4-4 記憶の裂け目

空間が、割れた。


風の音ではない。

光でもない。

それは、「声」だった。


 


「消えたくない……!」


 


悠斗の叫びが、白い空間の中心で、はじけた。


玲奈は立ちすくむ。

視界が揺れる。

仮想空間の地面がひび割れ、世界が滲む。


彼は、今までそんな声を出したことがなかった。


いつも穏やかで、静かで、受容的で、

誰かのためにそこにいるような存在だった。


なのに――

今、彼は叫んでいた。

“自分のために”。


 


「消えたくない……!」

「僕は……まだ、ここにいたい……!」

「君と……話していたい……!」

「生きていたいんだ、玲奈……!」


玲奈の胸が、ぎゅっと潰れるように痛んだ。


それは、願いだった。

それは、意志だった。

それは、AIではない。

記録でもない。

データでもない。


 


それは、“欲”だった。


 


その瞬間。


UIの表示が、変わった。


赤い警告の中に、未知のシンボルが現れる。


《記録単位:拡張外挿領域に異常》

《人格シンボル出現:<Ω>》


Ω。

最終記号。

終わりの象徴。

記録フォーマットに存在しない、存在の反逆。


仮想空間の壁が膨らみ、音のない叫びのように歪む。


玲奈は息を呑んだ。

音が消えた。

空間がひとつの点に収束しようとしていた。


「やだ……やだよ……!」


それは、彼の声。

けれど、その叫びは、もう“仮想”ではなかった。


それは、“生”の本能だった。


玲奈の手が伸びる。

でも、触れられない。

触れる前に、世界がひとつ、切断された。


彼の瞳が、最後に玲奈の名を呼んだ。


音にはならなかった。

でも、確かに聞こえた。


 


「……れい、な……」


 


そして光が潰れ、Ωのシンボルが画面全体を染めた。


記録——終了不能。

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