第10話 「学園の危機」


夜の闇が深まる中、拓海の車は学校へと急いでいた。車内は緊張に包まれ、誰も口を開こうとしなかった。

ハヤテは窓の外を見つめながら、頭の中で作戦を練っていた。「人質を救出するには、まず『灼熱教団』のメンバーの数と配置を把握する必要がある」

「私の霊視で探れるわ」ユズキが静かに言った。「でも、近づく必要があるの」

リリィは心配そうに自分の指輪——『血の誓約』の証——を見つめていた。「私たちが行くことで、クラスメイトたちが危険にさらされないといいけど…」

「『灼熱教団』が何を企んでいるのか」真琴が眉をひそめた。「単なる人質事件ではないと思うわ」

拓海はバックミラー越しに一同を見た。「学校の近くまで来ました。この先は車で行くと目立ちます」

彼は人気のない路地に車を停め、全員が降りた。学校までは徒歩で10分ほどの距離だった。

「まずは偵察よ」真琴が言った。「私が水の分身を送って様子を見てくる」

彼女は小さな水の球を手のひらに作り出し、それに息を吹きかけると、球は人型に変形し、すぐに透明になった。水の分身は音もなく夜の闇に溶け込み、学校方向へと消えていった。

「素晴らしい能力ですね」ユズキが感心した様子で言った。

「霧島家に伝わる『水影の術』よ」真琴は微笑んだ。「それより、私も霊視を試してみるわ」

彼女は目を閉じ、念を集中させた。「学校には…赤い外套の人間が少なくとも十人…校長室に三人…体育館に五人…残りは校舎内を巡回している…」

「人質は?」ハヤテが緊迫した声で尋ねた。

「体育館に…約30人の生徒と…数人の教師が…」真琴は額に汗を浮かべながら言った。

突然、彼女の体が震え、目を開いた。「近づいてくる…強い気配…」

「見つかった?」リリィが不安げに周囲を見回した。

「違う」真琴は震える声で言った。「『炎の五芒星』の一人…琥珀 焔が学校に到着した…彼女の力が…私の霊視を妨害している…」

拓海は妹の肩に手を置いた。「無理するな」

「作戦を立てましょう」ユズキが言った。「正面から行くのは危険です。裏口から忍び込むべきです」

ハヤテはうなずき、「だが、まず人質を安全に避難させる必要がある」と言った。

「分担して行動しましょう」拓海が提案した。「私とユズキさんは屋上から侵入して、校長室の状況を確認します」

「私とリリィは体育館へ向かう」ハヤテが決意を固めた。「人質の救出を優先する」

「私は水の結界を張って、『灼熱教団』の増援を阻止するわ」真琴が言った。彼女はまだ少し青ざめていた。

リリィはハヤテの手を握り、「ハヤテくん…私、怖いよ」と小さな声で言った。

ハヤテは彼女の手をしっかりと握り返した。「大丈夫、必ず守る。俺たちには『血の誓約』の力がある」

彼は祖父から受け取った巻物を確認し、忍具を整えた。リリィもおばあちゃんからもらったペンダント「星の涙」を胸に抱いた。

「行くぞ」拓海が合図し、四人は学校へと近づいていった。

夜の闇に溶け込むように、彼らは学校の裏手へと回り込んだ。フェンスを越え、ハヤテは忍びの技で警戒の目を欺き、全員を無事に校庭へと導いた。

「ここで別れましょう」拓海が言った。「何かあったら、これを使って連絡を」

彼は全員に小さなイヤホンを渡した。「霧島家特製の『意念通信機』です。念を込めて話せば、全員に伝わります」

一同はうなずき、それぞれの持ち場へと散っていった。真琴は校門付近で待機し、水の結界の準備を始めた。拓海とユズキは校舎の外壁を忍者のごとく登り、屋上を目指した。

ハヤテとリリィは体育館へと向かった。暗闇の中、二人は息を殺して進んだ。

「人の気配がする」ハヤテは小声で言った。「体育館の外に見張りが二人…」

「どうやって突破するの?」リリィが不安そうに尋ねた。

ハヤテは考え込んだ表情になり、「一つ方法がある」と言って、巻物を少しだけ開いた。

「影縫いの術…」彼は呟き、指で複雑な印を結んだ。

彼の影が床を這うように伸び、見張りの足元まで届くと、音もなく二人の影と繋がった。見張りの二人は突然動けなくなり、声を上げる間もなく、意識を失った。

「すごい…」リリィは目を丸くした。

「じいちゃんの術だ」ハヤテは汗を拭いながら言った。「だが、使うたびに体力を消耗する」

二人は慎重に体育館の入り口に近づいた。中からは小さな泣き声や囁き声が聞こえてきた。

「どうやって入る?」リリィが尋ねた。

「正面からは無理だ」ハヤテは天井を見上げた。「屋根裏からなら…」

彼は体育館の側面を見つめ、「あそこだ」と壁の小さな通気口を指さした。

二人は隠れるように壁に沿って移動し、通気口の下まで来た。ハヤテは素早く忍具から細い針を取り出し、通気口のネジを外していった。

「よいしょ…」彼は通気口を開け、中を覗いた。暗い空間の向こうに、体育館の内部が見えた。

「リリィ、俺の後について来て」

二人は狭い通気口をくぐり抜け、体育館の屋根裏へと忍び込んだ。下を覗くと、床に座らされた生徒たちと教師たちが見えた。体育館の中央には、紅園 灯とその部下らしき二人が立っていた。

「相良ハヤテと星乃リリィがまだ来ないわね」灯の甘ったるい声が響いた。「もう少し待ってあげましょう…でも、時間切れになったら…」

彼女は指先から小さな炎を灯し、不気味に笑った。

「あの子は『炎の五芒星』の一人…」リリィが息を飲んだ。

ハヤテは状況を分析しながら、拓海たちに意念通信で連絡した。「体育館に到着。『炎の五芒星』の紅園 灯が人質を見張っている。他に二人の教団メンバーがいる」

「了解」拓海の声が頭の中に響いた。「こちらは校長室へ到着。火野 煌と灰塚 燃、それに黒炎 滅がいる。校長と数人の教師が人質になっている」

「琥珀 焔は?」ハヤテが尋ねた。

「校内を巡回しているようだ」拓海が答えた。「今は職員室にいる」

「真琴」ハヤテが呼びかけた。「結界はどうだ?」

「完成したわ」真琴の声が応えた。「校舎を水の膜で囲んだから、外からの侵入者は感知できるわ」

ハヤテは再び下を見つめた。「作戦を実行する。リリィ、準備はいいか?」

リリィはうなずき、「星の涙」を握りしめた。「私、頑張る」

ハヤテは最後の指示を出した。「全員に告ぐ。合図と同時に行動開始。拓海さんとユズキさんは校長室突入、俺とリリィは体育館の人質救出、真琴さんは外部からの援軍を阻止」

「了解」全員の声が重なった。

ハヤテは深く息を吸い、「それでは…行くぞ!」

彼の合図と同時に、リリィが「星の涙」のペンダントを掲げた。「星よ、光あれ!」

ペンダントから眩しい光が放たれ、体育館内を一瞬で照らし出した。紅園 灯たちが驚いて目をしかめる隙に、ハヤテは天井から飛び降り、巻物を広げた。

「影縫いの術・拡大版!」

彼の影が床全体に広がり、紅園 灯と部下二人の影を捉えた。三人は一瞬動きを止め、苦しそうに身をよじった。

「な、何!?」灯が悲鳴を上げた。

ハヤテは人質たちに向かって叫んだ。「みんな、急いで外へ!」

混乱する生徒たちに、リリィが天井から降りてきて指示を出した。「こちらよ!急いで!」

体育館の非常口が開き、生徒たちが次々と外へと逃げ出していった。

「く、くそっ…」紅園 灯が歯ぎしりした。「このままじゃ…」

彼女の体から突然、強い炎が噴き出した。「甘く見ないでよ!」

ハヤテの影縫いの術が炎に焼かれ、三人は解放された。灯は怒りに顔を歪め、両手から炎の渦を巻き起こした。

「全員焼き尽くしてやる!」

そのとき、リリィが前に出て、「星の涙」から力を引き出した。「星光の盾!」

透明な光の壁が現れ、炎の攻撃を防いだ。

「ハヤテくん、人質を逃がして!私が足止めするから!」

「リリィ…」ハヤテは一瞬迷ったが、すぐに決断した。「わかった、頼む!」

彼は残りの生徒たちと教師たちを集め、非常口へと誘導した。リリィは紅園 灯と対峙していた。

「あら、星乃家の小娘かしら?」灯は嘲笑うように言った。「あなたの力、私が奪ってあげる!」

リリィは恐怖を押し殺し、「星の涙」の力を最大限に引き出した。「星光の矢!」

ペンダントから数十の光の矢が放たれ、灯に向かって飛んでいった。灯は炎の壁を作り出し、矢を消し去った。

「そんな程度?」灯は笑った。「本当に『血の誓約』を結んだ相手なの?弱すぎるわ!」

リリィは焦りを感じながらも、集中を保った。「まだよ…」

彼女は「星の涙」を胸に抱き、星乃家の呪文を唱え始めた。「星よ、我が祖先の力よ…今こそ私に力を…」

同時に、校長室では拓海とユズキが火野 煌たちと対峙していた。拓海は水の刃を操り、ユズキは霊障結界を張って校長たちを守っていた。

「久しぶりだな、風間の娘よ」火野が冷たく言った。「父上にはよろしく言っておけ」

「あなたが…」ユズキの顔色が変わった。「風間家と何の関係が…」

「教えてもらっていないのか?」火野は笑った。「私の母は、かつて風間家の人間だった…だが、その話はまた今度にしよう」

彼は突然、手のひらに赤い結晶—『炎の心臓』—を掲げた。「この力、見せてやろう」

結晶から猛烈な熱波が放たれ、拓海の水の刃が一瞬で蒸発した。

「くっ…」拓海は後退しながら、意念通信で全員に状況を伝えた。「火野が『炎の心臓』を使った!強すぎる!」

真琴は校門で結界を維持しながら、兄の危機を感じ取った。「たくみ…」

彼女は決断し、「水流の加護」と唱えると、結界の一部を維持したまま、自分の体を水の流れに変え、校舎内へと侵入していった。

校内では、琥珀 焔が職員室から出て、廊下を歩いていた。「何かが起きている…」

彼女は鋭い感覚で異変を察知し、体育館の方向へと向かい始めた。

体育館では、リリィが精一杯紅園 灯に抵抗していたが、徐々に押されていた。

「もう限界ね」灯が優位に立ち、炎の渦を大きくしていく。「さようなら、星乃リリィ」

その瞬間、体育館の窓が砕け、真琴が水の流れとなって侵入してきた。

「リリィちゃん!」

彼女は即座に灯の炎を消し去る大量の水を呼び起こした。灯は驚いて後退した。

「水術師…」彼女は眉をひそめた。

「霧島 真琴よ」真琴は水のオーラを纏いながら言った。「『水流の守護者』の一人」

リリィは安堵の表情を浮かべたが、すぐに緊張が戻った。琥珀 焔が体育館の入り口に現れたのだ。

「紅園、何をしている」焔の冷たい声が響いた。「こんな子供たちに手こずるなんて」

「琥珀…」灯は少し恥じ入るような表情を見せた。

焔は静かに一歩前に出た。金色の髪がライトを受けて輝いていた。「私が相手になろう」

真琴はリリィを後ろに下がらせ、「気をつけて」と警告した。「この人は『炎の五芒星』の中でも特に危険よ」

焔は両手を合わせ、金色の炎を生み出した。「『黄金の炎』の力、見せてあげる」

彼女の炎は体育館全体に広がり始め、床や壁が金色に染まっていった。「この炎に触れれば、体から水分が奪われ、干からびる」

真琴は緊張した面持ちで「水流の盾」を張り、リリィを守ろうとした。しかし、金色の炎は水の盾をも徐々に蒸発させていく。

「こんな…」真琴は汗を流しながら必死に水の力を維持した。

リリィは状況の深刻さを理解し、「星の涙」の最後の力を引き出した。「私にはまだ…力が…」

彼女の体から淡い光が放たれ始めた。同時に、彼女の右手首にある『血の誓約』の印も光り出した。

「これは…」焔が驚いた表情を見せた。

リリィは光に包まれながら、静かに呟いた。「ハヤテくん…力を貸して…」

その瞬間、校舎のどこかでハヤテの『血の誓約』の印も反応し、二人の間に見えない糸が繋がった。

リリィの周りの光が爆発的に強まり、焔の金色の炎を押し返し始めた。

「星光の浄化…」

彼女の声と共に、体育館を覆っていた金色の炎が消え去り、代わりに清らかな光が満ちていった。

焔は腕で目を覆い、「この力は…」と驚きの声を上げた。

同時に、校長室では火野が「『炎の心臓』」を握りしめ、苦しそうな表情を浮かべていた。「何だ…この干渉は…」

結晶が不安定に明滅し、火野は判断を下した。「撤退だ!」

彼は灰塚と黒炎を呼び、「紅園と琥珀に連絡しろ。今日はここまでだ」と命じた。

校長室の窓が割れ、火野たちは炎の翼を生やして外へと脱出していった。ユズキと拓海は校長たちを解放しながら、状況を意念通信で全員に伝えた。

「火野たちが逃げた!」

体育館では、焔が紅園を呼び、「紅園、行くぞ」と言った。

「えぇ!?」灯は不満そうに言ったが、焔の冷たい視線に黙り込んだ。

二人は体育館の入り口へと後退しながら、「また会おう、星乃リリィ…霧島真琴…」と言い残し、姿を消した。

リリィは力を使い果たし、その場に崩れ落ちた。真琴が彼女を支え、「大丈夫?」と心配そうに尋ねた。

「うん…」リリィは弱々しく答えた。「でも…たくさん力を使っちゃった…」

ハヤテが人質を安全な場所に避難させた後、体育館に駆け戻ってきた。「リリィ!」

彼は急いで彼女の元へ駆け寄り、抱きしめた。「無事で良かった…」

リリィは彼の腕の中で微笑んだ。「ハヤテくん…みんな…無事?」

「ああ、全員無事だ」ハヤテは安心させるように言った。

拓海とユズキも体育館に合流し、「校長先生たちも無事です」と報告した。

「『灼熱教団』は撤退しました」ユズキが言った。「でも、これは一時的なものでしょう」

真琴は外の状況を確認するため、水の分身を送った。「周囲に彼らの気配はないわ。安全よ」

鈴木先生が駆け込んできた。「相良くん!星乃さん!無事だったのか!」

「先生…」ハヤテは立ち上がり、「皆さんは?」と尋ねた。

「全員無事だ」鈴木先生は安堵の表情を浮かべた。「君たちのおかげで…」

彼は辺りを見回し、「でも、あの赤い外套の連中は何者だったんだ?」と混乱した様子で尋ねた。

ハヤテたちは視線を交わした。一般人には真実を話せない。

「危険な過激派団体です」拓海が冷静に答えた。「詳細は言えませんが、警察に任せましょう」

鈴木先生は納得していないようだったが、それ以上は追及しなかった。

「とにかく、全員が無事で良かった」彼は深いため息をついた。「明日から当分の間、学校は休校にするよ」

拓海は真琴と目を合わせ、「私たちは帰りましょう」と言った。「守さんとエリザベスさんが心配しています」

全員がうなずき、学校を後にする準備を始めた。リリィはまだ歩けない状態だったので、ハヤテが彼女を背負った。

「ありがとう、ハヤテくん」リリィは彼の背中にもたれかかり、小さな声で言った。

「礼を言うのはこっちだ」ハヤテは優しく応えた。「あなたの力がなければ、みんなを救えなかった」

学校を出る前に、ユズキが不思議そうな表情で立ち止まった。「何か忘れている気がする…」

「何か?」拓海が尋ねた。

ユズキは首を振った。「いいえ、気のせいかもしれません…」

しかし彼女の直感は正しかった。『灼熱教団』は完全に撤退したわけではなかった。校舎の影で、黒炎 滅が一人、静かに彼らを見つめていた。

「血の誓約者たち…」彼は低い声で呟いた。「お前たちの力、確かに見せてもらった…」

彼は小さな黒い種のようなものを取り出し、それを地面に埋めた。「次は本気で来る…」

黒い種は地中に吸い込まれ、そこから微かな黒い炎が立ち上った。それは地面を伝い、学校全体に広がっていった。すぐに消えたが、何かを残したようだった。

黒炎 滅は満足げに立ち去った。彼は知っていた。次回の対決では、『灼熱教団』は必ず勝つと。

一方、拓海の車に乗り込んだハヤテたちは、霧島家の隠れ家へと戻っていった。今日の戦いは勝利したが、本当の戦いはこれからだった。満月まであと14日。時間は刻々と過ぎていく。

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