』は渡さない」ハヤテも固く誓った。
夕闇が神社を包み込み始めていた。彼らの戦いは、まだ始まったばかりだった。
翌日の朝、霧島学園の屋上。
ハヤテとリリィは早朝から共鳴の練習をしていた。昨日の戦いから学んだことを基に、二人は新たな形の共鳴を模索していた。
「もう一度」ハヤテが言った。
二人は向かい合って立ち、共鳴の石を握りしめた。石から赤い光が漏れ出すが、昨日のような強い共鳴には至らない。
「どうして…」リリィは少し落ち込んだ声で言った。「昨日はできたのに」
「緊急時と平常時では違うんだろう」ハヤテは冷静に分析した。「感情の高まりが影響しているのかもしれない」
「感情…」リリィは考え込んだ。彼女の『エモーショナル・マジック』は感情によって強さが変わる。共鳴も同じなのだろうか。
「昨日、何を考えていた?」ハヤテが尋ねた。
リリィは少し赤くなった。「えっと…ハヤテくんを守りたいって」
ハヤテも少し顔を赤らめた。「俺もだ。お前を守りたいと思った」
二人は互いを見つめ、そして再び共鳴の石を握りしめた。今度は、昨日の感情を思い出しながら。
石の光が強くなり、二人の周りを包み始めた。
「できてる…!」リリィが喜びの声を上げた。
その時、屋上のドアが開き、鈴木先生が現れた。
「よく来ていたな」彼は二人を見て言った。
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