第9話 「五つの守護者」
霧島家の隠れ家は、奥多摩の山中にあった。木々に囲まれた日本家屋は、一見すると古い山荘にしか見えない。しかし、その内部には最新の設備が整えられ、異能者たちの活動拠点として機能していた。
「ここなら安全です」拓海は車を停め、一同を案内した。「結界も張ってあるので、簡単には見つかりません」
家の中に入ると、和風の広間が広がっていた。床の間には古い巻物や武具が飾られ、壁には水の流れを描いた掛け軸が下がっている。
「まずは休んでください」真琴が気遣うように言った。「特に守さんとエリザベスさんは」
守とエリザベスは疲れた様子で座布団に腰を下ろした。ハヤテたちも彼らの周りに座る。
「霧島さん、本当にありがとう」リリィが感謝の言葉を述べた。「あなたが来てくれなかったら...」
真琴は優しく微笑んだ。「気にしないで。私たちは仲間だもの」
「でも、どうして俺たちのことを?」ハヤテが不思議そうに尋ねた。「学校では普通の関係だったのに」
「あなたたちのことは前から知っていたわ」真琴は説明した。「異能者同士、気配でわかるの。特に『血の誓約』を結んだ二人は、強い気配を放っているわ」
拓海が奥から茶器を持ってきて、全員に熱いお茶を注いだ。「まずは落ち着いて、状況を整理しましょう」
守はお茶に口をつけ、少し元気を取り戻したようだった。「『灼熱教団』の目的は、『五つの門』を開くことだ。特に関西の『炎渦の門』が最初のターゲットのようだな」
「そして彼らは『炎の心臓』を手に入れた」エリザベスが心配そうに言った。「あれは危険すぎる」
「『炎の心臓』について、詳しく教えてください」ユズキが尋ねた。
守は目を閉じ、遠い記憶を呼び戻すように語り始めた。「30年前、私とエリザベスが『月蝕の門』を封じた時、異世界からいくつかの『結晶』が漏れ出していた。『炎の心臓』はその中でも最も強力なものだ」
「それぞれの『門』には、対応する『結晶』があるんです」エリザベスが続けた。「『月蝕の心臓』、『極光の心臓』、『霧氷の心臓』、『炎渦の心臓』、そして『噴火の心臓』...」
「それらは本来、異世界に存在するもの」守が説明した。「だが、『門』が開きかけた時に、この世界に漏れ出すことがある。それを持つ者は、対応する『門』を操る力を得る」
拓海が眉をひそめた。「つまり、『炎の心臓』を持つ火野 煌は、『炎渦の門』を自由に操れるということですか?」
「完全にではないが、かなりの程度まで」守は頷いた。「だからこそ危険なんだ」
「でも、どうやってそれを手に入れたの?」リリィが尋ねた。「30年前に封印したんでしょう?」
エリザベスは悲しげに首を振った。「封印の場所を知る者が裏切ったのかもしれない。または...」
「または?」ハヤテが促した。
「または、彼らが異世界と交信して、新たに召喚した可能性もある」エリザベスの表情は暗く沈んでいた。
「それって可能なの?」リリィが驚いて尋ねた。
「難しいが、不可能ではない」守が答えた。「強い異能力を持つ者たちが集まれば...」
真琴はテーブルに地図を広げた。「ここが現在地です。そして、『五つの門』の位置はこちら」彼女は五つの場所に印をつけた。
「東京の『月蝕の門』、北海道の『極光の門』、東北の『霧氷の門』、関西の『炎渦の門』、九州の『噴火の門』...」ユズキが確認するように言った。
「そして、それぞれの場所に守護者がいる」真琴が続けた。「東京には相良家と星乃家、北海道には『氷雪の一族』、東北には風間家、関西には『焔霧の剣士』、九州には『火山の踊り手』...」
「それぞれの守護者たちと連絡を取る必要がある」拓海が言った。「すでに連絡を始めています」
ハヤテは考え込んだ表情で言った。「でも、『灼熱教団』は五人だけじゃない。もっと多くの信者がいるはずだ」
「そうね」エリザベスが頷いた。「『炎の五芒星』は、おそらく彼らの中核メンバーに過ぎない」
「各地の門の様子を見に行くべきだ」守が決断を下した。「分担して行動しよう」
「しかし、守さん」拓海が心配そうに言った。「あなたとエリザベスさんは、15日後の『月蝕の門』の封印更新に備えるべきではないですか?」
守は苦しそうな表情を浮かべた。「確かにその通りだが...」
「私たちが行きます」ハヤテが立ち上がり、毅然とした声で言った。「俺とリリィ、そしてユズキさん」
「でも...」守が心配そうに言いかけたが、ハヤテは強い決意を示した。
「じいちゃん、エリザベスさん、あなたたちは力を温存してください。『月蝕の門』の封印更新に全力を注いでください」
「私も協力します」真琴が手を挙げた。「私と兄も一緒に行きましょう」
エリザベスは心配そうに言った。「でも、危険すぎるわ。『炎の五芒星』は強敵よ」
「だからこそ、他の守護者たちの力が必要なんです」リリィが熱心に言った。「一人一人は弱くても、力を合わせれば...」
守はしばらく考え込んでから、ゆっくりと頷いた。「わかった。だが、無茶はするな。まずは情報収集と、守護者たちとの連携だ」
「それに」エリザベスが思い出したように言った。「各地の『門』には、それぞれ特有の『鍵』がある。それを見つけ出せれば、『灼熱教団』の計画を妨害できるかもしれない」
「『鍵』?」ハヤテが尋ねた。
「『門』を完全に開くためには、『心臓』だけでは不十分なんだ」守が説明した。「各地の『門』に対応する『鍵』が必要になる。それは通常、その地域に深く関わる何かだ」
「たとえば?」リリィが好奇心を示した。
「『月蝕の門』の『鍵』は、東京タワーの最上部に隠されていた古い石板だった」エリザベスが答えた。「他の『門』の『鍵』も、きっと同じように、その地域のシンボルや聖地に隠されているはずよ」
拓海はパソコンを開き、「他の守護者たちから返信が来ています」と言った。
彼はメールを読み上げ始めた。「北海道の『氷雪の一族』からは、『極光の門』に異変が感じられるとの報告。東北の風間家の本家からは、すでに対策を講じているとのこと。関西の『焔霧の剣士』からは...」
拓海の表情が曇った。「返信がありません」
「まさか...」ユズキが不安そうに言った。
「最悪の事態を想定すべきだ」守が厳しい表情で言った。「関西の守護者たちが、すでに『灼熱教団』に制圧されている可能性がある」
「九州は?」エリザベスが尋ねた。
「『火山の踊り手』からは、異常なしとの回答です」拓海が答えた。「しかし、九州の火山活動が最近活発化しているとの情報も」
「計画を立てよう」ハヤテが決意を固めた。「俺たちは関西へ向かう。『炎渦の門』と『灼熱教団』の動きを確認する」
「私は東北の本家と連絡を取り合います」ユズキが言った。
「私たちは北海道の『氷雪の一族』に連絡を取ります」真琴が拓海と目を合わせて言った。
「そして、守とわたしは『月蝕の門』の封印更新の準備をする」エリザベスが決意を示した。
リリィは不安そうな表情で言った。「でも、もし『灼熱教団』が私たちを追ってきたら...」
「ここは結界で守られています」拓海が安心させるように言った。「簡単には見つからないでしょう」
その時、ハヤテの携帯電話が鳴った。彼は画面を見て、顔色を変えた。
「どうしたの?」リリィが心配そうに尋ねた。
「鈴木先生からだ...」ハヤテは不思議そうに言った。「こんな時間に...」
彼が電話に出ると、鈴木先生の焦った声が聞こえてきた。
「相良くん!無事か?学校に『赤い外套』を着た奇妙な人たちが来て、君とリリィさんのことを探しているんだ!」
「えっ?」ハヤテは驚いて立ち上がった。
「彼らは危険だ!校長室を占拠して、君たちの情報を要求している。私は隠れて連絡しているんだ」
「先生、危険です!関わらないでください!」ハヤテは必死に言った。
「だがな、相良くん...」鈴木先生の声が震えていた。「彼らは他の生徒たちも人質にしている。何か要求があるようだ」
ハヤテは全員に状況を説明した。
「まさか学校まで...」守が顔をしかめた。
鈴木先生の声が再び聞こえてきた。「彼らは言っている...『相良ハヤテと星乃リリィが24時間以内に校舎に来なければ、人質の安全は保証しない』と...」
ハヤテは拳を握りしめた。「わかりました。行きます。先生、もう少し耐えてください」
電話を切ると、彼は決意に満ちた表情で言った。「俺とリリィは学校に戻る。人質を救出しなければならない」
「待て、ハヤテ!」守が止めようとした。「それは罠だ!」
「わかっています」ハヤテは冷静に答えた。「でも、クラスメイトや先生たちを見捨てるわけにはいきません」
リリィも立ち上がった。「私も行くわ。一緒に」
「危険すぎる」エリザベスが心配そうに言った。
「だからこそ、計画が必要です」ハヤテは周囲を見回した。「拓海さん、学校の見取り図はありますか?」
拓海はパソコンで素早く検索した。「あります。霧島学園の設計図も持っています」
「霧島学園?」リリィが驚いた。
「ええ」真琴が説明した。「私たちの学校も、実は異能者のための特別区認定校なの。表向きは普通の学校だけど」
拓海は学校の設計図を広げた。「裏口や非常階段、屋上への経路...すべてチェックしましょう」
「『灼熱教団』は何人いるかな?」ユズキが尋ねた。
「それは現場で確認するしかない」ハヤテは言った。「まずは偵察から始める」
守はため息をついた。「お前たちの決意は分かった。だが、無謀な行動は取るな。まずは状況確認だ」
「時間がない」ハヤテは急き立てた。「今すぐ出発します」
「待て」守は内ポケットから小さな巻物を取り出した。「これを持って行け。相良家の『影縫いの術』だ。危険な時には開いて使え」
エリザベスも星型のペンダントをリリィに手渡した。「これは星乃家の『星の涙』。窮地に立たされたら、これを使いなさい」
ハヤテとリリィは感謝の意を示し、それらを受け取った。
「私も行きます」真琴が立ち上がった。「水術なら、私が得意です」
「俺も」拓海が頷いた。「車で送ります」
「私も協力します」ユズキが言った。「霊視で状況を探ることができます」
守とエリザベスは互いに目を見合わせ、苦渋の決断をした。
「行くがいい」守が言った。「だが、無理はするな。状況が悪化したら、すぐに引き返せ」
「約束します」ハヤテは真剣な表情で頷いた。
拓海の車に乗り込み、一行は霧島家の隠れ家を後にした。夜空には、まだ満月には届かない月が浮かんでいた。15日後の運命の日まで、時計の針は刻々と進んでいた。
そして、彼らが知らない場所で、火野 煌は『炎の心臓』を手に、次なる計画を練っていた。赤い結晶が放つ不吉な光が、彼の顔を照らし出していた。
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