5話「君は水泳という名の青春に飛び込めるのか」
多数決が終わった後に、新入生から3年生までの自己紹介も終え、教室は緊張の糸が切れたみたいに皆、疲れた顔をしていた。
新入生だけには感じてはいない、3年生と2年生にだけは感じていること、今年の水泳部は一味も二味も違くなり、ただ一年泳ぐだけで、3年生はタイムが遅くとも大会に出させてくれる環境だった去年には戻れないことを。
だが、それは本来あるべき部活動の姿に戻っただけに過ぎない。
「今日は練習はしないので、これで部活は終わりになります。2年生と3年生は教室を元に戻すので少し残ってください。それでは、お疲れ様でした。」
「お疲れ様でした!」
新入部員から3年生までの声が聞こえ、机の上に置いてある筆記用具やプリントをバッグにしまう音が聞こえた。
誰よも急いで片付けた、桜坂花蓮と南條愛美は田崎怜奈の元に向かう。
桜坂花蓮が田崎怜奈に聞きたいのは、『君は水泳という名の青春に飛び込めるか?』の発言についてである。
2人共、好奇心でとにかく田崎怜奈という先輩と話をしてみたいと衝動に駆られてしまっていた。
中学時代の水泳部でも、スイミングスクールでの上級生でもこのタイプのスイマーには出会ったことがないからだ。
「田崎先輩、ちょっといいですか?」
桜坂花蓮が話をかけると、田崎怜奈は「待ってました」と言わんばかりに振り返る。
その姿は「来るのはわかっていたよ」と目で訴えていた。
「ん?どうしたの?1年生は先に帰っていいんだよ。あ、もしかして、愛の告白?」
「違います。田崎先輩が言った事の意味ってどうゆう事ですか?」
「私が言った事?あ、もしかして『君は水泳という名の青春に飛び込めるか?』と聞かれた時に『はい』と答えられますかについて」
「そうです」
桜坂花蓮は田崎怜奈がたった一瞬で顔付きと雰囲気が変わったのを感じた。
何か触れてはいけないことに触れてしまったような気がして、背中に寒気を感じたが、自分から聞いた以上、逃げるわけにはいかなった。
「あれは言葉通りの意味だよ。私的には、桜坂ちゃんよりも南條さんの方が気持ちわかるんじゃないかな?」
「ええ、まあ。私は、恋愛も放課後の遊びも全部捨てて、青春の全てを水泳に捧げることは出来ますか?って意味だと解釈しました。あってますか?」
「うん、それも正解の一つだね!でもね、この言葉には正解な答えは存在はしない。それは、何故だと思う?」
「人それぞれ、考え方が違うからですか?」
「そういうこと。水泳に懸ける思いも、青春に懸ける思いも定義も人それぞれ、色んな考えがあっていいと思うんだよね」
桜坂花蓮は2人の話を聞きながら、少しだけ疑問に思う事があった。
それは、初心者や真面目にやってない人の事はどう思っているのだろう?ということだ。
真面目にやってない人は自公自得であるが、初心者は違う。
右も左もよくわからないということは、まだ、水泳に懸ける思いも考えも定まっていないということになる。
「田崎先輩は、初心者や真面目にやらない人の事をどう思ってるんですか?」
『そこまでのことを考えているのか、気になる』とそう思っていたら、桜坂花蓮の口は動いていて、聞いてはいけない事を聞いてしまったような気がしたが、後悔した時には既に遅かった。
「本音で言えばいい?」
「本音で」
ここまできて「あ、やっぱりいいです」とは言えずに、聞く以外に選択肢がないように感じ、流れに身を任せて返事をしてしまう。
田崎怜奈の圧が桜坂花蓮と南條愛美を包みこむように感じ、ただならぬ緊張感が支配しているように感じる。
「初心者は高校からやるのは厳しいと思う。他のスポーツと違って、色々と技術がいる。手と足を動かせるようになった所で、大会じゃ勝てないから辞めた方がいいと思う。真面目にやらない人は今すぐ退部してほしいかな」
「それは練習の邪魔になるからですか?」
「それはそうだよ。高校って中学の時みたいに強制ではないから、内申点とか気にして入るなら、違うことに時間作った方がいいと思うかな」
真面目な顔で語る、田崎怜奈の前で2人は何も言えなかった。
それは、正しいからだ。
部活動をするのにはお金もいるし、水着、ゴーグルなどにお金もかかる、無料ではない。
水泳というには、野球やサッカーのように多人数でやる競技ではないし、個人競技であり、1人2種目、各種目につき3名までと決まっている。
チームプレイなんて考えなくていい、部活動に所属する全部員が敵だ。
だが、そうは思っていても桜坂花蓮は納得できる所もあったが、それは違うと否定したい所もあった。
だから、桜坂花蓮は田崎怜奈に詰め寄った。
その目が、その考えが怖いけど、前に進んだ。
「私は、少し違うと思います」
南條愛美と田崎怜奈は、まさか否定するとは思ってはいなかったので、驚いた顔をしたが桜坂花蓮はそのまま話を続ける。
肯定して、この話の幕引きとはならなかった。
桜坂花蓮は、譲れなかった部分がある。
それは、『初心者』の存在だ。
「まさか、桜坂ちゃんに反論されるとは思ってなかったよ。私は南條さんに言われると思ってた…それで、どの辺が?」
桜坂花蓮はバレないように深呼吸をし、唾を飲み込んで話始めようとするが…
『やっぱり、圧が凄い…好奇心でこうなっているんだとは思うんだけど…それだけ、水泳に対して本気ってことなんだろうけど…こんな先輩、今まで出会ったことない…』
話したいことを上手く纏めて喋れるか不安にはなったが、口を開いた。
「初心者だって、高校から始めてもいいと思うんです。私だって、初めから上手かったわけじゃありません」
「それもそうだね…それで?」
「それに、泳ぎたいと思うのは、どんな理由があってもいいと思うんです。大会を見たから、選手に憧れたから、そんな事と思われるかもしれませんけど小さい理由だっていいんです。泳ぎたいと思う気持ちがあれば、その人の情熱があればやっていけると思います」
「なるほどねぇ〜」
淡々と話は川の流れのように進んでいき、田崎怜奈が相槌を打ったが直ぐに言葉を発しなかった。
長い沈黙と勘違いするほどの沈黙があった後に、田崎怜奈は語り出す。
「それはいい考えだね、私もその考えには賛成できるよ。私にだって、泳ぐきっかけはあった…誰にだって、初心者の時代はあるし、最初から上手いわけでもない。けどね、時間は有限なんだよ…練習しても大会には出れないことの方が多い、初心者なら尚更。だから、「水泳なんてやらなきゃよかった…」って後悔はしてほしくもない。時間は有効活用してほしいし、無駄な時間を1秒でも使ってほしくはないんだよ。でも、これは私の考えだから…気にしないでね。私としても、桜坂ちゃんの考えはとても素晴らしいと思うから、その気持ちを絶対に忘れないてほしくはないかな」
真っ直ぐで濁ってはいない透明な瞳で見つめられたからか、桜坂花蓮は少しだけ固まってしまった。
桜坂花蓮はてっきり、「その考えは違うよ」と真っ向から喧嘩のようになると覚悟していたからである。
蓋を開けてみれば、「桜坂ちゃんの考えはとても素晴らしいと思うから、その気持ちを絶対に忘れないてほしくはないかな」と真逆の事を言われてしまい。どう対応していいか、わからず、思考を停止していた。
「ま、難しい話はこの辺でおしまい!もう、帰りなよ。明日から、本格的な練習始めるんだからって言っても、まだ、寒いから泳がないけど。後、初心者の子達もそこそこいるから教えてあげたりしてくれると助かるかな…やっぱり、せっかく始めるならさ、水泳を好きになってほしいし…それじゃあ、私は、まだ、残ってやることあるから」
そのまま、小島純菜がいる所に去って行き、短いようで体感ではとても長く喋っているように感じ、これが「あっという間に時間が過ぎること」かと南條愛美、桜坂花蓮は思い、田崎怜奈の存在がどんどん自分の中で大きくなってくのを感じた。
しばしの沈黙の後、2人して何を喋っていいのかわからないままに気まずい時間となってしまってはいたが、このまま、ここにいても何も変わらないと思い、桜坂花蓮が口を開く。
「じゃあ、帰る?」
「そうだね」
廊下に出ても、先程の事があったからか、お互いに会話を遠慮して無言なまま歩いていた時に、息を切らしながら2人を呼び止める1人の少女がこちらに向かって走ってきていた。
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