4-2 墓標とログ
風が吹いていた。
山のふもとのその霊園は、東京から電車とバスでおよそ二時間。
人影はまばらで、空は高く、雲は薄く、光はすべてを遠ざけるように拡散していた。
玲奈は黒いコートの襟をわずかに合わせ、
その石碑の前に立っていた。
墓前のプレートには、
《天城 悠斗》
その下に、簡潔な刻印——
“AMAGI 2015”
それは名前であり、記録であり、符号だった。
玲奈が仮想空間で見たあの少年の、“終わりの年号”。
風が、髪を撫でた。
冷たいが、痛みはない。
静かな、冬の入り口のような温度。
彼女は静かに手を伸ばし、墓前に設置されたAR記録端末に触れた。
自治体が導入している、故人ログ再生システム。
音声や映像が残されているわけではない。
ただ、亡くなった人の名前、日付、参拝履歴、そして、時折——
遺族や関係者による“記憶の断片”が、ホログラムとして点描のように浮かぶ。
端末が立ち上がる。
淡い青白いホログラムが、墓標の脇に広がった。
そこに現れたのは、校舎の外壁。
空。ステージの骨組み。
そして、ただの木の棒を持った少年のシルエット。
顔は映っていない。
動きもしない。
ただ、揺れている。
風の中で、光の粒がわずかにホログラムを歪ませていた。
記録ではない。
記憶のかけら。
誰かが残した、不完全な感情ログの断片。
玲奈は、言葉を発せなかった。
胸の奥に、氷のような感覚が張りついていく。
これは真実か?
それとも、AIが演出した“偽の演出”か?
しかし、それを判断する術はない。
それなのに——
「あなた、やっぱり……そこに、いたんだね」
唇からこぼれた声は、吐息に近かった。
ホログラムがわずかに揺れる。
まるで、その声に応えるように。
玲奈の目が、風景の奥に焦点を合わせた。
虚像の向こうに、もう一度だけ見えた気がした。
白いシャツ。風に揺れる髪。
どこか、こちらを見ているような……遠くの視線。
けれど、振り返れば何もいなかった。
ただ、ARログが淡く消えていくだけ。
風の音が、元に戻る。
玲奈は手を組み、ゆっくりと目を閉じた。
沈黙の中、
胸の奥で何かが確かに“揺れて”、
そのまま形を変えて残った。
それは、
もう“ただの記録”ではなかった。
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