4-3 姉と玲奈
わたしは、陽菜の家に行くのが怖かった。
本当は、連絡を取るべきだった。
事故のあと、通夜にも、葬儀にも、わたしは行かなかった。
学校から何度も促されたけど、「体調不良」とだけ答えて逃げた。
病気だったのは、身体じゃなくて、心の方だったのに。
わたしが陽菜の家のインターフォンを押すのは、それ以来だった。
誰が出てくるのか分からなかった。
あのときの母親? 父親?
もしかしたら誰も出てこないんじゃないかと思った。
でも、出てきたのは、彼女だった。
……悠斗の、姉。
いや、わたしにとっては、
陽菜の姉だった人。
「あら……玲奈ちゃん?」
あの頃と変わらない声。
けれど、少しだけ、何かが削れていた。
磨耗して、やさしくなっていた。
それが、余計に、つらかった。
「久しぶりね。急にどうしたの?」
理由なんて、説明できなかった。
だけど彼女は、わたしの顔を見てすぐに察したように、うなずいた。
「入って。お線香……あげてくれる?」
その言葉に、わたしはうなずくしかなかった。
仏間には、陽菜の遺影が飾られていた。
卒業アルバムとは違う、プライベートで撮った写真。
笑っていた。
無防備で、明るくて、わたしには眩しすぎた陽菜の顔。
その横に、小さな装置があった。
感情保存型VRレコーダー。
かつて、わたしたちがプロトタイプ開発に関わった、最も原初のモデル。
彼女――陽菜の姉が言った。
「……玲奈ちゃん。あの子、時々、あなたの話してたのよ。
"玲奈って子がいてね、わたし、あの子に出会えて本当に良かった"って。
聞いたことある?」
聞いていない。
陽菜はそんなこと、わたしに一度も言わなかった。
そのレコーダーを、彼女が再生した。
VRではなく、映像だけ。
カラーの低画質動画。
陽菜の声。
笑ってる。
こっちに向かって話しかけている。
「玲奈、また放課後、あの場所でさ……」
「今日の空、めっちゃ綺麗だったね」
「文化祭、さぼって外に出ようよ……内緒ね」
涙が、流れた。
何度拭っても止まらなかった。
わたしは、陽菜のことを一度も「ありがとう」と言えなかった。
彼女に甘えてばかりで、傷つけて、
彼女のまなざしに守られて、
なのに、彼女が消えたとき、
わたしは彼女の名前を封印した。
思い出すことさえ、許さなかった。
忘れたわけじゃない。
思い出すことを、拒絶していた。
それが、彼女を「存在しなかったもの」にする唯一の方法だと思ってた。
でも、そんなわたしのやり方は――
彼女を二度殺すようなものだったんだ。
悠斗の存在を知って、
彼が陽菜の弟だったと気づいて、
その全てが、わたしの沈黙によって断ち切られていたと知って、
わたしは、もう、逃げることができなくなった。
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