第12話 「共鳴の秘密」
放課後、ハヤテとリリィは約束通り、学校の裏手にある小さな森へと向かった。ここは普段から彼らが特訓を行う場所だが、今日は特別な緊張感が漂っていた。
「黒炎滅との戦いで分かったことがある」
木々に囲まれた小さな空き地で、ハヤテは真剣な表情でリリィに向き合った。
「俺たちの力の『共鳴』は、単なる噂や伝説ではない。実際に効果があった」
リリィは頬を赤らめながら頷いた。
「わたしも感じたわ。あなたに触れた時、魔力が安定したの。今までにない感覚だった」
「だからこそ、この『共鳴』を極める必要がある」
ハヤテは決意を込めて言った。「凛さんから聞いた話を思い出してみてくれ」
リリィは目を閉じ、雪村凛の言葉を思い出した。
「忍術と魔法の共鳴には三つの段階があると言われています」
凛は二人に語った。「第一段階は『接触共鳴』。互いに触れることで力が安定し、強化される」
「第二段階は『心の共鳴』。二人の心が一つになることで、新たな力が生まれる」
「そして第三段階、『魂の共鳴』。これは伝説の領域。二人の魂が完全に調和し、究極の力を引き出せると言われています」
「私たちはまだ第一段階の入り口にいるわね」
リリィは目を開けて言った。
「ああ」
ハヤテは頷いた。「まずは、この『接触共鳴』を完全に使いこなせるようになるべきだ」
彼は少し考えた後、リリィに手を差し出した。
「手を取ってくれ」
リリィは躊躇いながらも、ハヤテの手を取った。二人の手が触れた瞬間、微かな光が彼らの周りに漂った。
「感じるか?」
ハヤテは静かに尋ねた。「力の流れが変わる」
「うん…」
リリィは目を閉じ、その感覚に集中した。「あなたの力が私に流れ込んで…私の魔力があなたに…」
「この状態で、互いの力を高め合うんだ」
ハヤテは説明した。「俺は忍術の気を集中し、お前は魔力を安定させる」
二人は黙々と練習を続けた。時間が経つにつれ、彼らの周りの光は少しずつ強くなっていった。
「よし、次のステップだ」
ハヤテは決意を込めて言った。「同時に技を放ってみよう」
「同時に?」
リリィは不安そうに尋ねた。
「ああ。俺は風の忍術、お前は光の魔法だ」
ハヤテは目の前の木を指さした。「あの木を目標にする」
リリィは少し緊張した様子で頷いた。
「わかった。やってみる」
二人は手を握ったまま、もう一方の手を目標に向けた。
「風神切り!」
「光風旋!」
二人の技が放たれた瞬間、予想外のことが起きた。風と光が混ざり合い、まばゆい光の嵐となって木に吹き付けた。木は根元から粉々になり、周囲の地面にも深い溝が刻まれた。
「す、すごい…」
リリィは目を見開いた。「こんな威力になるなんて」
ハヤテも驚きを隠せなかった。
「これが共鳴の力か…」
その時、不意に森の奥から拍手の音が聞こえてきた。
「見事な共鳴ね」
女性の声がした。「期待以上の力だわ」
木々の間から現れたのは、金髪の美しい女性だった。彼女は深紅のドレスを身にまとい、優雅に歩いてきた。
「琥珀焔…!」
ハヤテは警戒しながら、リリィを守るように前に立った。
「ええ、その通り」
琥珀焔は優雅に微笑んだ。「『炎の五芒星』の一人、琥珀焔よ」
「何の用だ」
ハヤテは冷静に尋ねた。
「黒炎の報告を確かめに来ただけ」
彼女は二人を値踏みするように見た。「確かに興味深い組み合わせね。忍者と魔法使い…しかも共鳴の才能を持つなんて」
「あなたたちの計画は止める」
リリィは恐怖を押し殺して言った。「『大いなる門』を開くことは許さない」
「そう?」
琥珀焔は楽しそうに笑った。「でも、もう手遅れよ。四つの『心臓』のかけらはすでに私たちの手にある。残るは『月蝕の心臓』だけ」
「見つけられるものなら見つけてみろ」
ハヤテは挑発するように言った。
「ふふ、そう簡単には見つからないでしょうね」
琥珀焔は認めるように頷いた。「だからこそ、別の手段を講じることにしたの」
「別の手段?」
リリィは不安そうに尋ねた。
「ええ」
琥珀焔は指を鳴らした。「例えば、あなたたちの大切な人を人質にするとか」
その言葉に、ハヤテは血相を変えた。
「何だと…?」
「安心して」
琥珀焔は手を振った。「まだ実行してないわ。ただ、選択肢の一つとして考えているだけ」
「卑劣な…」
リリィは怒りに震えた。
「卑劣?」
琥珀焔は首を傾げた。「私たちは世界を救うために戦っているのよ。手段を選んでいる余裕はないわ」
「世界を救う?」
ハヤテは冷ややかに問いかけた。「異能力者による支配が、どうして世界を救うことになる?」
「あなたたちには理解できないでしょうね」
琥珀焔は悲しそうに微笑んだ。「この世界がどれだけ腐敗しているか。力を持たない者たちが、いかに世界を汚しているか」
「それは違う!」
リリィが叫んだ。「力のない人たちにも、素晴らしい心や才能がある。私のお父さんは普通の人間だけど、とても優しくて…」
「そう」
琥珀焔は興味深そうに見つめた。「あなたは混血なのね。それで力が不安定なのかもしれないわ」
彼女は手を伸ばし、指先に小さな炎を灯した。
「さて、私も少し試させてもらおうかしら」
琥珀焔は両手を広げると、彼女の指先から赤い糸のような炎が放たれた。それは美しい舞のように空中を舞い、次第に彼女の周囲に炎の壁を形成していった。
「見とれていないで、準備して!」
ハヤテはリリィの手を強く握った。
「う、うん!」
リリィは緊張しながらも頷いた。
「炎蝶舞!」
琥珀焔が右腕を振るうと、無数の蝶の形をした炎が二人に向かって飛んできた。
「水盾!」
リリィが呪文を唱えると、彼女とハヤテの前に水の壁が現れた。しかし、炎の蝶はその壁をすり抜け、二人の周りを回り始めた。
「通常の水では消せない炎よ」
琥珀焔は優雅に説明した。「感情の炎だから」
「感情の…」
リリィの目が大きく開いた。「それなら!」
彼女はハヤテの手をさらに強く握り、目を閉じた。
「エモーショナル・マジック・感情浄化!」
リリィの体から青白い光が放たれ、炎の蝶に触れると、それらは徐々に色を失い、消えていった。
「おや?」
琥珀焔は眉を上げた。「感情を操る魔法?なかなか興味深いわ」
しかし、彼女はすぐに別の攻撃を仕掛けてきた。
「炎獅子牙!」
巨大な獅子の頭の形をした炎が、轟音とともに二人に襲いかかった。
「これは…!」
ハヤテは咄嗟にリリィを抱きかかえ、横に飛んだ。しかし、炎の獅子は彼らを追いかけて方向を変えた。
「逃げられないわ!」
琥珀焔は勝ち誇ったように笑った。
その時、ハヤテの頭に閃きが走った。
「リリィ、もう一度共鳴だ!今度は俺の術に合わせて!」
リリィは即座に理解した。
「わかった!」
ハヤテが印を結び始めると、リリィはその手に自分の手を重ねた。
「忍法・水影の術!」
「エモーショナル・マジック・流水共鳴!」
二人の前に現れたのは、通常の水鏡ではなく、青く輝く巨大な水の壁だった。炎の獅子がそれに飛び込むと、獅子は水中で苦しみながらも消えることなく、むしろ水の中で泳ぎ始めた。
「なっ…!」
琥珀焔は初めて動揺を見せた。
「水の中の炎…」
リリィは目を見開いた。
「いくぞ、リリィ!」
ハヤテは叫んだ。「あの炎を、俺たちの力にする!」
二人は手を繋ぎ、もう一方の手で印を結んだ。
「忍魔法・逆転共鳴!」
水中の炎の獅子が突然方向を変え、琥珀焔に向かって泳ぎ始めた。
「まさか…私の炎を…!」
琥珀焔は驚きの表情を浮かべた。彼女は慌てて両手を突き出し、炎の壁を作り出したが、水と炎が混ざり合った獅子はその壁を易々と突き破り、彼女に迫った。
最後の瞬間、琥珀焔の体が炎に包まれ、彼女は消えた。攻撃が当たった場所には、焦げ跡一つ残っていなかった。
「逃げた…?」
リリィは息を切らしながら尋ねた。
「ああ」
ハヤテも肩で息をしていた。「転移の魔法か何かだろう」
二人はしばらくその場に立ち尽くし、起きたことを理解しようとした。
「私たち、共鳴できたね」
リリィは少し照れながら言った。
「ああ」
ハヤテも頷いた。「しかも、思った以上の力だ」
「でも、彼女は本気を出していなかったわ」
リリィは冷静に分析した。「私たちの力を試すために来ただけ」
「そうだな」
ハヤテも同意した。「だが、俺たちも彼らの力を知ることができた」
ハヤテはふと、遠くを見つめた。
「琥珀焔も黒炎滅も、俺たちの共鳴に興味を示していた。なぜだ?」
「わからない…」
リリィも首を傾げた。「でも、確かなのは、彼らが私たちを警戒し始めたということ」
「そして、彼らは『月蝕の心臓』を狙っている」
ハヤテは思い出したように言った。「俺たちが持っている『心臓』のかけらを」
ハヤテは内ポケットから小さな布袋を取り出した。そっと開くと、中には青白く光る小さな結晶のかけらがあった。
「これが『月蝕の心臓』のかけら…」
リリィは神秘的な光に見入った。
「ああ。祖父が言っていた通り、かけらは複数の場所に分散されている。俺たちが持っているのはその一つだ」
「私たちはこれを守らなきゃ」
リリィは決意を新たにした。
「そして、彼らの計画を阻止しなければならない」
ハヤテも頷いた。「だが、そのためには、もっと強くならなければ…」
二人がそう話している時、突然、木々の間から鈴木先生が現れた。
「二人とも、無事か?」
彼は心配そうに尋ねた。
「先生!」
二人は驚いて振り返った。
「な、何をしているんですか?」
リリィが動揺した様子で尋ねた。
鈴木先生は眼鏡を直すと、普段とは違う真剣な表情で言った。
「私も『守護者』の一人だ。お前たち二人を見守るよう、守さんから頼まれていた」
「先生が…?」
ハヤテは驚きを隠せなかった。
「そうだ」
鈴木先生は頷いた。「私は普通の人間だが、異能世界のことは知っている。そして、今起きていることも」
「でも、どうして私たちを?」
リリィが尋ねた。
「お前たち二人は特別だ」
鈴木先生は優しく言った。「忍者と魔法使いの共鳴は、五百年に一度の才能と言われている。だからこそ、守さんとエリザベスさんは、お前たちに『心臓』のかけらを託したんだ」
「五百年に一度…」
ハヤテはつぶやいた。
「そう、前回『灼熱教団』が現れた時と同じ時期だ」
鈴木先生は説明した。「その時も、忍者と魔法使いの共鳴で彼らを止めた。だが今回は、彼らも前回の敗北から学んでいる」
「だから、私たちを警戒しているんですね」
リリィが理解を示した。
「その通り」
鈴木先生は頷いた。「さて、ここは安全ではない。学校に戻ろう。そして放課後は、わたしの家で特訓だ」
「先生の家で?」
ハヤテは驚いた。
「ああ」
鈴木先生は微笑んだ。「私の家には、共鳴の力を高める装置がある。守さんが用意したものだ」
三人が学校に戻る途中、リリィはハヤテに小声で尋ねた。
「信じていいのかな?」
「ああ」
ハヤテは頷いた。「祖父の友人なら間違いない」
しかし、ハヤテの心の奥底には、わずかな不安が残っていた。鈴木先生のことは知っていたが、彼が『守護者』だとは聞いていなかったからだ。
学校に戻ると、すでに昼休みは終わり、午後の授業が始まっていた。二人は急いで教室に向かった。
鈴木先生は職員室へと向かいながら、携帯電話を取り出した。
「守さん、接触しました。予定通り、今夜特訓を始めます」
電話の向こうから、相良守の声が聞こえた。
「頼むぞ。時間がない」
「はい」
鈴木先生は応えた。「それから…『炎の五芒星』の二人が現れました。黒炎滅と琥珀焔です」
「なに?」
守の声が緊張を帯びた。「無事か?」
「はい、二人とも無事です。それどころか、見事な共鳴を見せました」
「そうか…」
守の声にはわずかな安堵が混じっていた。「では、計画通り進めよう」
「わかりました」
鈴木先生は電話を切り、窓の外を見た。そこには、遠くの空に不気味な赤い雲が渦巻いているのが見えた。
「始まっている…」
彼はつぶやいた。「五つの門が反応し始めている」
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