4話「清流高校はどうなりたいのか?」
部活動見学の期間も終わり、本格的に部活動がスタートする事と新入生として部員の1人として活動することに不安を覚えつつ、空き教室に新入部員と先輩方の顔合わせが行われようとしていた。
「新入部員の皆さん、初めまして、水泳部の部長をしています。
と、教卓の近くで喋り出した途端、教室は2年生、3年生で仲良く喋っていた筈なのに直ぐに静かになり、異様な緊張感に教室内が包まれてしまっている。
今年新しく入る新入部員は緊張している人、そうでない人に別れているのが目に見えてわかってしまっていた。
経験者は中学の部活で経験しているがため、プールの使用期間にどんな練習をし、春、秋、冬の練習もわかっているため、「この時間が終わらないかな…」と表情に隠そうとしても隠しきれていない部員が多数いて、同じ進入部員でも、経験者でやることがわかっている組と、初心者で右も左もわからないで困っている組で、はっきりとわかれてしまっている。
「えっと、今日の流れを説明したいと思います。経験者の方が多いかと思いますが、中には初心者の方もいると思いますので、水泳のルールと各種競技の説明をしていきます。そして、1人1人自己紹介をするくらいかな?あ、後は、新しい顧問になってくれる先生が今日から来るので失礼のないようにしていきましょう。私からは以上です。えっと、怜奈からは何かある?」
「ん〜、特には何もないけれど、全部、順菜が言っちゃったから。ま、絞り出して何かを言うとするならば…『君は水泳という名の青春に飛び込めるか?』と聞かれた時に『はい』と答えられますか?という事くらいかな」
この言葉を聞いた時に新入部員の多くはその言葉の意味が理解できずに頭に「?」が浮かんだと同時に困惑する表情をする人が多い一方で、2年生と3年生はまた始まったという顔をしている生徒が多かった。
新入生の中でも経験者に分類される、桜坂花蓮は「なるほど。私のお母さんとの共通点がなんなのかやっとこ、わかった」と感じて、喉の奥に小骨が刺さったような感じで過ごしていたが、田崎怜奈の言葉を聞いてスッと抜けていくのを感じる。
そして、隣の席に座っている、南條愛美は「なんとなく、こう言うことかな?」という自分なりの解釈程度ではあるが、理解はできていたが、しかし、こうも考えてしまう。
『田崎先輩が言った言葉に絶対の正解はないかも…部活をやる理由も、水泳に対して向ける思いも、青春の定義も人それぞれだし…面白い言葉かも…』
南條愛美はそう田崎怜奈の言葉を周りの2年生や3年生のように「めんどくさいこと言っている」と受け流すのではなく、自分自身で解釈し彼女なりの言葉の意味を考えて、「あ、なるほど」と納得した。
「また、その話して、新入部員が完全に困ってるじゃない、も〜。えっと、気を取り直して、経験者にとっては退屈だとは思いますが、新入生の初心者の方のために水泳のルールと各種競技について説明している、DVDがあるのでそちらを見ていきましょう」
窓際近くにスタンバイしていた3年生が部屋のカーテンを閉めたと同時に照明を消し、教室が暗くなったところで角に置いてあったテレビから、DVDが再生された当時に田崎怜奈と小島純菜は近くの空いている椅子に座り、桜坂花蓮は田崎怜奈が言った言葉について考えていた。
『高校の部活は中学の時と違って、強制的にやるものでもないからそう言う事を言っているように捉えることもできる…それでも、これが答えだとは思えないんだよね…』
と心の中で考えていた所、不意に南条愛美から肩を叩かれたため、『うっ!』とびっくりした声を出しそうになったが、なんとか堪えて小声で喋り出す。
「何?びっくりして、変な声出しようになったじゃん」
「あのさ、怜奈先輩の言葉の意味ってなんだと思う?」
「え?うーん、少し考えてみたけど、これといった答えがわからないんでいるんだよね」
「私はさ、田崎先輩が言った言葉には正解はないと思っているよ」
「正解がない?」
「そう。100人、100人考えていることが違うように、人の解釈によっては言葉の意味も答えも変わると思うんだよね」
「なるほど」
『正解がないか…確かに言われてみれば、部活、勉強、水泳、人それぞれの考え方があるわけだし、小説とか映画の解釈も人によっては違うから、確かにありえる話かも』
南條愛美の言葉を聞いて、その考え方は自分にはなかったと桜坂花蓮は南條愛美の解釈に驚かされる。
そして、同時に「愛美はどう解釈したんだろう?」と疑問に感じ、質問してみるとこう言葉が返ってきた。
「私はさ、こう言うことを言いたいんだと、思った。それは恋愛も放課後の遊びも、他の人はやっているけど、それを全部捨てて、青春の全てを水泳に捧げることは出来ますか?という意味だと思う」
その言葉を聞いた時になるほど、田崎怜奈という人間は本気で水泳に打ち込んでいる人間なのだと素直に桜坂花蓮は思い、「お母さんと田崎怜奈が似ているのも益々、納得できる」と思いつつも、自分自身の桜坂由紀に言った言葉「本気だよ」なんて言葉はなんて安っぽくて薄っぺらいんだと、言ったのを後悔した。
だって、ここまで本気でやろうとは桜坂花蓮は思ってもいなかったからだ。
「その解釈が正しいかったら、私は「はい」と答えることができる自信もないし…自分の考えが甘かった、と後悔することになるね」
「花蓮…」
なにか一言を言おうとした時にDVDの再生が丁度終わりを迎え、先輩達がカーテンを開けると太陽の光が教室の中を照らし、教室がざわつき始めた時に、喝を入れるが如く、教室の扉が開く音が聞こえた。
「遅くなりました、会議が長引いてしまって。小島さん、どこまで終わりましたか?」
「ちょうど、DVDが見終わった所です」
「そうですか。始業式の日に、自己紹介をしたと思いますが、もう1度自己紹介させていただきます。今年から水泳部の顧問をさせていただきます、
吉岡理恵は深々と頭を下げ、その丁寧な態度に新入生から3年生まで皆んな、驚いた顔つきをしていた。
髪はとても手入れされていて綺麗で、体型もスラっと細く、しかし、出る所は出ていて、男性受けがしそうなおっとりしている印象であり、厳しそうな先生には見えなかったために、部員の中には安心している人も見受けられた。
しかし、その安心は直ぐに崩れ去ることになることをまだ、ここにいる部員は知らない。
「自己紹介も終わったことですし、水泳部顧問として皆さんにお聞きしたい事があります。清流高校水泳部はどこまで行きたいのですか?県大会?関東大会?全国大会?さあ、どれですか?皆さんが決めてください」
先程までのおっとりとした生徒から好かれそうな雰囲気から一変し、部員達の反応を見定める顧問に切り替わっていた。
吉岡理恵の言葉に部員達は驚きのあまり声に出ずに、思考が一瞬停止しかけたが、その後にこう思った。
『この顧問は今までいた顧問みたいに水泳のことを碌に知らない先生ではない』と。
清流高校水泳部部長である小島純菜もそう思った1人だった。
中学の時から、水泳部に所属しているが、こんな経験は初めてな事で驚いている。いつもいる先生は、水泳の経験がなく、昔からやっている練習をただしているだけで、小島順菜としても疑問があった。
『こういう事を聞いてくる先生なら、期待してもいいのかな?私も、関東や全国に行ってみたい気持ちはあるけど…』
水泳に対して理解している顧問がつければそれが1番だが、そうはいかないの学校の部活動でもあるし、こればかりは運も絡んでくることだろう。
「皆さん、難しく考えなくていいですよ。簡単でシンプルな質問をしています。いい思い出にするくらいなら、あまり練習メニューを組まなくてもいいと思ってますし.しかし、関東や全国を目指すなら、練習量もかなり増やさないといけませんし、フォームの改善、腕のかく力とバタ足の力加減とかも見直さないといけません。かなりの時間が必要ですし、1人1人が意識して改善していかねばなりませんね」
部長として黙っているのはダメだと思ったのか、椅子から立ち上がり小嶋順菜は声を上げたが、それは恐る恐るといった感じで、声に覇気がなかった。
「先生の言いたい事はわかります。でも、実現は可能なのでしょうか?4月から、練習メニューを変えるとしても、時間が足らないとは思います」
それは、誰もが考えていることだった。
他の強豪校は、いい人材が揃い、設備がよく、環境も整っている。そんな相手に、田舎の高校である、清流高校が太刀打ちできるわけがない、と思っているのが本音である。
でも、心の奥底では一度くらいは、関東大会、全国大会などの大きな大会を本気で目指して、舞台に立ってみたいと疼いている感情もあった。
「それもそうですね。その言い分もわかります。この学校は、強豪校ではないし、設備も人材もいない。ですが、私は可能性を捨てるのは勿体無いと思いますよ。そうは言っても、目標を立て必死に頑張るのは私でなく、皆さんです。私は、皆さんのサポートを全力でします。それが、顧問である私の勤めですから」
『可能性を捨てるのは勿体無いかぁ…確かにその通りかも…』
小島順菜は吉岡理恵の言葉を聞いてどう返すか、必死に考えた。
でも、頭の中で浮かんだ言葉は、私利私欲に近い考えで部長として周りの意見を聞き纏めて、不満を持つ部員が少ないように決断をするのが役目なのを放棄している考えだ。
『それでも、私は、昔から目標にしている関東大会に出場したい。これだけは、譲れない。自分の意見を押し通していると言われても、批判されてもいい。この目標だけは叶えたい』
「吉岡先生の仰る通りです。『可能性を捨てるのは勿体無い』は本当にそうだと思いました。諦めるのは簡単にできます…だって、やらないで後ろ向きに進めばいいのですから…私も1人の水泳をやってる人として関東や全国を目指せるのであればやってみたい!挑戦してみたいのが部長としての本音です。皆はどう思いますか?」
最後に机を叩きつける音が聞こえた。
素直に2年生、3年生は「こんな部長、見たことない」と圧倒されて言葉を見失っているように見える。
小島順菜は、教室を見渡して『皆だって、関東や全国の舞台に一度立ってみたいと思ってるんでしょ!』と言わんばかりの真っ直ぐな瞳で見つめていた。
だが、小島順菜の発言により教室が静まり返り、下手げな発言が出来ない雰囲気となってしまい、時計の針の音だけが教室ないの静寂を止めている。
そんな時に椅子から立ち上がったのは、小島順菜以外発言をしなくて痺れを切らした田崎玲奈だった。
「静まり返って、誰かの発言待ってても意味はないよ。聞いてるのは『どこを目指すか』なんだからさ。まあ、いいや、私、個人の意見を言わせてもらうと、吉岡先生がこう言ってくださってるんだから、挑戦してもいいとは思うけどね」
「怜奈…」
「今までの練習はぬるかったし、それに私達、3年生は今年で最後だから…」
田崎怜奈が言ったのに対して、小島順菜が目を開き、驚いていた。
それは自分と同じ気持ちで素直に嬉しいと感じでしまったからなのか、顔の表情がニヤけそうになり、慌てて真面目な顔に戻す。
その後の話し合いの結果、目を瞑っての多数決で決めることになった。
どちらかの意見を色々言ってるだけでは、この結論はいつまであっても出ず、喧嘩に発展する恐れもあるし、多数決ならば、公平ではあるし、喧嘩は起きそうにもない、いい案だと部員も納得して今から行うところだ。
「目を瞑ってください。練習メニューを変え、関東大会や全国大会を目指す人は挙手を。目指さないでいい思い出にした人はそのままの状態でいてください。それでは始めます」
公平でやるために、小嶋順菜、田崎怜奈も部員ではあるため、吉岡理恵に数を数えてもらうことになっている。
まずは、『関東大会や全国大会を目指す人』から始まり、『いい思い出を作りたい人』は後者になっていた。
数を数える、吉岡理恵の声がうっすらと聞こえる。片方に人が寄っているわけではなく、どちらともに人数はそれなりにいるようだ。
「多数決の集計、終わりました。人数は紙に書いたので、小嶋さん、発表お願いします」
「あ、はい」
小島順菜は席を立ち教壇に向かい、吉岡理恵から紙を受け取り中を開くと、少しばかりホッとした表情を見せてしまったために、大半な部員はどちらが多いか理解してしまっている部員も存在した。
「発表します。票としてはかなり拮抗していましたが、多数決で多かったのは、関東大会や全国大会を目指す方です。」
経験者だから手を挙げて入るわけでもなく、将来の受験勉強で塾に通っているものやアルバイトをしながら、部活をしているものだって、2年生や3年生の中にはいるわけなのであり、それに該当する部員は選ぶのに迷っているように見受けられ、逆に、新入部員の中で初心者の人達はどうしたらいいかわからずに挙げない人や、大会に出られなくても泳ぎを覚えたい人など様々な人がいて、そのお陰もあり拮抗してしまったようである。
桜坂花蓮は結果を聞いて、「そっちになってくれてよかった」と胸に手を抑えながらホッとしていた。
『もっと頑張らないと、本気の目をしている、田崎先輩にも、愛美にも勝てはしない…私は、自分が思っている以上に崖っぷちにいることを理解しないと…』
自分が思い描いていた楽しい青春を捨て、水泳に全てを捧げると気持ちを切り替えた。
そして、今日が桜坂花蓮の高校生として水泳の青春が始まった日である。
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