第8話 「新たな脅威」

相良家の居間。ハヤテとリリィ、そして新たに加わった風間ユズキが守とエリザベスに報告していた。

「なるほど...」守は腕を組み、眉をひそめた。「他の『門』の存在か」

「霊媒師の風間家...聞いたことがあるわ」エリザベスはユズキを注意深く観察した。「東北地方で代々、霊障を鎮める家系ね」

ユズキは丁寧に頭を下げた。「はい。祖父から伝え聞いております。星乃家とは過去にもご協力いただいたと」

「そう、確かそうだったわね」エリザベスは懐かしそうに微笑んだ。「でも、新たな危機とは...」

ユズキは真剣な表情で話し始めた。「私の霊視によれば、日本には五つの『門』が存在します。『月蝕の門』はその一つで、東京を守る要でした」

「他の四つは?」ハヤテが尋ねた。

「北海道の『極光の門』、東北の『霧氷の門』、関西の『炎渦の門』、そして九州の『噴火の門』です」ユズキは地図を広げ、印をつけながら説明した。「それぞれ異なる性質を持ち、異なる異世界と繋がっています」

「それらも開こうとしているのか?」守は厳しい表情で問うた。

ユズキは頷いた。「はい。『月蝕の門』が封じられたことで、他の『門』への圧力が高まっています。特に...」

彼女は一瞬、言葉を詰まらせた。「関西の『炎渦の門』が最も危険な状態です。すでに部分的に開きつつあります」

「それで、異能者が狙われているって話は?」リリィが心配そうに尋ねた。

「『炎渦の門』を開けようとする勢力があります」ユズキは静かに言った。「彼らは自らを『灼熱教団』と名乗り、異能者たちを誘拐または勧誘して、力を集めています」

「なぜだ?」ハヤテが鋭く問うた。

「『門』を完全に開くためには、強い異能力が必要なのです」ユズキは説明した。「特に...『血の誓約』を行った者たち、あるいはその可能性を持つ者たちが狙われています」

守とエリザベスは意味深な視線を交わした。

「私たちも、かつて同じような脅威に直面したことがある」守が静かに言った。「30年前、『月蝕の門』を封じた後もな」

「そうよ」エリザベスが頷いた。「『灼熱教団』...その名前は違っていたけれど、同じ思想を持つ集団だわ」

「でも、どうして『門』を開けようとするんだ?」ハヤテは首を傾げた。「異世界との融合が危険なことは明らかなのに」

「彼らは『新世界の到来』を信じているのです」ユズキが答えた。「異世界との融合により、選ばれた者たちが神のような力を得られると...」

「馬鹿げている」守は吐き捨てるように言った。

「でも、すでに彼らの動きが活発化しています」ユズキは心配そうに言った。「関西の異能者たちから連絡が来ているんです。『灼熱教団』のメンバーが京都や大阪で目撃されていると」

「じいちゃん、どうすればいい?」ハヤテは守を見た。

守は腕を組み、しばらく考え込んだ。「まずは情報収集だ。相良家のネットワークを使って、状況を確認する」

「私も星乃家の繋がりで、西日本の魔法使いたちに連絡を取るわ」エリザベスが言った。

「そして...」守はハヤテとリリィを見た。「お前たちはしばらく用心した方がいい。特に二人で行動する時はな」

「どうして?」リリィが不思議そうに尋ねた。

「『血の誓約』を行った二人は、強力な力を持つ」エリザベスが説明した。「その力を『灼熱教団』が狙っている可能性が高いわ」

「それにしても...」守は窓の外を見やった。夕暮れの空が赤く染まり、不吉な予感が部屋を満たしていた。「『灼熱教団』が動き出したというのは、タイミングが悪すぎる」

「どういう意味ですか?」ハヤテが尋ねた。

守は深いため息をついた。「30年前、私とエリザベスが『月蝕の門』を封じた時、実は完全には消滅させることができなかったんだ。封印を強化するために、私たちは自分たちの血と力の一部を捧げた」

エリザベスが静かに続けた。「その代償として、私たちの寿命は縮まった。そして、その封印を維持するための『更新』の時期が...」

「15日後の満月の夜」守が言い切った。「私たちは再び力を合わせて封印を強化しなければならない。だが、もう私たちの力は昔ほど強くない」

部屋に重い沈黙が落ちた。

「じゃあ、今回は私たちが引き継ぐべきなんじゃ...」ハヤテの言葉を、守は厳しい表情で遮った。

「簡単に言うな。『血の誓約』は一生に一度しかできないんだ。お前たちがすでに結んでしまった以上、『月蝕の門』の封印には使えない」

リリィは不安そうに手を握りしめた。「でも、何か方法があるはずです」

ユズキが静かに口を開いた。「ひとつ、可能性があります」

全員の視線が彼女に集まった。

「『五つの門』は互いに関連しています。一つの門の状態が他の門に影響を与えるんです。もし...他の四つの門を一時的に安定させることができれば、『月蝕の門』への負担が減り、守さんとエリザベスさんの更新も楽になるかもしれません」

「どうやって?」ハヤテが食い入るように尋ねた。

「各地の『門』の番人たちと連携するんです」ユズキは答えた。「北海道には『氷雪の一族』、東北には私たち風間家、関西には『焔霧の剣士』、九州には『火山の踊り手』...それぞれが代々『門』を監視してきました」

守とエリザベスは驚いた表情を交わした。

「そんな組織があったとは...」守が呟いた。

「隠密に活動していたので、知られていません」ユズキは説明した。「でも今は連絡を取り合っています。彼らも危機を感じています」

エリザベスはゆっくりと立ち上がった。「なら、私たちも動くべきね。各地の番人たちと連携して...」

突然、外から爆発音が響き、窓ガラスが振動した。

「なっ...!?」ハヤテが飛び上がる。

守は素早く立ち上がり、玄関へ向かった。他の四人も後に続いた。

玄関を開けると、相良家の庭に見知らぬ男女が立っていた。五人ほどで、全員が赤い外套を身につけている。

「やはりここか」先頭に立つ青年が冷ややかに言った。痩せた顔に鋭い目、黒髪に赤い筋が入っている。「『月蝕の門』の関係者...相良家と星乃家」

「貴様ら、『灼熱教団』か?」守が前に出て尋ねた。

青年は薄く笑った。「自己紹介が遅れたな。我々は『灼熱教団』の執行部、『炎の五芒星』だ。私は火野 煌(ひの あきら)」

彼の背後にいる四人も名乗り始めた。

「琥珀 焔(こはく ほむら)」金髪の女性が言った。

「灰塚 燃(はいづか もゆる)」灰色の髪の男が続いた。

「紅園 灯(べにぞの あかり)」赤い巻き髪の少女が微笑んだ。

「黒炎 滅(くろえん めつ)」最後に、顔を覆った大柄な男が低い声で言った。

火野は一歩前に出た。「話は簡単だ。お前たちに『血の誓約』の力を我々に譲渡してもらう」

「断る」ハヤテは即答した。「それ以前に、なぜ俺たちが知らない者に力なんか譲るんだ?」

「選択肢はないぞ」火野は手のひらに小さな炎を灯した。「力ずくでも構わない」

守が杖を構えた。「若造が...この相良守を舐めるなよ」

エリザベスも魔法陣を展開し始めた。「エリザベス・星乃も、まだまだ現役よ」

火野は表情を変えずに言った。「老いた力では、『炎の五芒星』には勝てん」

その瞬間、紅園 灯が不気味な笑みを浮かべ、指をパチンと鳴らした。突然、相良家の周囲に炎の壁が立ち上がった。

「逃げ場はないわ」彼女が可愛らしい声で言った。「おとなしく従ってくれたら、痛い思いはさせないのに...」

ハヤテはリリィとユズキを守るように前に立った。「たとえお前らが何者だろうと、俺たちを脅すことはできない」

リリィも勇気を出して前に出た。「そうよ!私たちは『血の誓約』で結ばれているの。その力は簡単に奪えるものじゃないわ!」

火野はゆっくりと首を振った。「奪うつもりはない。お前たちごと連れていくだけだ」

「何のために?」ユズキが尋ねる。

「『炎渦の門』を開くためだ」火野は答えた。「異世界との融合により、新しい時代が始まる。我々は神となり、この腐った世界を浄化する」

守が吐き捨てるように言った。「30年前と同じ妄言か。お前らの先輩たちも同じことを言って失敗した」

「過去の失敗は教訓になる」琥珀 焔が冷たく言った。「今回は違う。我々には『五つの門』すべてを開く計画がある」

エリザベスの顔から血の気が引いた。「まさか...全ての門を同時に!?」

「そうだ」火野は確信に満ちた表情で言った。「五つの門が開けば、この世界と異世界の境界線は完全に溶け合う。選ばれた我々だけが神となり、新世界を統べる」

「狂気の沙汰だ!」守が叫んだ。「異世界との完全な融合は、この世界の秩序を崩壊させる!数えきれない命が失われる!」

「犠牲なくして革命はない」灰塚 燃がクールに言った。

緊張が高まる中、ハヤテは冷静に状況を分析していた。五人全員と戦うのは困難だ。まずは時間を稼ぎ、情報を集めねばならない。

「お前たちの計画はいつ実行するんだ?」ハヤテが尋ねた。

火野は少し驚いたように彼を見た。「興味があるのか?」

「敵を知るためだ」ハヤテは毅然と答えた。

火野は微笑んだ。「15日後の満月の夜。すべての門が最も開きやすくなる瞬間だ」

ハヤテとリリィは視線を交わした。それは守とエリザベスが『月蝕の門』の封印を更新する予定の日だった。

「それまでに準備を整える」火野は続けた。「お前たちの力は、その時に必要になる」

守が杖を突きながら前に出た。「残念だが、お前たちの計画には協力できん。今すぐ立ち去れ」

「抵抗するつもりか」黒炎 滅が初めて口を開いた。その声は低く、不気味に響いた。

「もちろんだ」守は毅然と言った。「相良家は代々、この国の秩序を守ってきた。お前たちのような狂信者に屈するわけにはいかん」

火野の目が危険な光を帯びた。「ならば...」

彼が手を上げた瞬間、黒炎 滅が大きな動きを見せた。彼の体から黒い炎が噴き出し、相良家の庭を覆い始めた。

「退け!」守が叫び、防御の印を結んだ。エリザベスも素早く魔法陣を展開した。

黒い炎が衝撃波となって押し寄せる。守とエリザベスの防御が炎を食い止めるが、その衝撃で二人は膝をつく。

「じいちゃん!」ハヤテが守に駆け寄った。

「私は大丈夫...」守は息を切らしながら言った。「だが、このままでは危険だ」

リリィもエリザベスを支えていた。「おばあちゃん、無理しないで」

ユズキは状況を見て、決断した。「一時撤退しましょう。このままでは不利です」

「逃がさん!」紅園 灯が叫び、炎の壁をさらに高くした。

その時だった。突然、空から水柱が降り注ぎ、炎の壁の一部を消し去った。

「なっ!?」火野が空を見上げる。

屋根の上に一人の少女が立っていた。学校の制服姿で、長い青い髪が風になびいていた。

「間に合ったかな?」少女は微笑んだ。

「霧島...真琴(きりしま まこと)!」ハヤテが驚いて叫んだ。

真琴はくるりと回転しながら地面に降り立った。「ごめんね、遅れて。風間さんからの連絡で急いできたんだ」

「貴様は誰だ?」火野が睨みつけた。

「霧島学園の水術師、霧島真琴です」彼女は自己紹介し、笑顔で続けた。「あ、私も異能者よ。でも、あなたたちみたいな悪い人たちとは違うわ」

「邪魔するな!」灰塚 燃が叫び、灰色の火の玉を投げつけた。

真琴は優雅に身をひるがえし、「水流の盾」と唱えると、火の玉は水の壁に阻まれて消えた。

「みんな、この隙に!」真琴が叫んだ。「車を用意してるから!」

ハヤテは素早く守を肩に担ぎ、リリィもエリザベスを支えた。ユズキは後ろから護衛するように構えた。

「逃がさん!」琥珀 焔が金色の炎の矢を放った。

ユズキが印を結び、「霊障結界!」と唱えると、透明な壁が現れ、炎の矢を弾き返した。

「こっち!」真琴は相良家の裏門へと誘導した。そこには青いワゴン車が待機していた。

全員が車に乗り込むと、真琴は運転席に座っていた青年に「急いで!」と叫んだ。

青年はうなずき、車を発進させた。後方では『炎の五芒星』が追いかけてくるが、車はすでに加速していた。

「追えば良いのでは?」琥珀 焔が尋ねた。

火野はゆっくりと首を振った。「いや、良い。彼らの居場所は分かった。それに...」彼は意味深な笑みを浮かべた。「彼らの力を計ることができた。老いた二人はもはや脅威ではない」

「若い二人は?」灰塚 燃が尋ねた。

「奴らの『血の誓約』の力は確かに強い」火野は認めた。「だが、まだ制御しきれていない。我々の計画には影響しない」

「それより、もう一人の少女が気になるわ」紅園 灯が言った。「水術師...聞いたことないわね」

「調査しろ」火野は命じた。「すべての障害を取り除け」

彼らは相良家の庭に立ち、逃げ去る車を冷たい視線で見送った。


車内、緊張した空気が漂っていた。

「無事で良かった」運転席の青年が言った。「俺は霧島 拓海(きりしま たくみ)。真琴の兄だ」

「きりしまさん...どうして?」ハヤテが混乱した様子で尋ねた。

真琴は振り返って笑顔を見せた。「実は私たち、『水流の守護者』っていう異能者の一族なの。風間さんから連絡があって、すぐに駆けつけたわ」

「あなたも異能者だったの?」リリィが驚いて尋ねた。「学校では普通の子だと思ってた...」

真琴は小さく笑った。「それが異能者の生き方じゃない?普通に見せかけて、実は特別な力を持っている」

守はまだ息を切らしながらも、「どこへ連れていくつもりだ?」と尋ねた。

「安全な場所です」拓海が答えた。「霧島家の隠れ家へ。『灼熱教団』も知らない場所です」

エリザベスはユズキに向き直った。「あなたは知っていたの?水流の一族のことを」

ユズキは頷いた。「はい。風間家は各地の守護者たちと繋がりを持っています。危機を感じて、連絡を取ったんです」

「賢明な判断だな」守は認めた。

車は東京の喧騒を離れ、山間部へと進んでいった。窓の外には、満月に近づきつつある月が浮かんでいた。

リリィは不安そうに月を見上げた。「15日後...」

ハヤテは彼女の手を握り、「大丈夫、必ず阻止する」と静かに言った。

「でも、どうやって?」リリィは目に涙を浮かべた。「『灼熱教団』はすでに動き出してる。私たちには時間がない」

守は考え込む表情で言った。「まずは情報を集める。拓海くん、霧島家は他の守護者たちとも繋がりがあるのか?」

拓海はバックミラー越しに答えた。「はい。特に九州の『火山の踊り手』とは親交があります。彼らも『噴火の門』の異変を感じているようです」

「計画を立てなければ」エリザベスが言った。「15日後に向けて、我々にできることは...」

突然、リリィが悲鳴を上げた。彼女の体から淡い光が漏れ出していた。

「リリィ!?」ハヤテが驚いて叫んだ。

「わ、私...何かが...」リリィは自分の手を見つめた。彼女の掌から星型の光が浮かび上がっていた。

同時に、ハヤテの右手首にも同じような光が現れ始めた。

「『血の誓約』の印だ」守が緊張した面持ちで言った。「なぜ今...」

エリザベスが眉を寄せた。「まさか...『灼熱教団』が遠隔で干渉している?」

「ち、違うわ」リリィは息を切らした。「これは...警告...」

「警告?」全員が彼女に注目した。

リリィはハヤテの手を取り、二人の印を合わせた。その瞬間、車内に幻影が浮かび上がった。霧のような映像の中に、京都らしき街並みが見える。そこでは赤い外套を着た人々が、何かの儀式を執り行っていた。

「これは...『炎渦の門』!」ユズキが息を呑んだ。「彼らはすでに準備を始めている!」

幻影の中で、火野 煌が大きな魔法陣の中央に立ち、赤い結晶を掲げていた。

「あれは...」エリザベスが青ざめた。「『炎の心臓』!?それを手に入れたというの?」

幻影が消え、リリィとハヤテの印の光も弱まった。

「『炎の心臓』って何?」ハヤテが尋ねた。

守とエリザベスは重い表情で視線を交わした。

「『炎の心臓』は、かつて異世界から漏れ出た強力な力の結晶だ」守が説明した。「それを持つ者は、『門』を操る力を得る」

「30年前、我々はそれを封印したはずなのに...」エリザベスは声を震わせた。

拓海は決意に満ちた声で言った。「なら、急がないと。もし彼らが本当に『五つの門』を開こうとしているなら、我々も五つの守護者を集めるべきだ」

「そうね」真琴が頷いた。「霧島家の隠れ家で作戦会議よ。各地の守護者たちに連絡を」

車は深い山道を進みながら、闇の中へと消えていった。満月に向かって日が過ぎていく中、新たな戦いの序章が始まろうとしていた。



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