第4話 「林間学校と異変」
遂に林間学校の日が訪れた。朝早く、学生たちは興奮した様子で学校のバスターミナルに集まっていた。リュックサックを背負い、友人たちと楽しそうに話す生徒たち。その中で、ハヤテとリリィは少し離れた場所で静かに立っていた。
「大丈夫?」とハヤテが小声で尋ねた。リリィは少し疲れた表情で頷いた。
「うん…昨日の特訓、ちょっときつかったけど」彼女は弱々しく微笑んだ。「でも、魔力のコントロールは確実に良くなってるよ」
ここ数日、二人は放課後の特訓を倍に増やしていた。「月蝕の門」の兆候が強まる中、少しでも力をつけるためだ。その結果、リリィの魔力コントロールは格段に向上したが、その代償として彼女の疲労は蓄積していった。
「無理するな。林間学校の間は、修行は控えめにしよう」ハヤテが提案すると、リリィは少し驚いた表情を見せた。
「でも、時間がないよ?」
「だからこそ、体調を崩すわけにはいかない。少し休息も必要だ」
彼の真剣な眼差しに、リリィは小さく頷いた。「わかった…」
「集合してください!」担任の鈴木先生の声が響き、生徒たちが徐々に集まり始めた。「これから富士山麓の施設へ向かいます。バスの中では静かにしてください」
生徒たちは指定されたバスに乗り込み始めた。ハヤテとリリィも同じバスに割り当てられていた。
「隣、いい?」リリィが明るく聞いてきた。ハヤテは当然のように頷いた。
バスが出発し、学校の風景が徐々に遠ざかっていく。窓の外は初夏の爽やかな緑に包まれ、青空が広がっていた。しかし、その美しい景色の中に、ハヤテは時折、不自然な光の揺らぎを感じていた。
「見えた?」リリィが小声で尋ねた。彼も同じものを感じ取っていたようだ。
「ああ。『門』の影響が広がっている」
彼女の表情が暗くなった。「おばあちゃんから連絡があったの。世界各地で奇妙な現象が報告されてるんだって」
「じいちゃんも言っていた。気象パターンの乱れ、電子機器の誤作動…全て『門』の前兆らしい」
二人は心配そうに空を見上げた。一般の人々には見えない異変が、確実に進行していた。
バスは山道を登り始め、やがて富士山の裾野にある広大な施設に到着した。「富士自然学園」という看板が立っており、周囲は深い森に囲まれていた。
「すごーい!」リリィが目を輝かせた。「富士山が近くで見える!」
確かに、晴れた空に富士山の雄大な姿がくっきりと映えていた。
「みんな、荷物を持って集合してください」鈴木先生の指示に従い、生徒たちはバスを降りた。
オリエンテーションが行われ、部屋割りが発表された。女子と男子は別の棟に分かれており、ハヤテとリリィは別々の建物で過ごすことになった。
「1日目の午後は自然観察をします。夕食後はキャンプファイヤーの準備を各クラスで行い、明日の夜に本番です」
鈴木先生の説明に、生徒たちは期待に胸を膨らませた。しかし、ハヤテとリリィの頭の中は別のことでいっぱいだった。
午後の自然観察では、グループに分かれて森の中を散策した。ハヤテとリリィは別々のグループになったが、途中で偶然出会った。
「相良くん!こっちに来て!」リリィが小道の脇から手招きした。周囲に誰もいないのを確認すると、ハヤテは彼女の方へ足を向けた。
「何かあったのか?」
リリィは真剣な表情で小声で言った。「この森、気づいた?普通じゃない」
ハヤテも既に感じていた。この森には通常の自然とは違う、何か強いエネルギーが流れていた。
「ここは『気』の集まる場所だな。昔からの聖地かもしれない」
「そう!だから、ここなら特訓に最適だと思って」リリィは目を輝かせた。「夜、みんなが寝静まったら、こっそり出てこない?」
ハヤテは少し考え込んだ。確かにこの森は特訓に最適な場所だった。しかし、林間学校中に無断外出するのはリスクが高い。
「わかった。でも短時間にしよう。見つかったら大変だ」
リリィは嬉しそうに頷いた。「夜11時、食堂の裏口で待ち合わせね」
その時、グループのメンバーが彼らを呼ぶ声が聞こえ、二人は慌てて別れた。
夕食後、各クラスはキャンプファイヤーの出し物の準備を始めた。ハヤテとリリィも、クラスメイトと一緒に体育館に集まった。
「相良くんと星乃さん、出し物は考えてくれた?」クラス委員長が尋ねた。
二人は顔を見合わせた。実は、特訓に時間を取られ、ほとんど準備ができていなかった。
「あの…」リリィが困った表情を見せたが、ハヤテが口を開いた。
「簡単なクイズ大会を考えていた。日本と西洋の文化の違いについて」
その場で思いついたアイデアだったが、クラスメイトたちは興味を示した。
「いいじゃん!星乃さんがイギリスのことを教えてくれて、私たちが日本の問題を出す!」
「そうだね!衣装とか小道具も用意しよう!」
思いがけず、クラスメイトたちが積極的に協力してくれることになり、リリィはホッとした表情でハヤテに微笑んだ。
準備が進む中、突然、一瞬だけ体育館の電気が消え、すぐに戻った。
「あれ?停電?」誰かが言った。
しかし、ハヤテとリリィには分かっていた——これも「月蝕の門」の影響だ。二人は無言で目配せした。
夜11時、約束通り食堂の裏口でリリィが待っていた。彼女は黒いトレーニングウェアを着て、髪を一つに結んでいた。
「遅かったね」彼女はハヤテが近づくと小声で言った。
「見回りの先生がいたんだ。気をつけろ、今夜は巡回が厳しいぞ」
二人は周囲に気を配りながら、昼間見つけた森の小道へと向かった。月明かりを頼りに、静かに森の奥へと進んでいく。
「ここなら大丈夫かな」リリィが小さな空き地で立ち止まった。周囲には背の高い木々が生い茂り、外からは見えにくくなっていた。
「ああ。ただし30分だけだ。それ以上は危険すぎる」
彼女は頷き、準備を始めた。
「今日は、おばあちゃんから教わった特別な魔法を試してみたいの」リリィは両手を前に出し、目を閉じた。「『月蝕の門』を一時的に感知する魔法よ」
ハヤテは興味深く見守った。彼女の周りに淡い青い光が浮かび上がり、それが徐々に広がっていく。今までの特訓の成果なのか、魔力のコントロールは格段に上達していた。
「見える…」リリィが静かに呟いた。「上空に…何かの歪みがある」
彼女の言葉に、ハヤテも空を見上げた。彼の「気」を感知する能力でも、確かに空間の異常を感じ取ることができた。
「やはり…もう始まっているんだ」
リリィが魔法を解除すると、青い光が徐々に消えていった。彼女は少し疲れた様子だったが、達成感に満ちた表情を見せた。
「成功したよ!おばあちゃんが教えてくれた魔法が」
「すごいな。その魔法があれば、『門』の位置を特定できるかもしれない」
二人は森の空き地に座り、これからの対策を話し合った。冷たい夜風が吹く中、彼らの声は静かに響いた。
「封印の儀式にはどんな準備が必要なんだ?」ハヤテが尋ねた。
「おばあちゃんによると、満月の夜に特定の場所で血の契約を結ぶ必要があるんだって。そして、両家に伝わる秘術を同時に使わないといけない」
「じいちゃんも似たようなことを言っていた。問題は場所だな…」
リリィは不安そうに言った。「でも、『門』がどこで開くのか、まだ分からないよね」
「ああ。だからこそ、君の感知魔法が重要なんだ」
会話の途中、突然、森の中に奇妙な音が響いた。カサカサという音ではなく、何かが空気を震わせるような不気味な振動だった。
「!」二人は反射的に立ち上がり、背中合わせの態勢をとった。
「これは…」リリィの声が震えた。
「『門』の影響だ。現実の歪みが始まっている」ハヤテが緊張した表情で答えた。
周囲の空気が重くなり、木々の輪郭がわずかに揺らいで見えた。まるで水中で見ているように、景色全体が歪んでいる。
「早く戻った方がいい」ハヤテが判断した。「この状態で長くいると危険だ」
二人は急いで森を出ようとしたが、来た道が分からなくなっていた。方向感覚が狂い、どちらが施設の方角なのか判断できない。
「お、おかしい…」リリィが戸惑い始めた。「さっきまでこっちだったはずなのに…」
「冷静に」ハヤテは目を閉じ、忍術で感覚を研ぎ澄ました。「…こっちだ」
彼が指し示した方向に二人は歩き始めた。しかし、進めば進むほど、森が深くなっていくように感じられた。
「ハヤテ…私たち、迷ってない?」リリィが不安そうに尋ねた。いつの間にか二人は名前で呼び合うようになっていた。
「ああ…どうやら『門』の影響で空間が歪んでいるようだ」
その時、リリィが急に立ち止まった。「待って、思いついた!」
彼女は再び両手を前に出し、先ほどの感知魔法を唱え始めた。青い光が彼女の周りに広がり、今度はその光が一方向を指すように伸びていった。
「あそこ!あの方向に歪みが薄いところがある!」
ハヤテは彼女の示す方向を見た。確かに、他の場所より空間の歪みが少ない一点が見えた。
「よし、その方向だ」
二人は急いでその方向に向かった。歩くにつれて、徐々に周囲の異常感が薄れていくのを感じた。
やがて、森の端に到着すると、施設の明かりが見えた。二人はようやくホッとした表情を見せた。
「危なかった…」リリィは深く息を吐いた。
「ああ。予想以上に『門』の力が強まっている」ハヤテは真剣な表情で言った。「今夜の出来事は、じいちゃんに報告しないといけない」
施設に戻る前に、二人は互いを見つめた。
「リリィ、これからもっと危険になるかもしれない」ハヤテが静かに言った。「怖くなったら、無理しなくてもいい」
彼女は強く首を振った。「逃げないよ。私たちにしかできないことなら、最後までやり遂げるよ」
彼女の決意に満ちた瞳に、ハヤテは心を打たれた。最初は軽率に見えた転校生の少女が、今では頼もしい同志になっていた。
「わかった。じゃあ、一緒に戦おう」
二人は固く握手を交わし、こっそりと別々の寮に戻った。
翌朝、朝食の時間に二人は食堂で再会した。リリィは少し疲れた表情だったが、ハヤテを見つけると明るく手を振った。
「おはよう!よく眠れた?」彼女は元気に尋ねたが、その声には昨夜の出来事への隠された緊張感があった。
「ああ、まあまあだ」彼は小声で続けた。「昨夜のことは、絶対に他言するな」
「わかってるよ」彼女も小声で返した。
朝食後、林間学校2日目のスケジュールが発表された。午前中は近くの山でのハイキング、午後はクラスごとの自由活動、そして夜にはいよいよキャンプファイヤーが予定されていた。
ハイキングでは、クラス全員が一緒に山道を歩いた。富士山を背景に、美しい自然の中を進んでいく。しかし、ハヤテとリリィの目には、時折風景が揺らいで見える瞬間があった。他の生徒たちは気づいていないようだったが、「門」の影響は確実に強まっていた。
「先生!あれは何ですか?」突然、一人の生徒が空を指さした。
全員が見上げると、空に奇妙な光の輪が浮かんでいた。虹のようでもあり、オーロラのようでもある不思議な現象だった。
「ん?あれは…」鈴木先生も首をかしげた。「気象現象かな?珍しいね」
生徒たちは興味津々で写真を撮り始めたが、ハヤテとリリィは不安な表情で顔を見合わせた。これは明らかに「月蝕の門」の兆候だった。しかも、一般人の目にも見えるほど顕著になっていた。
「まずいぞ…」ハヤテが囁いた。
「うん…予想より早く進行してる」リリィも心配そうに応えた。
ハイキングから戻った後、午後の自由活動の時間に二人はこっそり離れた場所で会話した。
「今のままでは、冬至を待たずに『門』が開きかじめる可能性がある」ハヤテが言った。「じいちゃんに連絡を取る必要がある」
リリィも頷いた。「おばあちゃんにも教えなきゃ。でも、ここからじゃ連絡が…」
「公衆電話があるはずだ。使ってみよう」
二人は施設内の公衆電話を探し出し、まずハヤテが祖父に電話をかけた。ほどなく、祖父の厳しい声が聞こえた。
「もしもし、相良だが」
「じいちゃん、俺だ」
電話越しに状況を簡潔に説明すると、祖父の声が沈んだ。
「やはり予想よりも早い…こちらでも同じような現象が各地で報告されている。特に富士山周辺は『気』の集まる場所だから、影響が強く出るのだろう」
「どうすればいい?」
「今すぐには帰れんだろう?」
「ああ、あと2日ある」
「わかった。それまではできる限り『門』に近づくな。刺激すると、さらに開くスピードが加速する可能性がある」
「了解した」
次に、リリィが祖母に電話をかけた。彼女はハヤテの知らない言語、おそらくは英語で話していたが、表情からして同様の指示を受けたようだった。
「おばあちゃんも同じこと言ってた」彼女は電話を切った後に報告した。「『門』に近づかないこと、そして互いを守ること」
「守るって…」ハヤテは少し戸惑った表情を見せた。
「うん。『門』が開きかけると、異世界の存在がこちらに漏れ出してくるから、互いを守らないといけないんだって」
彼は真剣な表情で頷いた。「分かった。気をつけよう」
夕方、いよいよキャンプファイヤーの時間となった。校庭中央に大きな薪が組まれ、生徒たちは輪になって集まった。
火が点され、高く燃え上がる炎に歓声が上がる。校長先生の挨拶の後、クラスごとの出し物が始まった。
ハヤテとリリィのクラスの番になり、彼らは準備していたクイズ大会を実行した。リリィはイギリスの文化について興味深い問題を出し、ハヤテは日本の伝統に関する質問を担当した。異文化交流をテーマにした彼らの企画は、予想以上に盛り上がった。
「最後の問題です!」リリィが明るく宣言した。「日本とイギリスに共通する伝説は何でしょう?」
会場が静かになる中、一人の生徒が手を挙げた。「竜の伝説!」
「正解!」リリィは嬉しそうに言った。「日本には『龍』、イギリスには『ドラゴン』の伝説があります。どちらも水や空と関係し、神聖な存在として崇められてきました」
彼女の説明に、生徒たちは感心した様子で聞き入っていた。
出し物が終わり、ハヤテとリリィは少し離れた場所で休憩していた。
「うまくいったね」リリィは安堵の表情を浮かべた。
「ああ、意外と…」
彼の言葉が途中で途切れた。キャンプファイヤーの炎が、突然青く変色したのだ。
「あっ!」周囲から驚きの声が上がった。
「特殊効果かな?すごい!」
生徒たちは単なる演出だと思い、喜んでいる。しかし、ハヤテとリリィには分かっていた——これは明らかに「門」の影響だった。
「まずい…」ハヤテが立ち上がろうとした時、突然地面が揺れ始めた。
「地震?」誰かが叫んだ。
教師たちは慌てて生徒を整列させ始めた。「落ち着いて!慌てず避難するぞ!」
しかし、それは通常の地震ではなかった。地面の揺れは一点から波紋のように広がり、そしてキャンプファイヤーの炎は更に高く、青く燃え上がった。
「ハヤテ!」リリィが彼の腕を掴んだ。「あれ見て!」
炎の中に、何かの形が見えた。人の形をしているようでもあり、獣のようでもある不定形の影が、青い炎の中で踊っていた。
「異世界からの存在が漏れ出している…」ハヤテが緊張した声で言った。
その時、不意に風が強く吹き、炎が大きく揺らいだ。そして、信じられないことに、青い炎の一部が炎から分離し、生き物のように地面を這い始めた。
「あ、あれは何!?」生徒たちから悲鳴が上がった。
教師たちも混乱し、「消火器を持ってこい!」と叫ぶ者もいた。しかし、それは通常の火ではなかった。
「リリィ、俺に任せろ」ハヤテは決意の表情を浮かべた。「俺が奴を引きつける。君は生徒たちを避難させるのを手伝え」
「でも…!」
「大丈夫だ。忍術なら、あの存在と対抗できる」
リリィは迷った表情を見せたが、やがて頷いた。「分かった。でも気をつけて」
ハヤテは人目を避けるように、炎の生き物を追って森の方へ移動し始めた。炎の生き物も彼を感知したのか、森の方向へ向かっていく。
リリィは他の生徒たちの避難を手伝いながら、時折ハヤテの方向を心配そうに見ていた。
森の中、ハヤテは炎の生き物と対峙していた。それは今や人型に近い形となり、青い炎で構成された姿で彼を見つめていた。
「何者だ、お前は」ハヤテが問いかけたが、当然返事はない。
炎の生き物が突然動き、彼に襲いかかってきた。ハヤテは素早く身をかわし、懐から忍具を取り出した。祖父から受け継いだ特殊な短刀で、「気」を込めることで異世界の存在にも対抗できる武器だ。
「来い!」
彼は短刀に「気」を集中させ、青く光らせた。炎の生き物と鋭い刃が交わる度に、火花のような光が散った。
一進一退の攻防が続く中、突然リリィの声が聞こえた。
「ハヤテ!」
彼女が森に駆け込んできた。
「下がれ!危険だ!」ハヤテが叫んだが、リリィは首を振った。
「一人じゃダメ。二人でなら…」
彼女は両手を前に出し、魔法の詠唱を始めた。青い光が彼女の周りに現れ、それが風のように動き始める。
「水よ、風よ、我が呼びかけに応えよ!」
リリィの魔法が炎の生き物を包み込み、その青い炎が徐々に消えていく。ハヤテもそれに合わせて短刀で斬りかかった。
二人の力が合わさり、炎の生き物は最後に大きく輝いた後、消滅した。
「やった…」リリィは安堵の表情を見せたが、その直後にふらついた。
「大丈夫か!」ハヤテが彼女を支える。
「うん…ちょっと魔力を使いすぎただけ」
彼女の顔は青白く、明らかに消耗していた。
「とにかく戻ろう。きっと大騒ぎになっている」
二人が森から出ると、教師たちが懐中電灯を持って探し回っていた。
「相良くん!星乃さん!どこにいたんだ!」鈴木先生が駆け寄ってきた。
「すみません…混乱の中で森に入ってしまって…」ハヤテが言い訳した。
「危ないじゃないか!とにかく、全員体育館に集合している。急いで行くんだ」
キャンプファイヤーの異変は「突然の強風による事故」として処理され、夜は全員が体育館で過ごすことになった。生徒たちは興奮気味に今夜の出来事を話し合っていたが、ハヤテとリリィは疲れ果てていた。
「ありがとう…助けに来てくれて」ハヤテが小声で言った。
リリィは弱々しく微笑んだ。「当たり前でしょ。私たちは仲間だもの」
その夜、彼らは体育館の床に敷かれた簡易ベッドで眠りについた。しかし、二人の心は安らかではなかった。「月蝕の門」の脅威は、予想よりもはるかに早く、そして強力に迫っていたのだ。
林間学校最終日、朝食を取りながら、ハヤテとリリィは昨夜の出来事について小声で話し合っていた。
「あれは間違いなく異世界の存在だった」ハヤテが言った。「『門』がさらに開きつつある証拠だ」
リリィは心配そうに言った。「このままじゃ、冬至を待たずに『門』が完全に開いてしまうかも…」
「急いで帰って、じいちゃんとおばあさんに相談しないと」
帰りのバスの中、二人は隣り合って座り、窓の外を見つめていた。空には奇妙な雲の形成が見え、時折光が走る。他の生徒たちは気づいていないか、単なる天気の変化だと思っているようだった。
「ハヤテ」リリィが小声で言った。「私、少し怖い」
彼は彼女の方を見た。普段の明るさが影を潜め、不安に満ちた表情をしていた。
「大丈夫だ」彼は静かに言った。「俺たちなら、きっと乗り越えられる」
その言葉に、リリィは少し安心したように微笑んだ。二人の手がそっと触れ合い、彼女はその温もりに励まされた。
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